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2012-02-16

練習日和

テーマ:サバニ


方言ではジャイブの事を ヒチャーラゲーシー と言うらしい。

風が上がると絶好の練習日。

だが、風が強ければ、どんな風でも練習できるか?と言えば、そうとも言えない。
むしろ、こんな日は意外と少ない。

まだまだ操船が未熟なため、出し風では出せない。

こんな日は強い風だが安心して練習ができる。

動画でも確認できるが、帆を交わす時、サバニは左右に大きく揺れスピードもガクンと落ちているのが分かる。

恐らく、ウインドサーフィンではこの程度の技術なら簡単にひっくり返っているだろう。

何が足りないのが?

この動画を見れば一目瞭然。

練習に動画は有効だ。

私はタバコは吸わないが、

昔、小浜島で撮影された帆かけサバニに乗る海人のように、

くわえタバコに涼しい顔で乗れるようになりたい。


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名護21世紀の森ビーチにて 栗原さんの写真より



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2012-01-17

練習開始

テーマ:サバニ
2012年  練習開始

初サバニは風が強く、時より横殴りの雨も降る生憎の天候

恐らく当日参加したクルーの誰もが中止を予想しただろうが、敢えて出す事にした。


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出す。出さない。を判断する時、
「海況は芳しくなくとも」、「折角だから」、などという理由で海に出る事は、私に限っては絶対にしない。

普段なら即中止する海況だが出す判断をしたのは、安全が確保された上にハードな練習ができる数少ない条件からだ。


当日は、南の風8~10m 波1.5m 波浪注意報発令中 


(以前、遭難や不審船と間違われて何度か関係機関に通報された。
こんな日に海に出している舟を見て、遭難していると勘違いして保安庁に連絡しなければいいが、、、 )


私たちのフィールドである名護湾は南の風だと向い風(オンショア)となる。 

ビーチ近辺は、やかましい波も立ち、舟を出すのは一苦労するが、出してしまえば何とかなる。

この波と風(時化)の中でしか経験できない多くを学ぶ事ができる。 
波頭崩れる10メートルの風の中、タックやジャイブを繰り返し、その度に横そして後ろから覆いかぶさる波は、
実践のレースや航海では経験したくはないが、練習では避けて通ってはいけない重要な練習だと思う。 


こうした環境での経験を重ねる事のメリットは、

・時化に対する舟の持っている能力の限界を知る事ができる。

・経験&スキルアップ。

・帆、マスト等、各部の限界とその性能を図れる。


そして何より、大なり小なり必ずといっていいほどトラブルに見舞われる。 
トラブルこそ多くの事を教え鍛えてくれる。 

目には見えない精神力さえも。

2年程前から男海想は単船、交代無しでの参加なので、クルーがどうしても溢れる。 
ならば、と名護を中心にした新たなチームを立ち上げる事にした。 
そんな訳で昨年の女海想に続き、新たなチームの舵取りの練習が始まった。  

今までも、こうした時化での練習は恒例のごとく行っている。 
練習の成果は、昨年の奄美までの航海に繋がった。

昨年の濃厚な練習が無かったら、当然ながら二隻による奄美への航海も成し得なかっただろう。 
レースの経験もない初となる外洋航海は、当人にとっては、さぞプレッシャーも大きかったと想像されるが、
それでも行けると決断できたのは、こうしたハードな練習を経ていればこそなのだ。 
当然ながら航海中は練習で経験した波には一度として逢ってはいない。


余談になるが、糸満で行われた帆かけサバニレースはレース途中で中止になった。
後に参加できなかった私に大会関係者から、お褒めの言葉を頂いた。

強風によって沈やドロップアウトし、レスキューされる多くのチームを横目に、
「女海想はすごいよ。 あの風の中 ちゃんと縮帆して苦も無く進んでいくんだから、、」と、
そして今はいない初代女海想の舵取り・トンちゃんに「風強かったんだって、、」と聞いたら、
「んー、そうでもなかったよ」

名護は、こうした練習に最も適した場所なのではなかろうか?


(荒天での練習こそ必要と思ってはいるが、開催にあたって充分な安全を担保した上で行う事は当然の事だ。 

向い風なら、練習海域のどこで沈もしくはトラブルになっても舟が破損する恐れのないビーチに辿り着ける海域内を
事前に確認することだ。

逆に、最も注意を必要な環境は「出し風」と言われる陸から沖に吹く風が怖い。 
ビーチ周辺は山や木に遮られて風、波、共に穏やかな海面を見せる。 
ところが一歩外に出ると状況は一変する。 陸から離れるにしたがって風が上がり、
それに比例して波も高くなり更に潮も「沖出し」となる。加速度的に沖へ流される事になる。
 
厄介なのは陸からその状況は見えない。
海面は穏やかにして、いい風が吹くことで知らず知らずのうちについ気を許して沖へ出てしまう。 
たとえ沈しなくとも沖出しによって、気づいた時には帰って来れなくなる恐れがある。 
こうした風向の時、私は神経質なほど注意を喚起する。)







2012-01-07

カッコブネ3

テーマ:ブログ
その名は 小舟渡(こふなと)
250年前の神社を示した図にも、この地域を「小舟渡」と示されている。

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地図をよく見ると、小舟渡の海側に小さな舟2隻が描かれている。

数百キロ南下した岩手県南部に大船渡という地名がある。

ここは三陸リアス式海岸の中でも特に入り組んだ地形で奥行きがあり、船の係留環境としては申し分ない。
まさに字の如く大船渡と呼ぶに相応しい。更に大船渡と小舟渡の間に舟渡という地名がある。

東北の海岸線は入り組んだ地形に断崖絶壁が延々と続く。
現在は無数のトンネルと橋で繋がれてはいるが、昔ここを陸路で渡るより海を渡った方が遥かに楽だったのではなかろうか? 

大船渡 舟渡 小舟渡 の3つに共通するのは、そこに良好な川が存在する。 
大船渡は開発されて確認は出来ないが、舟渡 と 小舟渡は、そこにビーチがある。
(小舟渡は現在、全てシャロで埋め尽くされているが40年程前までは砂浜だった。)

7メートル程の舟の多くは、その手軽さから係留より、むしろ陸に引き揚げていたのではなかろうか? 
人が住むには水は無くてはならないだろうし、舟の積み荷で最も重要なのは水だ。
この地名は、その昔、舟の発着場として重要な位置にあったのではなかろうか?   

話は更に飛躍するが、青森の三内丸山遺跡は有名だが、意外と知られていないが青森県南部太平洋側一帯はどこでも縄文土器が出土する。 
これは大げさな表現ではなく、実家の畑では今でも鍬をあてると土器が砕ける音を耳にする事ができる。

数千年前に縄文人は海を渡った。という説は近年多くの科学的検知から真実味を帯びてきた。
どの時代も、その世界(コミュニティー)に、はじき出されるものが出てきて、または飽き足らず飛び出す輩が出てくる。生物という生物は子孫を残す宿命を背負い、新天地を求めて地の果てまで行く。ある時期、その最も発達し優れた移動手段が舟だったのではなかろうか? 

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サバニやカッコブネはこうした長い海との歴史の中で磨かれ育まれてきたのではなかろうか? 私たちが行っているサバニレースや航海は人に組み込まれた生存本能の成せる業だとしたら、ホモサピエンスの繁栄に基礎になっている。 という事になる。 

だから大いに遊べよ!  



終わり


2012-01-05

カッコブネ2

テーマ:ブログ
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昨年の大津波によって、この辺は人的被害は少なかったものの、多くの船を失った。今はもうカッコブネを造れる船大工は、いない。奇跡的に僅かに数隻だけ残ったこれら舟の文化的価値は更に貴重なものとなっている。
(40年程前までは親父も爺さんも、この舟を持っていて、エンジンは付いてはいたが、高校生の頃 この舟で、こっそり海に出して遊んでいた。今思えば、周囲から海は丸見えなので知らないハズはないが、、)

カッコブネは約100年程前までは帆を上げていたという。その帆船の名残りなのか、帆かけサバニにあるマストを立てるウシカキに似たものがついている。
舟の大きさは7~8メートルと、ほぼ統一されている。
カッコブネのルーツもその名前の由来も、今はまだ分からない。が、浜の近くに粗末な小屋の中で、このカッコブネを造っていたのをおぼろげながら覚えている。

沖縄と青森は数千キロ離れている。これらの共通点は実践の中で磨かれ、たまたま修練されてきたのだろうか?それともどこかで、何らかの交流があり技術の伝承が行われたのだろうか?
何の根拠もないが、後者の、何らかの伝承があったのではないかと思いたい。

宮城県から数百キロにも及ぶ三陸沿岸はリアス式海岸の入り組んだ入江が数限りなく続く、この辺はその海岸の終着点のような場所にあたる。舟を乗り入れる地形としては、ダイレクトに打ち寄せる波を遮る入江はなく、決して良港とは言えないのに、この地域の名前に舟を連想させる小舟渡という名がついている。

その名は250年前の神社を示した図にも、この地域を「小舟渡」と示されている。
続く
2012-01-04

カッコブネ

テーマ:ブログ
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帰省を機に、実家のそばにある舟溜まりに木造舟を見てきた。

同じ青森県内でも地方によって違った造りが興味深い。

私のふるさとである太平洋に面した北部三陸にはカッコ舟と言われる舟がある。その特徴は主に陸奥湾の内海で使われていた板をつなぎ合わせる舟とは違って底に一本の分厚い丸太を使用するところにある。
太平洋の外海に適した造り・とも言えるかも知れない。
一見すると竜骨を使用しているようにみえるが底まで繋がっている訳ではなく上部、波除け用の舷側を補っているだけだ。

なぜ贅沢な材料の取り方や難しい立体的な板の合わせをするのだろうか?
それは竜骨では、補うことができない十分な理由がある。

カッコ舟は元々は帆を上げる帆船だった。帆を上げるには重心を下げる必要がある。

更に周辺で造られる舟に比べて幅が狭い。

遠く離れた北の地で沖縄のサバニに、共通する多くの特徴を見る事ができる。

続く
2011-12-04

新たなチーム

テーマ:ブログ
女海想に続き、名護からまた新たなサバニチームが産声を上げた。

セッテッングからじっくり時間をかける。

何故こんな形になっているのか。
基本的なロープワークから、1から理解するにはかなりの時間がかかる。

危険だと思う以外、私は一切の出だしはしない。
失敗や反省は時には必要なのだと思う。

失敗は価値ある行程の一つとしてあえて許容する寛容さが求められる。

この行程は監督業の私にとっても修行の時期と認識して、ぐっと堪えてサバニには乗らない。

さぁーて、心で叫び顔ではニコニコしながら指導できるだろうか?



2011-11-25

第12回サバニ帆漕レース -5-

テーマ:サバニレース
レースを終えて


それにしても、ざまみ丸のスピードは次元を超えている。 

いつの年も課題が見えてくるものだが、今年に限っては思いつかない。
私たちにとっては、今年の海況は、これ以上無いほどの好条件だった。
にも拘わらず、その差は歴然としていた。

6メートルサバニの、これが限界なのだろうか?
もしこれ以上風が上がったら、縮帆するか、クルー一人降ろすか、沈をするか、だろう。 
腰が癒え、鍛え、腕を上げたぐらいで、この差は埋められるのだろうか?

だが、まだ大きいサバニに乗りたい。とは思わない。
あの小回りの良さは、乗っていて小気味がいい。
小さな舟ほどその挙動が体に直に伝わるし、面白さもダイレクトに伝わる。 
たとえ大波の中で沈しても、もう一度このサバニで出てみたい。
 
その後、南城レース 糸満レースに私は参加しなかった。 
この二つのレースを決して軽視している訳ではなく、
私自身の腰の具合が悪く、出たいのは山々なのだが、如何ともしがたいのです。


  
2011-11-24

第12回サバニ帆漕レース -4-

テーマ:サバニレース

2月に痛めた腰が未だに完治していなくて、どこで悲鳴をあげるのか、ヒヤヒヤしながらの参加だった。
本来なら、舵取りにエークをさす合間に漕ぎもプラスしたいのだが、スタートからそう無理はできない。 

視界には源丸しか見えない。 
何艇か後ろに付いているのは何となく分かるが、後ろを見る余裕がない。 
波は無くとも、多少重量オーバーぎみのため常に沈のリスクを抱えているからだ。 

源丸とは黒島と前島の中間地点まで来ても殆ど同じ位置にいる。 
大きく回り込んだ右の視界に、ざまみ丸が見えた。 

上げの潮を利用しようという戦略だろうが、今日は小潮、影響はあるのだろうか? 
そう思いながら見ていたら、風下にも関わらずぐんぐん距離をつめて前島を交わす頃は、
早くも一人旅状態となっていた。

潮を利用した。という考え方もあるが、やはり風が上がったせいだろう。
それにしても、ちょっと風が上がっただけで、これほどまでにスピードに違いがあるのかと驚いてしまう。 
ということは、隣にいる源丸と共に後ろから来るチームにも抜かれる可能性が出てきた。 


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前島を過ぎると風は追い風となった。
エークによるラダーの操船は単舟にとって不利になる。 
前を走る源丸が右に左に振れている。
追い風に真っすぐ進もうと思えば大きい舟ほど操船は難しくなる。 
その点、小さい舟の操舟は波に振られようが一人で対処出来る。 
腰の状態はこの長丁場にも関わらず奇跡的に持ちこたえてくれている。 
腰の具合を伺いながら、少し漕いで源丸に並んだ。 

「なかなか離れませんねー」源丸から声がかかった。
「さまみ丸に追い付くぞー!」クルーの一人が返す。 
この一言で、駆け引きをするマラソンのようにゴールまで力を温存している訳ではないことが分かった。

ここからジグザグ走行を止め、ゴールまで真っすぐに向かうことにした。
こまめにエークを差さなければならなく腰の負担もかかるが、
後一時間何とか持ちこたえてくれと願いながらゴールまで真っすぐに向かう。 

相手は追い越した時点で着いてこられるだろうか? 
もし着いて来られないなら、ここからなら引き離せるかも知れない。 

風が上がったことで他の艇も気になる。
舟のブレを最小限にすべく右に左にスピードを殺さないため、こまめにエークを出す。

視界から源丸が消えた。 
が、源丸の伴走船からの声が近くに聞こえる。 後ろを確認したいができない。 
ゴムボートからの情報を頼りにする。 徐々に離しているようだった。

源丸はタイミングを図っていた訳ではないようだ。
この長丁場にも関わらず、お互いが駆け引きをしていた訳ではなくピタリとスピードが合っていたのだった。



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チービシを超えた辺りで、ゴムボートからの情報で女海想がグングン近づいて来ているようだ。 

この条件の中で、むしろ来ていない方が不思議に思っていたので、やっと来たか、そんな思いで聞いていた。


                             
終わり
 

フォトギャラリー photo by sabani fan




2011-11-23

第12回サバニ帆漕レース -3-

テーマ:サバニレース
レース当日、実行委員会からコース変更もあり得る説明を受けていたが、予定どおり那覇まで行く決定がされた。 
安全を優先する実行委員会としては、なかなか難しい判断だったろうが英断だったと思う。

昨日まで吹いていた風がガクンと落ちた。
帆を大きくしたから、沈のリスクが上がっても、この海峡をガンガンに走ってみたい願いはお預けとなった。

那覇まで徹頭徹尾漕ぎ勝負の様相を呈してきた。 
私たちは、漕ぎでは比較的早い方だと思われるが、それにしても条件は厳しい。 
クルーは4人、交代無し。
私は帆と舵取りをしなければならないので、フルで漕げる人数はたった3人。
波が上がれば沈のリスクが上がり一人降ろさなければならない。
そうなると、この海峡を2人の漕ぎで渡らなければならない。

波が上がる。ということは風が上がる。ということだから、
スピードだけを見れば大きな違いは無いのだろうが、他のチームはクルーを減らす必要が無い分、
風が上がれば全体としてタイムは上がる。 
いずれにしても我がチームの置かれた環境は厳しい。 

隣は、ここ暫く連覇を果たしている、ざまみ丸。
実績がそう感じさせているのか、静かな闘志が漲る(みなぎる)。 
如何にも強そうなのである。もし優勝を狙うなら、この大きな山を越えなければならない。

風が落ちている今年、勝てる可能性は低いが0ではない。 
ライバルでもあるが、もし座間味丸というチームがいなかったらと思うと、それはそれで寂しかったろうと思う。
まずここが視界の中にある内にゴールしたい。


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スタートのホーンが鳴った。 

隣の2艇は一気に抜けていく。単舟は多少乗り込むのに時間がかかる。 
乗り込んだ。と同時に帆を降ろすか悩む。
帆は漕ぎによってリズミカルに揺れるが、僅かな北の風で帆がはらむ。
このまま上げたままで行く。漕ぎながら他の艇と自分のスピードを図る。

皆、初めからものすごい勢いで漕いでいる。私たちはここから先、交代が許されない。
今からマックスで漕いだら、この先とてもじゃないがもたない。
スタートはどうしても舟が交差して、思うようなコースにはいかない。
数分の間、何艇かコズキ合いながら進む。 どのチームもスタートの興奮から漕ぎの回転が速くなる。
バラけてきた時点で、「急がないで!ロング!ロング!」叫び、ペースを落とす。

初めのコーナーに最初に辿り着いたのは源丸チームだった。 
私はこの先を思って、漕ぎを抑え気味にしたので、無理をすれば追い付ける。
が、慌てる必要はない。

風は北寄りだったので、灯台の島影を超えたら多少の風が期待できるのではないか?との理由から
最短のコースを取ったが、このコースは源丸チームも同じ戦略だったようだ。
(潮は僅かな追い潮なので潮を利用しようと思えば多少大回りして外のコースをとる戦略もある。 
当日は、どちらのコースを取ろうが、その違いに差は無かったのではなかろうか?) 

灯台を過ぎると、俄然源丸チームのスピードが上がった。 
ギアを一段上げたのだろうか? それとも帆に差が出たものだろうか? 
いずれにしても、このまま引き離されれば、追い付く気力も失せてしまう。 
「追い付くぞう!」そう叫んで、少し抑え気味に回転を上げた。 



源丸チームは、次のコーナーであるギシップ島の岩に真っすぐに進んでいる。
私は、潮を期待してコーナーに差し掛かるギリギリまで中間地点を走る。
潮に助けられたのか漕ぎの回転によるものなのか、コーナーに回る頃は、ほぼ並んだ。 
ここからは大きく離されない限り視界に消えることはない。
多少離されようが慌てる必要はない。またペースを戻す。


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つづく


2011-11-22

第12回サバニ帆漕レース -2-

テーマ:サバニレース

最近の準備は、レースのためというより航海のための準備に多くの時間を割くようになっている。 

例えばマストは木ではなくウインドサーフィンのマストのように、
もしレースに材料の規制が無ければ、私は躊躇なくカーボンマストを使用するだろう。 

他の装備や機能も近代の素材を研究して取り入れるはずだ。 
素材や形の規制は、そこから先の進化をストップさせるものだ。 
もしこの規制を取っ払ったら、さぞ創造的なサバニに進化していったと思う。 
そしてそれは更なる文化の広がりを沖縄にもたらしてくれる。

どの時代の海人も、例外なくその時代に手に入れることができた最も優れた素材を選択したように、
命がかかる実践の海にノスタルジックな甘えは入り込む要素は無く、あえて機能の劣るものを使用する
はずはない。 
現代のそれは、伴送船や大会という甘えに支えられている。と、私は思う。 
話は大きくそれてしまった。
 

前日まで吹いていた風が治まり、漕ぎ勝負の様相を呈してきた。 
昨年の実績から、多くのチームは私たちが有利と予想するだろうが、必ずしもそう単純な話ではない。


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昨年は強い向かい風と向かい潮、今年は風が弱い。
漕ぎ勝負になることには変わりはないが、同じではなく、むしろ似て非なるものだ。
向かい風、向かい潮は、大きい舟大きいマストほどその抵抗を受ける。 
だが風が弱いとなると、押し戻す力が無い分、大きさはハンディとはならない。 
だから風が弱い=小さいサバニが有利と単純な構図にはならない。 
(サバニを仕事の道具として使用していた時代は、ある条件下では大きなポテンシャルを発揮するより、
トータルバランスが優れていることが重要だったのだと思う。 
むしろ厳しい条件にこそ高いポテンシャルが要求されただろう。 
実際は今ほど大きいマストや帆を使用していなかったのも、余裕のある強度や大きさの他に、こうした
理由があったのではなかろうか?)
 
レース2日ほど前に集まった女海想とスピードを比較しても、どの条件下でも全く歯が立たなかった。 
この状態で、昨年どうして勝てたのだろうと思うぐらいに。
 

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今年新たな装備の変更は、帆とマストを10%程アップした。 
6メートルのサバニに、この大きさが限界に近い。高さ3.7m 幅1.8m(昨年は高さ3.4m/幅1.6m) 
沈のリスクは上がっても、早く走るために準備できるとしたら、その他の案は浮かばない。 
6メートルサバニの、これが限界なのだろうか? 

唯一の救いは、昨年も練習では女海想に敵わなかった。 
だが、いざスタートして見ると、いつの間にか抜いていた。 
実際のレースは、直線とはいえ目には見えづらい複合的な条件が重なる。 
とりあえず、レース中考えうる全ての策を労して女海想に食らいつきたい。 
女海想は現時点でもトップを狙える位置にいる。 
昨年と同じように、もし食らいつくことができたら、結果として自然と上位を狙える。 
ハードルが高い分、やりがいもあり負けて当然と思えばプレッシャーもない。

天候や潮など海峡によって条件は刻々と変わる。
その状況をどう読み取り戦略を練るか? 
想像では計画しえない状況に応じた、現場でしか判断できないことが必ず起こる。
目には見えにくいが、こうした決断はレースに大きく影響してくる。
自信がある訳ではないが、そこに一縷(いちる)の望みを託す。  

これまでにはなかった、いい緊張感と精神状態で挑める。 


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つづく




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