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人は亡くなった後どこにいくのだろうか 人はなくなったらどうなるのだろうか


きっと誰もが 一度は思ったことがあるのではないでしょうか



あの世というものがあり 人は亡くなったらあの世にいくものだとわたしも


そのように思っておりました。


わたし達がいう あの世とは、極楽浄土と言われる天国なのだと思います。

 

そして天国にも 地獄にも段階があると 生前父が入っていた宗教で


そのように教えられた記憶があります。


いい行いをすると天国へ 悪いことをすると畜生界に落ちると教えられて 


霊の存在など 何か怖い思いをしたように思います。


今思うと畜生界なんて なんて酷い言い方なのでしょう、わたしたち人は


動物よりも優れた魂だと思い込んでいるのでしょうね なんて心のない


言い方なのだろうかと思います。



わたしのガイドも 光も 人々が言うあの世というものはないと言います。


極楽浄土も 地獄も 霊界も 段階もなにもないといいます。



あの世とは人が作り出したもので 生きている人を戒める為に作り出した


ものだと


人は亡くなるとき 三途の川を見たりお花畑をみる人が多いようですが


あの世の入り口はそのような場所だと思っていると 意識が体から完全に


離れる時に そのような場面を見るのだそうです。 


何を見るかはお好み次第で 皆さんそれぞれに場面場面は違っていても


そこから必ず光を知るそうです。


行き先は同じでも 行く道順も 入り口もきっとそれぞれに違うのでしょうね




わたし達は体を失った後も 同じ姿の霊という存在になると思われていますが


実際は姿はなくて 暫くは残像の姿で記憶を辿る人もいるようですが 魂は


ガイドと共に元のところに戻っていくそうです。




元いた場所とは どういうところかと質問すると あなたは既に知っている


だろうと言われます。



それはどういうことなのだろうかと思いましたが きっとあの経験のことを


言っているのだと思います。


今わたしは リーディングをする時グランディングも何も行いません。けれど


少し前まで アカシックにて リーディングする事も必要だと思っていた時が


ありました。


アカシックにいく途中までは同じなのですが 違う方に進むと 必ず遠くに


山々が見えて その山々よりも高台の場所に行きます。


前の方にとても大きくて太い白い柱があり わたしは離れた横側から いつも


その柱を見ていたのですが、ある時ふとその柱の正面まで行こうと思いました


正面に進むと柱は2本あり 白い舞台のような広場のような場所だったのだと


知りました。


そして柱と柱の間から 白っぽい光がたくさんたくさん溢れておりました。


柱の正面はこんなふうになっていたのかと驚いていると その光の中から


亡くなった父と 可愛がっていた猫が出てきました。


少し若返っていた父と そして元気だった頃のまるっとした猫の姿は


とても懐かしく思いました。


何となく促されるように その光の中に入ると 光の中は白っぽい光ではなく


黄みがかったような 裸電球の明かりの色に近いような色でした。


光の中は どこまで行っても終わりはありませんでした。


それは終わりなどなく 無限であり 永遠なのだと知りました。


穏やかで温かく完全なる愛という状態 あーわたしはここにいたのだと


わたしはここに戻ってくるのだと とても懐かしく思いました


ふと後ろを振り返ると 後から来ていると思っていた父の姿も 猫の姿も


ありませんでした。


その時は、一緒に来なかったのだと思っておりましたが 実は一緒に


いたのだと後でガイドに教えてもらいました。 


そして光の中では 誰もが姿などないのだということを知りました


その時 本当はわたしの姿も実はなかったのだと思います。



わたしはこの世を終えて還るときは あの柱の間から還るでしょう


けれど入り口は 皆さんそれぞれに違っているのでしょうね


入り口は違っていたとしても 同じ場所に誰もが還っていくことを


教えてもらいました。


誰の体からも出ている 手や指の先から出ているエネルギーや 体が纏って


いる色は 暖色の裸電球の色に近いのですが 元々のわたし達の魂の色なの


かも知れませんね。


あの場所に 完全なる愛の場所に 再び行きたいと思っても もう二度と行く


ことはできませんが、わたし達が還る場所なのだという安心感は今でもわたし


の心の中にあります。



このお仕事をするようになって 亡くなった方が 光とともにお顔を見せる


時と全身で見せる時があって その違いは何なのだろうかと思った時が


ありました。


光の中にいる時 それは既に姿はなく光の魂になっているのだと思います。


けれども愛する者を案ずるあまり 側で見守っていたい時は生前の記憶の姿で 


残像の姿で愛する者の側にいるのだという事 それはいつでも光に戻れるけれど 


自らの意思で 近くで見守っている事を選んでいると言う事も教えて頂きました。


それは愛する者に伝えるというよりも 視えている者に伝える為に生前の姿で


教えて下さるのだと思います。




先日 お会いさせて頂いた方のおばあさんは 光の中でお顔を見せて


下さった後で 生前の全身の姿になり近くに来て下さいました。


お孫さんの結婚の事を 生前から心配されていたらしく ちゃんと幸せな


結婚をするまで 近くで見守っていたいのでしょうね。


けれどもそれは成仏していない訳ではなく 光に戻りながらも 側にいると


いうか上手に表現できませんが、光にも還るけれど 近くで見守っているの


だと思います。




ガイドや亡くなった方を見るとき なんて表現していいのかわかりませんが


目は目の前にあるものを確かに見ていますが 目の前に視えている物に


一枚の透明なフィルムを重ねて そこにガイドや亡くなった方が視えている


ような感じで視えます。


目は見えている物を映し出しているけれど それと同時に違うスクリーンを


を重ねてみているそんな感じです。




自ら命を絶ったものは 良くない亡くなり方をしたと思われる方が多いかも


知れませんが 亡くなり方に良いも悪いもないと光は教えてくれます。


わたしもあなたも 輪廻転生を繰り返してきた中でいろんな亡くなり方を


経験してきましたね


何度も生まれ変わりを経験してきた中で 何度もいろんな終え方を経験して


きた中で いろんな国に場所に あなたがかつて生きた証が今も残って


おります。


あなたの血を分けた人たちも あなたの記憶も あたなの思いも今も残されて


おります。


そして かつて血を分けた人に 血を流したかも知れない場所に わたしたちは


導かれ出会うこともあるのかも知れません。




あなたの体 あなたの記憶 あなたの思いはあなたのものです。


けれど あなたの魂は あなたのものではありません。


魂は誰かのものではなく 無限で永遠の愛のものだから


今世に残りたくても記憶や残像は残せても 魂は残れないのだという事を


以前 光が教えてくれました。






昨日 長野からいらして下さった方が教えて下さいました。


「昔の人は 地球は平坦で周りの宇宙や太陽や月が回っているのだと


信じて疑わなかったけれど 実は回っているのは地球の方だったという事を


人々は知りました。 事実は地球が回っていたのだけれど、見え方として


どちらが回っていたとしても同じように見える」と


「まさよさんが言っている事とよく似ているように思います。 


霊を同じように映し出しているけれど だけどそれを残像だと思うか


魂と思い込み幽霊だと思うかの違いなのだ」 と教えて下さいました。


とてもわかり易くて なるほどなぁ そうなのかも知れないなと思いました。


お若いのに いろんな事に長けていらっしゃって 半分男性で半分女性の


神さまや 太陽のようなお顔をした神さまなど国々によってそのような神さまが


いるという事も 初めて聞いて驚いてしまいました。

わたしが今までみせて頂いた 不思議な姿をしたガイドさん達は どこかの


国の神さまだったのかも知れませんね。







今週 カルチャースクールで講座がありました


お互いに対面に座ってもらい 2枚のカードにそれぞれに名前を書いてもらい


その人とその人が どこで一緒だったかを視ていくことを致しました。


わたしがセッションで行っている事に とても近い形で行ってもらいました


初めの頃 出来るのかどう不安に思っていたのに 今こうしてリーディングを


し それを伝える姿を見ていたら 彼女達がとても頼もしく見えました。


あー彼女たちがここまで出来るようになって下さったのだと 感動致しました。


この世に特別な者などいない 選ばれし者などいない


特別の者だと思い込んでいるのは自分であり そして自分にはないと思い込ん


でいるのも また自分だとガイドに教えられたこと



わたしは自分と同じことを言って下さる方を他に知りません。 


この広い世の中 きっと同じことをいって下さる方が必ずいると思って


おりますが、まだお会いした事がありません。



時々 わたしが光やガイドに教えてもらうことが間違っているのだろうかと


わたしが違うのだろうかと疑問に思う時があります


けれども 間違っていないと言う事をこうして教えてもらうのです。



ガイドの存在を知ること視ること 魂の本質に気付くことはいけないことでも


悪いことでもなく 本来のことを知ることなのだと思います。


もう誰もが その事に気が付いてもいいのかも知れませんね。













今日 南川ダムにいってダムの周りを 歩いてみました。


木々が色づいていて 景色がきれいでした。 


子どもの頃 どうして葉っぱの色が 赤や黄色になるのか とても


不思議でした。 


きっとお空の上で 神さまがお絵かきしていて絵の具を落としたの


だろうなと 空を見上げて思っていました。


子どもの頃の素朴な疑問を いつか童話にする事が高校生の時の


わたしの夢でした。


そんなことを 思い出した1日でした。


そんな1日を 今日もありがとうございました。



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