“美人”考―「あの女優さんは美人ではない」発言をめぐって― | KAIKA*KAIKA blog.

“美人”考―「あの女優さんは美人ではない」発言をめぐって―

会華*開可、着々と稽古をしております。やったるぜ!
どうも末山です。

さて、先日のミーティングで某メンバー(以下、Aと記す)が「あの女優さんは美人ではない」と熱弁した話について書こうと思います。

事の発端はミーティング終了後の雑談タイム。
「美人女優」の話をしていて、Aがある女優さんの名を挙げた。
で、他の面々がその女優さんの話をあれこれしていたのだが、そこでAが
「でもそんなに美人じゃない」
と言い出したのである。

おいおい!

自分で言い出しといて、そりゃぁないだろう。と、ここで私は驚愕した。
そこで他のメンバーが、「でもスタイルも良いし」などと言うと、
返す刀で「確かにスタイルは良いけど、でも」とのたまう。

どうした、恨みでもあるのか?
その後も熱弁するA。何か引っかかり曖昧な返事しかできぬまま、出勤時間が近づいたため退席した私であった。

さて、身を切る寒さの中、職場に向かい自転車を漕ぎながら私は考えた。
・・・その女優さんは果たして「美人ではない」のか?

私は、割と美人だと思っていた。先の発言が無ければ、特に疑念無く美人という認識をし続けていたろう。が、Aの発言を受け、私が仮にその人を「美人ではない」という立場を取るとしたら、具体的にどういった点を挙げるか…と暫し考えてみる。
すると、まぁ幾つか思い浮かんでくる。
ここで私は気付きます。Aの「美人」観(換言すれば、何を基準に美人と判定するか)と私のそれとが違っていることに。
恐らくAの美人観において体の「スタイル」はさして重要でなく、「顔の造形」が最重要であったと想像される。一方、私の美人観では「スタイル」込みで美人と判定し、「顔の造形」と並んで「肌の色」「髪」といった要素が重要視される…といった事がこの発言からの思考を経て浮かび上がってきたわけです。
これにより私は、個々の美人観に「違いがある」ことを、具体的に、感じ、また曖昧にしか考えていなかった自らの美人観を、今までより明確な形で意識化できたのである。

とはいえ身も蓋もなく言えば、私にとってはやはり「美人」だし、Aにとっては「美人」ではないのだ。と、割とどうって事ない着地点を見出してしまう。
どうって事ないようだが、この「どうって事ない」考え方と、自らの美人観、の2つを意識化していなかったため、あの雑談の場で、美人か美人でないかという話が噛み合わなかったのだと考えられる。

以上、雑考終わり。
どうでもいい話のようですが、こういう思考の過程、「美人」という言葉をどう使っているか、「どうって事ない」認識について、は、今回の作品(出来上がるもの・つくっていく過程、両方)での一つのテーマだったりもします。
こんな話も演劇と繋がってるのだと、私は思っております。

末山孝如