介護まめ家の冒険

岐阜県羽島市の宅老所デイサービス介護まめ家の架空の日常を綴ります。


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今夜は何故か、マイルス・デイヴィスが聴きたい。


ポップな、ラウンド・アバウト・ミッドナイトか。違う。


バグズ・グルーヴでもないし、クッキンでもない。


ビッチズ・ブリュウでもアガルタ/パンゲアでも全然ない。


わかってる、照れるな俺、あのモダンジャズ随一の大名盤、カインド・オブ・ブルーに違いないのさ。


照れちゃダメさ。


たったひとりのおばあさまもベッドに横になった。


夜勤中の事務所で、あのベースラインが滑り出す。


先週までは、おばあさん、訳のわからない打ち込み音を繰り返し繰り返し聞かされてた。


あれはね、無事、関東の北のハズレで、ちゃんと鳴ったのさ。


漏れ聞こえるオシャレなジャスで、今夜はゆっくり眠ってくれ。


いや、ジョン・コルトレーンのソロは、やっぱ暑苦しい。


まあ、いいじゃないか。


でも、何故に今夜、マイルス・デイヴィスなんだろ?不思議。

 

 

 

 

新生蜃気楼には、ユニゾンの合唱が必要だった。


サビは必ず合唱。


これは、新生蜃気楼には重要なことだった。


イメージは、「イフ・ザ・キッズ・アー・ユナイテッド」パンクの大名曲だ。


そうだ、新生蜃気楼は、パンクでなければならない。

 

数週間前に、東京での紙芝居大会で会った、はいこんちょ小林氏に、合唱隊への参加を依頼した。


快諾してくれたが、なにせセミナーの主催者だ、当日そんなことして遊んでる暇はなかろう。


この一月に、蜃気楼を長野に呼んでくださった、そり芽安藤さんと、小林氏推薦の神戸の北野さんに、合唱隊蜃気楼ギャングへの参加を依頼したのは、セミナーの数日前だった。


彼らが曲の概要を知る術は、たった一度のタツマロとコレナガのワチャワチャしたリハ音源だけ。


タツマロもまだ、曲がわかってない代物なので、ギャングの面々は、大変厄介な依頼を受けることになった。


しかも、北野さんには、タツマロもコレナガも、会ったことがない。


大変無礼な依頼を快諾してくださったアンドウ蜃気楼とキタノ蜃気楼には、とてもとても感謝する。


しかもしかも、本番当日お二人は、タツマロより曲をちゃんと覚えてきてくれたのだった。


そして、鹿沼までの道中を共にした、岐阜県のデイサービス空(くう)の伊藤君も急遽ギャング入りして、布陣は整った。

 

おかげで、蜃気楼は、SHAM69ばりの、合唱ロックになった。はず。

画像に含まれている可能性があるもの:3人、立ってる(複数の人)

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2016年5月20日夕刻。


なんとか蜃気楼は、栃木県鹿沼市の(はいこんちょ)にたどり着いた!


いやいや、蜃気楼のメンバーであるたつまろの大阪やコレナガの岐阜から物理的に遠い!という話じゃないぜ。


物理的な距離は、なにはともあれ蜃気楼を車につめこんでしまえばなんとかなる。


問題は、その蜃気楼が、形になっていなかったことだ。


でもまぁ、ギリギリ間に合った。


間に合ってなかったが、たどり着いた。

 

最後に出来上がった(呪われ島)のメロディーを、蜃気楼の歌手であるたつまろに伝えたのは、ほんの十日前。


一週間前に、たった一度、音合わせをしただけ。


頼みのベース&ドラムのカラオケがホントに出来上がったのは、鹿沼に向かう前日だった。


間に合ってない。でも、これが今の精一杯。なら、どうにか滑り込んだことにしよう。

 

この三ヶ月、新しい曲を作り詞をまとめ、アレンジを考えることだけにほぼ、時間の全てを費やして来た。仕事を後回しにして。


新生蜃気楼を形にすべく、だれにも頼まれていない、だれにも期待されていないことに、全ての時間を費やして来た。


年度末の、事務仕事のわんさか忙しいなか、週に三回の夜勤をしながら。


いったい拙者は何をしておるのだ?


そう思わないでもなかったが、いや、これがやっぱり楽しかったんだな。

 

今回、はいこんちょセミナーでは、二回のステージのチャンスを、いただいた。


その、一発目、五月二十日の夕方のはいこんちょでのステージを終えた僕に、セミナーの講師である菅原直樹さんが話しかけてきてくださった。


「ちゃんとした世界観を感じました。
ただ、オリジナル曲を書いた、というだけでなく」


表現者として活動されている菅原さんから、嬉しい言葉。


表現として、作品になっていたよ、と言ってもらえたのかしら。 


社交辞令かしら。


でも、例えたったひとりでも、そうしたことを分かってくださる聞き手がいる。


それは、とても嬉しく、翌日のセミナー会場での演奏に向かうモチベーションはグッと上がったのだった。

画像に含まれている可能性があるもの:4人、オンステージ(複数の人)、演奏(複数の人)

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でも、誕生日のお祝いって、無駄にお祝いしちゃうところ、ない?

 

形骸化しちゃうって言うか、足りないと悪い、みたいな。

 

プレゼントも、ケーキも、お花も、ってなりそうな時、あるじゃん?

 

でも、僕が担当する時は、もう最近は、あまり、何もしない。

 

誕生日の当日に、まめ家にいる人たちみんなとツーショット写真を撮って、それを大きな色紙に貼る。

 

今年の誕生日のドキュメントみたいな仕上がりになるよね。

 

それを、一日かけて、皆でつくる、みたいな。

 

 

 

 

ありきたりっちゃあ、ありきたりかもしれない。

 

でもさ、最近、誕生日ってものの、見方が変わったんだよね。

 

つまりさ、これまで、誕生日って、迎えた人をみんなでお祝いして、その人が一日主役になる日だと思っていたんだ。

 

普通、そう考えるよね?

 

でも、最近思うの。

 

お年寄りを見てて、思うの。

 

誕生日って、迎えた人が、皆にお礼を言う日だって。

 

そう気づいたんだよね。

 

皆にお礼を言って回る日なんだよ。

 

お祝いしてくれるから?

 

うーーん、そうかもしれないけど、お祝いしてもらう以前に、お礼を言う日なんだと思う。

 

何にお礼を?

 

言ってしまえば、生きているってことじゃね?

 

お互い様で、ありがとう、じゃね?

 

だから、出来たら、誕生日を迎えた人が、皆のところをまわって、写真を撮るのがいいよね。

 

ずーーっと誕生日の話ばっかになる。

 

それがいいよね。

 

それが、主役、ってことだよね。

 

「今日、私は88歳になりました。

 

今年一年もよろしくお願いします」

 

これが、誕生日じゃないかって。

 

あんまり、接待しない方がいいような気がしてきたよね。

 

誕生日だからって、どこか行くとか、なくてよくない?

 

むしろ、そういうことは、誕生日以外でやるべきで、誕生日はひたすら、お礼を言って回る。

 

皆と一緒にいる。

 

そんな気がするこの頃なんです。

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誕生日、というからには、やはり「日」なのだ。

 

特養時代には、おそらく、誕生会は「月ごと」にやっていたんじゃなかったか。

 

それは、誕生月祝いだな。

 

やはり、「その日」であることが、誕生日の一番のポイントなのではないかと思う。

 

デイサービスにおいては、必ずしもその誕生日当日が利用日だというわけではないから、誕生日の一番近い日に、その方のお祝いをするということになる。

 

 

 

まめ家のミーティングにおいて、お年寄りの誕生日企画の担当者を決める。

 

あの方のお祝いなら、誰が担当するのがいいか、それは結構簡単に決まる。

 

やはり、業務としてお祝いしてもらっても仕方がない。

 

業務として作られた食事を食べなきゃいけないのは辛いことだし、業務として介助されるお風呂には誰も入りたくない。

 

綺麗事かもしれないが、でもやっぱり、そうじゃん?

 

 

 

 

でも、投げかけられた役目を、一度「業務」に変換しないとできない人だって、いる。

 

それは、想いが足りないのではない。

 

そういうやり方でないと、うまく出来るかという不安ばかりが先に立つ、そういう人だっている。

 

 

 

 

あるおばあさんの誕生日が近づいていた。

 

誕生日祝いに企画を任されたスタッフは、少し遠出をしようと考えた。

 

三重県にある「なばなの里」という、花が咲き乱れる有名なテーマパークだ。

 

そのおばあさんは、今年になって、転倒事故などがあって随分弱っていた。

 

体だけでなく、認知症が明らかに深まった。

 

そういう時だったので、そのおばあさんには少しハードルが高い企画に思えた。

 

しかも、誕生日の直前になって、おばあさんの家族全員がインフルエンザにかかり、大事をとってデイサービスを欠席したが、その直後やはりおばあさんにも感染して、結局十日くらい休むことになってしまった。

 

誕生日は過ぎてしまった。

 

家族の介護疲れが顕著で、利用日でない日にデイの再開をすすめ、久しぶりに会ったおばあさんは、やはりさらに弱っていた。

 

すぐに遠出というわけにもいかない。

 

インフルエンザは完治したとはいえ、体と精神面の調子に波が大きくあった。

 

デイが再開して十日たち、そのスタッフは、できたら明日、決行したい、と言った。

 

僕は、「体調が許すなら、行ってもいいと思う」と答えたのだが、本当のところは、9割方、無理ではないかと思った。

 

当日の朝、おばあさんをお迎えに行った別のスタッフが、「とても行ける状態じゃないですよ」と言った。

 

僕は、その語気を強さの意味はよく分かった。

 

「バイタルは問題ないですよ」と、企画担当スタッフが言ったからだ。

 

 

 

 

 

僕は、立場もあって、なるべく「○○するな」とか「できない」とか言いたくないんである。

 

その人が気持ちをもってやろうとしていることに対して、例え間違ったところがあっても、その気持ちをまず大事にすべきと考えるし、その気持ちが一番大事、正解不正解よりも、と思うので、その担当スタッフに対しても、そのおばあさんに何かしてあげたいと思う気持ちに水を差したくなかった。

 

「○○するな」は強い命令になってしまって、言われた人は、後々まで、何をやるにも躊躇してしまうんじゃないかと危惧する。

 

躊躇しないことがとても大事だと思うから。

 

けれど、そういう曖昧な態度が悪い方に転ぶことも、やっぱりある。

 

結局後になって、あれはまずかった、それはもっとよくできた、そういう話にならざるを得ない時がある。

 

残念ながら、今回がそうだった。

 

初めから最後まで、いいことろがなかった。

 

 

 

 

ミーティングで、このことを話し合った。

 

今回の企画の一番の問題点は、他のスタッフがこの企画に「乗れなかった」ことだ。

 

そもそも、何故、なばなの里、なの?

 

「楽しいところに連れて行ってあげたかった」

 

なばなの里でなくても、楽しそうなところなら、どこでもよかったってこと・・・?

 

何故、おばあさんの状態が明らかに変わっていっているのに、計画に変更がなかったの?

 

その当日になっても、おばあさんがいつまめ家を出発して、どんなお昼ご飯を食べて、何時くらいに帰るか、そういうインフォメーションをみんなに伝えなかったの?

 

それで、ハードルの高い外出が、出来ると思ってたの?

 

 

 

 

 

難しいのは、そのスタッフを責めてしまうことにならないようにすることだ。

 

今後、みんなが企画を立てる時の参考のために、チェックすべきことを明らかにしよう。

 

そういうしかない。

 

 

 

何が、みんなに伝わらなかったのか。

 

それは、「楽しそうなこと」を与えておけば、お年寄りは喜ぶだろうという、その人間観なんだな。

 

その乱暴さ、温かみのなさに、乗れなかったんだろうね。

 

頑張ってやろうとするそのスタッフをみんな見守りたかった。

 

けれど、現状をシリアスに見ていないその乱暴さ、お気楽さに、最後には「大事なおばあさんのこの状態に、何をしてくれるの!」という怒りさえ、他のスタッフは持ってしまったんだな。

 

しかも、それは、必然性のない、しかもやたらハードルの高い、なのに「ただ楽しそうな」だけの、なばなの里だから。

 

応援のしようがなかった。

 

それが本音かもしれないね。

 

 

 

 

その企画担当スタッフは、その人なりに「ちゃんとやらなきゃ」という責任感を持ってやってくれたのは、間違いない。

 

その責任感故に、「業務的」に変換しないと、不安で仕方がなかった。

 

家族にも了解をとった。

 

責任者の僕にも了解をとった。

 

けれど、初めの段階から、誰にも相談しなかった。

 

相談するということは、いいアイデアが出てくるという意味もあれば、共感を広げるという意味もある。

 

そういう、みんながいつも自然にやっていることを、しなかった。

 

きっと、自分に課せられた責任を頑張ろうとしすぎたんだろう。

 

しすぎて、大事なところだけ抜けてしまった。

 

家族の了解はとったが、本人の体調の了解には、不注意だった。

 

 

 

 

 

いつもいつも計画は綿密である必要はない。

 

行き当たりばったりで行くようないい加減さがあってもいい。

 

ただ、綿密さが求められる時には、それはちゃんとしようよ。

 

そのメリハリは、意識しようよ。

 

 

 

 

僕は、そのスタッフに、一つの例として、こんな話をした。

 

そのおばあさんが外出できるか出来ないかは置いておいて、誕生日も随分すぎちゃったから、お祝いだけでもやろうよって、僕、言ったでしょ?

 

もう明日やらないと、って、前日の夕方、スタッフが帰る直前に言ったら、みんながどう言ったか覚えてる?

 

あの方、何が好きな食べ物だっけ?

確か、飛騨の出身だったよね?

庭に朴葉の木があるくらいだもんね。

朴葉は今時期じゃないか、残念。

飛騨と言えば、そばじゃない?

鶏ちゃん、っていう料理もあるよ。

漬物ステーキって聞いたことあるね。

決め手に欠けね、どれも。ああ、いいアイデアが思い浮かばない!

とりあえず全部作っちゃおう!

明日のお料理当番の西村さんにメールしとくわ。

 

そんなことが、ものの数分でまとまってた。

 

これはどういう意味かっていうとさ、おばあさんの物語の断片のほんの少しでも引っかかって、それになんとか乗っかろうということなんだよね。

 

「あのおばあさんの」誕生日をお祝いする、ってことしか、みんな考えないんだよ。

 

誰の誕生日か、それが一番だいじなところなんだ。

 

何となく楽しそう、っていうのは、その人を思って言っているように聞こえないんだよね。

 

面白くないんだよ。

 

面白くないってことは、ダメだよね。

 

面白くないことに、お金や人をかけるってことは、誰にとっても不快なことなんだ。

 

勿体ないとか言う以前に。

 

でさ、翌日朝お迎えに行ったスタッフが、息子さんに、「ころうどんが好き」だってきいてきて、「ころうどんって何?」とか言いながら、すぐにお昼のメニューに加わったじゃん?

 

お昼担当の西村さんも「あいよ!」ってすぐやってくれるしさ。

 

前日夕方からだから、これくらいのことしか思い浮かばなかったけど、それでも、みんなからこれくらいのアイデアは出るもんね。

 

で、勝手に企画が進んでいくでしょ?他のアイデアの勝手に進んだでしょ?

 

みんながそれぞれ勝手にやっていくでしょ?

 

あなた一人でお祝いしてるんじゃないんだよね。

 

そこを頑張る必要はないよね?

 

みんなでやった方が、いいお祝いになるじゃんね?

 

今回の失敗は、そこだったんじゃないかな。

 

みんなに投げ出してみたらいいよね。

 

 

 

 

正解不正解を追いながら仕事をするのは辛い。

 

それを僕は言いたいのだが、それすらも、そのスタッフにとっては正解不正解、なのかもしれない。

 

僕がやるべきことは、その人の気持ちを邪魔しないで、なんとかそれを、いい形になるように仕向けることなんだろう。

 

けど、難しい。

 

今回失敗したのは、その人じゃなくて、僕だったんだろうなって、思う。

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もう十年以上前、勤めていた特養では、お年寄りの誕生日をどんな風にお祝いしたのだっけ?

 

よく思い出せない。

 

けれど、一つだけよく覚えていることがある。

 

おそらくスタッフ・ミーティングで話し合ったことなのだろうけど、取り決めたことがあった。

 

それは、「誕生日プレゼントに、生活必需品はやめよう」ということだった。

 

「あのおばあさん、肌着と靴下がよれよれで情けないから、誕生日のプレゼントはそれにしよう」

 

確か、プレゼント用の予算があって、おそらく一人2000円くらいだったと思うけれど、また、入居者に担当のスタッフが決められていて、そのスタッフが、それぞれの担当のお年寄りの誕生日のお祝い企画などを考えていたんだろうと思う。

 

そのプレゼントが、肌着で、理由はマトモなのがないから、っていうのは、確かに酷い話だ。

 

それは、誕生日プレゼントで何とかするべきものではない。

 

家族に連絡して解決すべき日常生活のことだ。

 

でも、家族に連絡とか、面倒くさかったんだろうね。

 

すぐに対応してくれない家族も結構あったのだろうし。

 

それだけ家族との関係性が薄かったのだろうし、それを誕生日プレゼントと考えるというのは、入居者との関係も薄かったと言わざるを得ないな。

 

寂しい話だが、そういう疑問が出ただけマシ、かもね。

 

というわけで、そのことはすごくよく覚えていて、今でも誕生日というとそのことが頭をよぎって、形だけのプレゼントで、大事なものを蔑ろにしていないか、ってなことが気になるんである。

 

 

 

 

まめ家の誕生日で思い出すのは、今はもう辞めてしまったけれど、男性スタッフが、あるおばあさんを日帰り温泉に誘った企画だ。

 

日帰り温泉が好きだったそのおばあさんは、その頃もう自分で行くことができなくなったばかりか、温泉仲間との関係も複雑になって疎遠になっていた。

 

そのスタッフがたてた企画は、そのおばあさんとまめ家で特に仲の良かった二人の方と一緒に、日帰り温泉に行くという、シンプルなものだ。

 

温泉好きで今は行くことができなくなったという事情があり、また、要支援という元気さでまめ家で出会い、何故か団結するように仲良くなった3人だが、そのうちそのおばあさんが、認知症の深まりで先を行くという、関係性の変わり目の時期だった。

 

そのスタッフは、女湯に入ることは当然できないので、お風呂にはその3人のおばあさん達だけで入ることになった。

 

すごく思い切ったことだと思うし、女性スタッフに頼むことも出来たはずだが、彼はそうしなかった。

 

元気さでつながっていた3人は、今までは助けたり助けられたりすることを表面上だけでしておけば、いい関係性が安定的に保てたのだが、その頃は明らかに、そのおばあさんを他の二人がサポートするという、持ちつもたれつとは言い難い関係性に変化していたことを、彼はみていたのだろうと思う。

 

そして、その二人の方に助けられて、おばあさんは温泉に入った。

 

そして、温泉のレストランで、食事をした。

 

僕は、この企画、すごく心に残っている。

 

そのおばあさんの誕生日を、まめ家でお祝いするということの意味、物語がちゃんとあって、大げさすぎないさりげなさがあって、でも実はかなりきわどいことをやって初めて成り立ってたりする、という。

 

温泉に行く機会を失くしたこと、温泉に行く仲間を失くしたこと、新しい仲間との関係性の変化をどう乗り越えるのかということ。

 

シンプルに見えて、結構深いところを、そのスタッフはみていたんだと思う。

 

いい誕生日企画だったな。

 

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新年一発目のお迎えは、市町村のボーダーラインを越えた。

 

 

 

我がデイサービス介護まめ家は、昨年4月より、地域密着型デイサービスのカテゴリーに入った。

 

地域密着型への移行は、利用者の利便性の向上というよりは、お役所の事務業務の効率化のためにも思えるが、それをどうこう言っても仕方がない。

 

地域密着という発想は既に十年以上前から始まっているのだし、介護保険が利用者の利便性よりはむしろ事務や運営の効率化を、今後も目指すことははっきりしているからだ。

 

 

 

 

地域密着になったからと言って、いきなり事業所の所在地である市町村に活動を限るというわけではない。

 

少なくとも、それ以前に利用実績のあった利用者は、それ以後も同様にその事業所の利用は継続できる。

 

新規の利用者を受けることはできないから、近い将来、その事業所の全ての利用者は、その市町村の人になるだろう。

 

 

 

 

去年の4月、小規模デイサービスに地域密着という制度が導入されて、おそらくどの市町村も、どうやって対応したらいいか分からないことがいっぱいあったんじゃないかと思う。

 

近隣の市町村のやり方を横目に見ながら、自分のところの基準をその場で決めていったということも、たくさんあったんじゃないかと思う。

 

お役所的には、去年4月をもって、市町村の境を利用者も事業所も越えることはできない、とハッキリしてくれたら、とても対応がシンプルだっただろうが、現実的には利用者に対してそんな酷いことは出来ないわけで、それ以前に利用実績があった利用者に限り、境を越えることができるということになり、その手続きの解釈は、市町村によって、結構バラツキがあったんじゃないかと思う。

 

 

 

 

市町村の境について、弊害があるという意見や実際の困ったケースの報告は、SNSなどでもいくつか目にした。

 

まめ家においても、去年の4月以降、市町村の境を越えて利用の相談を受けながら、実はケアマネさんも僕らもその制度について無頓着であったが故、相談の途中で、その境界線に気づいたということが、2件あった。

 

でも、実は、境界線を越える手立てが全くないかというと、そうではない。

 

手立てはある。

 

問145

平成 28 年4月から小規模な通所介護事業所が地域密着型サービスに移行 するが、利用者は原則として、事業所がある市町村に限定されるのか。また、 他市町村の利用者については現行のような事務手続きをすることで利用可能 とするのか。

 

回答

① 平成 28 年4月1日以降の新規利用者については、その事業所がある市町村の 被保険者のみがサービス利用の対象となるが、当該市町村の同意を得た上で他 の市町村が当該事業所を指定すれば、他の市町村の被保険者が利用することも 可能である。

② また、平成 28 年4月1日前からの既存の利用者については、それぞれの住所 地である市町村の指定があったものとみなされるため、事業所の所在市町村の 被保険者だけでなく、当該市町村以外の他の市町村の被保険者も引き続き利用 することが可能である。

 

②については、去年の4月の時点で、対応の必要が多くあったため、よく知られた回答であるが、①については、あまり検討されていないように思う。

 

僕も、境界線を越えた相談について、①のことを、ケアマネさんや利用者さんに言ってはみたし、まめ家として手続きが必要なことは、積極的にやりたいとも伝えた。

 

というのは、それが本当のところ、可能なのか知りたかったからだ。

 

絵に描いた餅ではないのかと、相当疑っていたからだ。

 

何故なら、認めるも認めないも、お役所次第だ、ということは、煩わしい事務仕事を引き受けてまで、例外事例に付き合う必要がないと、その次元で判断するなら、実質的にそれは、絵に描いた餅になるだろうからだ。

 

まめ家に頂いた二件の境界線を越えた相談は、実は、市町村の境どころか、県境を越えた話だった。

 

利用者さんがかなり遠くにお住まいだということで、地域密着という制度以前に、かなり無理をした話だったことと、ケアマネさんもそれまでにお付き合いのない遠くの事業所の所属だったこともあって、その二件とも、その後、どのような手続きをしたのか、その経過はどうなったのかは、知ることがなかった。

 

初めの相談の後、その二件とも連絡がなかったので、おそらく、境界線を越える話の進展はなかったのだろう。

 

興味があるのは、その話が少しでも前に進んだとして、どこの時点で頓挫したのか。

 

よく調べてみたら、あまり現実的な話ではないと思ったと、ケアマネさんが判断した。

 

とか、

 

市に打診してみたら、色いい返事がなかったので、ケアマネさんが無理をしなかった、

 

とか、

 

実際に手続きに入ったら、あっさり市に門前払いされた、

 

とか、

 

利用者の市町村からはOKが出たが、まめ家のある市からOKが出なかった、

 

とか。

 

いずれにしろ、積極的にその手続きが行われた例を、僕は、聞いたことがなかったので、もしかしたら、多くの利用者、ケアマネ、介護事業者が、それは無理なことだ、と思い込んでいて、行われないのかもしれない。

 

あるいは、市町村の方で、それは特別例外的な事であり、基本的には取り合うべきことではない、ということになっているのかもしれない。

 

 

 

 

でも実は、市町村の側においては、その対応の温度差は、結構あるのではないかと思う。

 

例えば、「やらなくてもいいことだから、やらない」という判断の市町村と、「申し出があったら、しっかり対応する義務があるらしい」という判断の市町村が、あるんじゃないか。

 

全国で、それが統一されていない、あるいは、今はまだ統一されていない、可能性はあるのではないか。

 

 

 

 

 

近隣のある市町村の社会福祉協議会のケアマネさんと、まめ家はとてもいい関係でお付き合いさせてもらってきた。

 

去年の四月以前からの利用者さんがいて、今も親しくさせてもらっている。

 

そのケアマネさんから、ご自分の受け持ちの方に、是非まめ家を利用してもらいたいと、打診があったのは、去年の秋だ。

 

ケアマネさんは、市町村の境を越えるための手続きに入った。

 

その市町村は、既にまめ家を利用している方がいるので、とあっさり問題なくOKを出してくれた。

 

その方が、まめ家をお試し利用した時、役所の担当者も一緒に見学に来てくれた。

 

それに比べたら、まめ家のある市のOKをもらうのは、ハードルは低いように思えた。

 

実際、市のOKはすぐ出て、この方は、市町村の境を越えて、新規利用者として、今日初めてまめ家に来られた。

 

 

 

 

お役所の言うことは、担当者で変わることがある、とか、担当者は配置換えでころころ変わる、とか、来年には判断が変わっていることがある、とか、不安なことはある。

 

なので、今後はこんなにすんなり事は運ばないかもしれない。

 

また、別の市町村なら、話を聞いてくれる間もなく、門前払いの所だってあるかもしれない。

 

それでも、これでひとつ、例外の成功例が、できた。

 

 

 

制度としての区切りは仕方がないとして、例外を認める道筋はあるべきだし、絵に描いた餅ではない実際的な道筋が、あって欲しい。

 

なにより、僕らが勝手に悪い方に解釈して、その悪い解釈を実際の習慣にしないように気をつけないと。

 

勝手にあきらめるということが、一番弊害があるから。

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12月30日にデイサービスの今年最後の営業を終え、今朝31日の朝、お泊まりのカッちゃんを自宅に送り届けて、僕の2016年の仕事は、終わった。

 

まだまだ法人理事長としての事務仕事は山積みだし、訪問まめ家のスタッフは、年末も年始もなく出動しているので、まめ家は年末年始完全にはお休みというわけにはいかない。

 

それでも、僕としては、2016年の一区切り。

 

束の間ホッとするひと時を過ごしている。

 

と思ったら、カッちゃんの旦那さんが、明日元旦の昼間、正月行事にカッちゃんを連れて行きたいから、送ってくれ、と。

 

分かりました。あと何回ふたりのお正月があるか、ないか、分からないもんな。

 

訪問介護と訪問看護の段取りを調整し直して、とりあえず、オーケーと。

 

 

 

 

 

 

2016年、始まりは暗雲立ち込めた不透明な景色だった。

 

その直前に、年末をもって、四年以上まめ家にいてくれた男性スタッフが、急に辞めることになった。

 

そして、新年になってすぐ、ヒロさんが自宅で倒れ、亡くなった。

 

どちらもショックの大きい出来事だった。

 

男性スタッフは、生き方としての介護を模索していたと思う。

 

生き方としての介護、仕事としての介護、その曖昧な境界線で、いつももがいていたのかもしれない。

 

そして、その折り合いのつかない日々の果てに、彼は自分にとって介護とは何かが分からなくなったんじゃないか。

 

そういうのをきっと、バーンアウト、というのだろうと思う。

 

彼が辞めたこともショックだったけれど、まめ家という場で、その折り合いがつかなかったということ、彼がひどく心を弱らせてしまったということが、僕をとてもモヤモヤさせた。

 

僕は、自分のやっていることに、自信がなくなったのだろう。

 

 

 

 

 

ヒロさんは、去年まめ家が最も熱心に関わった方だったので、まさに主役を失ったような喪失感があった。

 

それに、実質一年しか関われなかったことで、見えていたたくさんの課題に対して、多くのことをできなかった心残りがあった。

 

しかし、こればっかりは仕方がない。

 

 

 

 

 

今年、三人の新しいスタッフを迎えた。

 

ハローワークに求人を出したが、その三人の方は三人とも、求人とは別のルートからやってきた。

 

しかも、三人とも、おばさまだ。

 

おばさまおじさまは、なかなか難しいというのが、僕の偏見。

 

きっと、老いをリアルなものとして感じ始めると、ひとは、「まだまだ自分は大丈夫」と自分に言い聞かせたくなるのだろう。

 

そのせいで、介護サービスの受け手であるお年寄りと年齢が近いにもかかわらず、いや、近いからこそ、「自分は介護が必要なあなたたちとは違う」という心もちを、無意識に抱えているように感じる。

 

若い人のように割り切ったり面白がったりして、老いの世界に馴染んでいくのが難しいようだ。

 

老いが、認知症がリアルすぎるんじゃないか、その年代の人にとっては。

 

というのは、僕もなんだかんだ言って、老いというものを意識せざるを得ない年齢になってきたからだ。

 

いくら若作りしていても、体質が変わって以前では考えられなかったような体の状態の変化が次々とやってくる。

 

自分が何歳か、というよりも、あと何年生きられるか、という逆算になってくる。

 

そういうリアルを感じ始めて、リアルだからこそ老いを受け入れづらいという感覚は、分かる気がするのだ。

 

 

 

 

 

 

ニシムラさんは、春のある日、突然まめ家にやってきて、「何か仕事はないか。面接してほしい」と言った。

 

ニシムラさんは、まめ家のすぐ近くに住んでいて、まめ家みたいな介護施設でちょっと働けたらいいな、と以前から思っていた。

 

その日たまたま、二年前に亡くなったエーさんのお母さんがまめ家に遊びに来た時に、顔見知りのニシムラさんに会った。

 

エーさんのお母さんがまめ家とつながりがあることを知り、その勢いでまめ家に来た。

 

実はよく聞いてみると、二人は友達というほどではなく、ニシムラさんの以前の仕事の関係で、何度か顔を合わせたことがあると言うくらいだったらしい。

 

突然そんな風にまめ家にニシムラさんが来て、僕は、これは面白いと思った。

 

お仕事の求人をして、お仕事として面接に来る、そういうわざとらしい出会い方に、どこかゲンナリしていたからだろう。

 

というわけで、ならどうぞ、とそのまま面接ということになった。

 

ニシムラさんは、当然履歴書など持ってきていない。

 

けれど、別にそれは、どうでもいことだ。

 

本人が言うには、面接してくれとは言ったが、よく考えてみれば、急に飛び込みでくるなんて私は一体なにをやっているんだろう、なんて失礼なことをしているんだろう、と面接の時には既に思っていたらしい。

 

考えより先に行動してしまうタイプなのだ。

 

天然で面白い人なので、断る理由がなく、なら、2,3日試しに来てみますか?と、お試し就労することになった。

 

 

 

 

 

 

僕は、面接で断る理由がなかった人には、次の段階として、お試し就労をお願いする。

 

面接ですぐその人を見抜けるほど、僕は自分の直観が信用できるわけではない。

 

面接で分かることは、ほとんど何もない。

 

なので、はっきりとお断りする理由がある場合、むしろ安心する。

 

はっきりしないから、お試し就労なのだ、大概は。

 

 

 

 

 

お試し就労と言っても、実際には、できる仕事はない。

 

見知らぬ人たちに、出会ってすぐできるサポートなどないということを、まず分かって欲しいというのが、本音だ。

 

お試し就労の人は、スタッフとして自分ができることを探す。

 

当たり前だ。

 

でも、スタッフだからと言って、出会ってすぐの人に何かやっていいという思い上がりをまず、どうにかしてほしい。

 

できるという思い上がりにまず、気がついてほしい。

 

何をするか、よりも、何をしない方がいいか、という観点から考えた方がいいかもしれない。

 

とにかく、邪魔しない。

 

足し算より引き算。

 

そういうことを心がけてほしい。

 

だから、お試し就労でできることは、出会った人たちに自分が何者かを知ってもらうこと、その人がどんな人かを教えてもらうことしかない。

 

「スタッフとしてどんな業務があるんですか」と、僕に問われても、僕に言えることはこんなことだ。

 

「業務なんて、条件さえそろえば、誰だって何だってできます。

 

だから、逆に言えば、条件がそろわなければ、何もできません。

 

業務のやり方を覚えても意味がありません。

 

条件を揃えることが先決であり、全てです。

 

その条件とは、あなたの役割や仕事は、『場』が決める、ということです。

 

僕やスタッフがあらかじめ決めるわけじゃありません。

 

誰かがあなたを求めない限り、入浴介助は始まりません。

 

入浴介助の方法を学ぶのではなく、求められた時、ある特定の人の入浴にお付き合いするマナーを学ぶんです。

 

一般的な入浴介助の方法なんて学ぶほどの意味はありません。

 

そんなことよりまず、ここにいるお年寄りやスタッフと約束を一つ一つ丁寧に結んでいくことから始めるしかないんです。

 

そうしたら、自然にあなたの役柄が、この場で収まっていきます。

 

それぞれのお年寄りやスタッフが、それぞれにあなたの役柄を求めます。

 

あなたの役柄は、それぞれのお年寄りやスタッフにとって、違うものでしょう。

 

当たり前ですよね、学校でも職場でも友達関係でも、そういうものですよね。

 

あなたはまず、私はスタッフであるということが役柄だ、なんていう誤解を忘れることから始めてください。

 

スタッフだから入浴介助をしてもいいというわけではありません。

 

誰かがあなたにお風呂のお世話をしてもらっていいと思い、あなたがそうしたいと思ったとき、初めて、入浴介助が始まります。

 

それがどういうきっかけで始まるかは、わかりません。

 

でも、その時まで、入浴介助もトイレの介助も食事介助も、どんな小さなサポートも何も始まりません。

 

ここにいるお年寄りやスタッフのことをよく見てください。

 

そして、自分のことを知ってもらってください。

 

ひとをサポートするということの意味を、感じてください。

 

邪魔をしないということはどういうことか、感じてください。

 

まずは、そこからしか、始まりません」

 

 

 

 

 

そんなことを言われて、新しいスタッフ候補さんは、とても困ると思う。

 

何もできない、というところから始めるということは、何をやってもいけないと言われているのと同じだからだ。

 

とりあえず、お年寄りにお茶でも入れようとしたら、「今あなたが動き出したせいで、誰かにお茶を入れようとしたその人は遠慮して、やめたんだよね」と言われる。

 

トイレから帰ってきた人にソファーを勧めたら、「その人は黙っていてもいつもそのソファーに座るし、今日初めて来たあなたが偉そうにそこに座れなんて、言っていいわけがない。むしろ、教えてもらうのはあなたの方ではないか」と言われる。

 

そういうことを言われるのは、辛いことだと思う。

 

けれど、新参者のあなたがやっていることは、ずっと前からここにきている人に対して、敬意のあるやり方とは言えない。

 

それが介護職の常識なのかもしれないが、ここの常識ではないし、世間一般でみたら、やっぱり常識とは言えない。

 

我々は介護職である前に、一人の人間としてどう振る舞うか、まずはそこから始めてみましょうよ。

 

 

 

 

 

 

僕は、どちらかというと、あまり細かいことを言わない人間だ。

 

実際に何をやるか、どうやるかは、あまり問わない。

 

どうやるかは、それこそひとりひとりの人としての振る舞いに任せようと思う。

 

しかし、その振る舞いのベースに、ひとに対する敬意のようなものが欠けているなら、それは指摘したい。

 

敬意さえあるなら、あなたのやりかたでやってみたらいいというのが、僕の考え方だ。

 

 

 

 

 

 

介護の仕事の経験のある人は、そういう意味ではなかなか悪い癖が抜けない。

 

なら、経験のない人がそうでないかというと、経験のない人でも放っておくと、ベテランの経験者並みに平気で、敬意の欠けた振る舞いをする。

 

これは、その人たちが悪いのではなくて、介護の現場が持っている根底的な危うさが、そうさせるのだと思う。

 

それは一言で言って、介護を介護負担だと思っているということだ。

 

意味もなく立ち上がる、意味もなく歩く、そう見える人には、とりあえず、座って座ってと言ってしまう。

 

昨日今日その人に会ったのなら、まず、何故立ち上がったのだろう、何をこの人は思ったのだろう、この人はどんな人だろう、と思うのが自然なのではないか。

 

そういう自然なことより、座らせて安全を確保することの方が自然と思ってしまう。

 

あるいは、介護施設というところは、介護スタッフにそういうことを求める場所だと思っているのかもしれない。

 

その、介護の根底のところを見直すことから、新しいしスタッフ候補さんには、始めてもらわなければならない。

 

あなたがその人をよく知りもしないで、座らせようとしたのは何故だろう?

 

座れという前に、その人が歩くことに付き合ってみるのが、筋ではないか。

 

ここは、よく知りもしない人を座らせておけばいいということを、介護とは言わないことにしている場所だ。

 

そういうことを、大変申し訳ないが、スタッフ候補さんに失敗してもらいながら、ひとつひとつ分かってもらうしかないのだ。

 

 

 

 

 

大抵の人は、なら私は何をすればいいのか、私にできることがあるのか、という難問に苛まれることになるのではないか。

 

年齢で差別するわけではないけれど、年が高いほど、「ああそうか、そういう考えにシフトしてみればいいのか」とは、簡単に考えられない傾向があるように思う。

 

60歳代半ばのニシムラさんも、「私には無理みたいです」と早々に音を上げた。

 

僕は、スタッフ候補さんがそう言ってくれると、大抵安心する。

 

何故なら、その人のことがよく分からず判断に困っている僕が判断しなくても、その人が自分で判断してくれたということだからだ。

 

それによって、新しいスタッフが決まらなかったという結果になるのだが、でも、それでもいいやと思えるくらい、新しいスタッフを迎えることは、こわいことだ。

 

 

 

 

 

 

でも、ニシムラさんは、とても面白い人だ。

 

この人の面白さとは、つながっていた方がいいぞ。

 

いつもは頼りない僕の直感が、何となくそう言っていた。

 

苦肉の策で、「なら、お料理おばさんで、来てみない?介護じゃなくて、お料理専門で」と言ってみた。

 

ニシムラさんは、その時こう思ったらしい。

 

突然飛び込みで面接してなどと失礼なことを言ったので、むげに断ることはあまりにも無礼だから、うんと言うしかない。

 

 

 

 

 

まめ家では、昼食は介護スタッフが作る。

 

お料理専門のスタッフはいたことがないし、雇うつもりはなかった。

 

何故なら、お年寄りと空間を共にしながら、その空間に見向きもしないでひたすらお仕事としてお料理を作る人など、いて欲しくないからだ。

 

でも、正直、週に二回もお料理当番があるということは、介護スタッフとしては結構しんどいことだと思う。

 

まめ家では、その日のメニューは、お料理当番に任されるから、献立から考えなければならない。

 

なので、その負担を減らすために、ニシムラさんにお願いしたということはあったのだ。

 

 

 

 

 

結果、どうなったかというと、最近ニシムラさんは、こんなことを言った。

 

「正直言うと、お料理なんて全然自信がなかったのに、実際にやってみたら、私こんなこともできるんだあんなこともできるんだって、楽しくて楽しくて。

 

分からないことはお年寄りに訊いたら、いろんなことを教えてもらえるし、手伝ってもらえるし、もうすんごくうれしい!」

 

いやー、こんなことを嬉々として言える人は、そうそういないと思う。

 

介護スタッフでは、全然介護ができそうになかったニシムラさんが、ただのお料理おばさんになった途端に、それはもう自然にお年寄りとバカ話をしながら、お料理や後片付けをしているわけだ。

 

お年寄りが提供してくれた食材を、その日のお昼にはお料理として出してくれて、バカ話がさらに盛り上がって、「なら、今度また持ってくるね」とお年寄りが言ったりして、次の約束ができちゃう。

 

いやいや、僕が小難しく言っていたことは、こういうことなんです。

 

この場が、ニシムラさんの役割を決めてくれるんですよ。

 

ニシムラさんがさらにそれに応えていくから、また求められていくんですよ。

 

ニシムラさんのおかげで、キッチンとリビングは常につながっている。

 

それに、なにより、週に二日のニシムラさんのお料理は、とてもおいしい。

 

先日は、前日から仕込んだ煮豚がでた。

 

調味料が足りないと、近くの自宅にとりに行く。

 

いやいや、やりすぎだろ、って思いながら、笑ってしまう。

 

介護の世界にはいられなかったかもしれないニシムラさんが、今年まめ家をある意味変えるくらいの貢献をしてくれたと思っている。

 

介護士としての才能とかスキルとか、それよりも、誰だってやりたいやってあげたいということがあれば、役割はきっとそこにある。

 

 

 

 

 

 

僕は、そこは譲れないところだし、そこさえ譲らなければ、大きな間違いはないと思っている。

 

それは、やりたい、という動機が先にあるということだ。

 

仕事や業務が先にあるわけではない。

 

やりたいという動機が、その人に役割を与え、役柄を与える。

 

場の登場人物になることができる。

 

やりたくないことはやらなくていい。

 

お料理を作りたくない人の料理を、誰が食べたいものか。

 

やりたいことだけやればいい。

 

みんなが同じ役割をするべきだなんて、ひとを馬鹿にしている。

 

いきいきするチャンスを潰している。

 

お年寄りもスタッフも子供も、同じだ。

 

その出発点だけは、譲らないことにする。

 

 

 

 

 

 

だから、ミーティングで僕が挑発的に「これだけのトラブルがあり、さらに今後もっとトラブルが起こることが予想されていながら、それでも、シコさんを断りませんか?」というと、「いくつかの施設を断られて、まめ家に来ているんですから、断るなんてとんでもない」と、僕が言われるのだ。

 

しんどくないと言ったら嘘だ。

 

でも、シコさんと共にいる理由がある。

 

断るなんてとんでもない。

 

頼もしいなぁ。

 

 

 

 

 

今年の僕の仕事で一番のファイン・プレイは、間違いなく、ニシムラさんをまめ家の仲間に加えたことだ。

 

あとは、ニシムラさんが勝手になるようになってくれたんだけどさ。

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今年最後の日曜日。

 

クリスマス。

 

とはいえ、それほど年末気分でもなければ、今更クリスマス気分でもない。

 

いつもの日曜日と同じように、カッちゃんを迎えに行く。

 

 

 

ここのところ、二か月か三か月ごとにけいれん発作が起こっているカッちゃんだ。

 

先週の火曜日、朝まめ家の訪問介護スタッフが、デイの送り出しサポートに入ってた時に、発作が起きた。

 

けいれん止めの座薬を使い、訪問看護に看てもらい、状態はすぐ落ち着いて、夕方お泊まりのために、自宅にカッちゃんを迎えに行った。

 

発作の後は、しばらくして発熱する。

 

相当な負担が体や脳にかかるのだから、それは仕方がない。

 

それもあって、デイはお休みしても、落ち着いたらお泊まりに来てもらう必要があった。

 

介護者である夫では、そういう時、頼りない。

 

仕方がないのだ。

 

 

 

その夜、一瞬発熱傾向が見られたが、すぐに治まり、ホッとした。

 

次の日は予定通り、夕方に帰宅した。

 

しかし、それ以降、食事の呑み込みが不安になった。

 

むせが増え、食事の後、喉がゴロゴロ鳴って、呑み込み切っていない残り物が、喉に残っていた。

 

そういうことは今までにもあった。

 

体調が回復するにつれて、それも改善していくのが、いつものパターンではある。

 

しかし、心配だ。

 

 

 

 

一時的な発熱はみられたが、まめ家に二泊して、やっとゴロゴロが治まり、体調が回復してきた週末。

 

週末から週初めは、夫と自宅で過ごす時間が多い。

 

まめ家が休みの日曜日にカッちゃんに来てもらうのは、そこのサポートの必要からだ。

 

自宅での夫の追い付かないサポートで少し調子を崩したカッちゃんが、火曜日からのまめ家でのデイやお泊まりで調子を戻し、土曜日の朝に帰る。

 

日曜日の夕方デイから帰宅すると、火曜日の朝までが、一週間で最も連続で自宅にいる時間になる。

 

そして、もうこれ以上、カッちゃん夫婦から、二人の時間は取り上げたくない。

 

 

 

クリスマス気分など微塵もなく、いつものように、カッちゃん宅に入る。

 

二人がいるであろう部屋の扉を開ける時、空気が動いている気配がない。

 

おじいさんは、きっと眠ってしまっている。

 

カッちゃんの車いすが、部屋の外に置いてあるから、おそらく外出の用意はなされていない。

 

別に構わないけど。

 

 

 

「財布を失くしてまって」

 

やっと気がついた夫が、ベッドから起き出して言う。

 

「昨日の午後、財布がないことに気がついて、夜中の三時半まで探していて眠れなかった。

 

今朝、七時に思い立って、そこの交番に問合せに行ったら、落とし物として届けられていた。

 

助かったわ!」

 

それでも、朝の八時には、カッちゃんの朝食を介助したのだから、立派だ。

 

 

 

 

「コンビニで落としたらしい。

 

ほれ、この上着のポケット、浅いやろ?

 

落ちたんやな」

 

おじいさんは、着ているジャージのポケットを裏返して、言った。

 

そりゃ、よかった。寝過ごしてしまうのも仕方がない。

 

 

 

 

おじいさんは、夜中家じゅうをひっくり返して、財布を探したようだ。

 

おじさんも年をとったものだ。

 

自分の行動を振り返れば、まず、コンビニへ行った時に落としたことは予想できそうなものだ。

 

そういう、行動の手続きを踏むことが、難しくなった。

 

それでも、朝になってやっと思い立って、交番で財布が見つかった。

 

よかったではないか。

 

 

 

 

 

カッちゃんは、少しギャッジアップされたベッドに仰向けに寝ていた。

 

腰のあたりに褥瘡があって、円背で、飲み込みに不安のあるカッちゃんには、しんどい姿勢だろう。

 

口の周りは、南瓜らしきペースト状のものが、カピカピに乾燥してはりついている。

 

ゴロゴロが心配だ。

 

室温やお布団のかけ方も、暑がりのカッちゃんには、暑すぎる。

 

おじいさんは寒がりなので、そこのところの調整は難しい。

 

そのせいで、自宅でのカッちゃんはいつも、こもり熱で発熱状態になる。

 

ま、それも仕方がない。

 

 

 

 

寝過ごしたせいで、おむつを替えていないというおじいさんに、全部まめ家に行ってやるから大丈夫よ、と言って、カッちゃんの自宅を出た。

 

寝不足だから、カッちゃんが帰るまで、よく眠っておいてね、と言い残して。

 

まめ家に着いたカッちゃんの着替えとトイレを済ませ、多めの水分を摂ってもらう。

 

体温は幸い高くない。

 

助かった。

 

 

 

 

「最近ボケてきて、すぐ忘れるようになった」

 

あのしっかりしたおじいさんらしくない言葉だ。

 

九十を超えたんだから、当たり前なんだけど。

 

カッちゃんのことも心配だけど、おじいさんの体調の不安定さもまた、心配になってきた今日この頃。

 

二人の自宅での様子を見ると不安にもなるけれど、それも込みで付き合っていくんだ。

 

二人で生きているこの生活を、続けていけるように。

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時折、悲鳴と、それを必死になだめる抑えた声が、交互に聞こえる入浴を終えて、シコさんは、少し混乱気味で浴室を出た。

 

二人で入浴介助した、そのひとりが、シコさんを奥の和室に誘導する。

 

混乱が治まるまで、シコさんはなるべく誰とも接しない方がいい。

 

渇いたのどを潤して、入浴の疲れと共に、少し眠って休んだ方がいい。

 

 

 

シコさんが落ち着けるように、ベッドで添い寝するようにオオノさんが横になった時、シコさんはするりとベッドを抜け出した。

 

おそらく、オオノさんにうまく誘導されていることに違和感を感じたのだろう。

 

オオノさんがその動きについていけない隙に、シコさんは、そそくさと部屋を出た。

 

部屋をひとつ挟んでそれを見ていた僕が次に見たのは、手をやや強引に引っ張られて、和室に逆戻りしたシコさんだった。

 

手を取っていたのは、アカリさん。

 

それは、珍しい光景だった。

 

シコさんが、スタッフの手を強く引っ張って歩き回る姿はいつものことだが、引っ張られているシコさんは、珍しい。

 

アカリさんが、怒っているのが、分かる。

 

おそらく、入浴の苛立ちを整理しきれないまま、和室を飛び出したシコさんは、そこにいた無防備なアカリさんに、反射的に手を出したのだろう。

 

少なくとも、そこにいたのがお年寄りでなくてよかったと思いながらも、僕は心配になって、和室のふすま近くに寄った。

 

「私は怒ってます。

 

何故、ひとの見ていないところで、ひとが見ていないと思って、私を叩くんですか。

 

叩いたじゃないですか。

 

どうしてですか」

 

それは、抑えた声ではあったが、感情は抑えきれない怒りが感じられた。

 

アカリさんには、あれはそう2年前に、仙人に飛びつかれた時のように、もしかしたら、か弱く見える自分が狙われたかもしれないという憤りがあったのかもしれない。

 

シコさんにそんなことができるのだろうか?

 

できるできないで言えば、できるだろう。

 

むしろ、するだろう。

 

その時、シコさんにそういう判断があったかどうかまでは分からないけれど。

 

アカリさんに問い詰められて、シコさんが逆に語気を強めて、言う。

 

「やってない!知らない!」

 

それはおそらく、噓じゃない。

 

シコさんは意識してアカリさんを叩いたわけではないだろうし、叩いたという意識はないだろうし、あったとしても忘れているだろう。

 

残っているのは、イライラが残る自分の気持ちだけだ。

 

それを、アカリさんだって分かっている。

 

けれど、だとしても、その時の気持ちをどうやって整理したらいいのだろうか。

 

分からない、忘れた、意識していない、だからと言って、やったことの責任の少しも、シコさんは負うべきではないのだろうか。

 

負わすべきではないのだろうか。

 

シコさんは、アカリさんからふいっと逃げるように歩き出す。

 

「まだ、話は終わってません」

 

アカリさんの呼び止めに、シコさんが応じるわけはない。

 

そのシコさんをちょうど受け止めたのは、オオノさん。

 

オオノさんは、シコさんをなだめるようにして、和室に二人きりになり、しばらくして二人はまたベッドで横になった。

 

やっと、シコさんは、少し落ち着いたようだった。

 

 

 

 

 

アカリさんは、すぐ大声を出して大騒ぎにして場面転換を図ろうとする僕のような下品なやり方は、しない。

 

僕の下品な、強引につじつま合わせをするようなやり方は、そのつじつま合わせにひとつに、自分のやるせなさを少し発散する目論見があることを、否定できない。

 

シコさんの暴力は、叩くつねる噛みつく、が本当のところではない。

 

上品ぶった、介護職ぶった自分の、晒したくない個人的な部分を、強引に引きずりだす、そのことだ。

 

感情をかき乱される、そのことだ。

 

仕事だなんてことで、やってられないんだ。

 

仕事と割り切らなきゃ、やってられないんだ。

 

そうやって、引き裂かれるんだ。

 

そこが、本当につらいところだ。

 

整理できない自分の感情を、何の解決もないまま、放り投げられたまま。

 

仙人の事件があった時、まだ介護の仕事に本腰を入れる決心がついていなかったアカリさんに、僕は言った。

 

こういうことは、これからもきっとある。

 

もしそれが嫌なら、この仕事を辞めたらいい。

 

仙人の事件をきっかけに、アカリさんは、この仕事をちゃんとやろうと決心した。

 

そして、僕が言ったように、そういうことが、やっぱり、ある。

 

アカリさんは、きっと覚えているだろう。

 

そして、整理できないことを、整理できないまま、放り投げておかなきゃいけないことも。

 

とても難しいことだ。

 

けれど、ひとが生きるってことは、そんなにちゃんと整理できることばかりじゃない。

 

シコさんが生きることも大変だ。

 

僕らだって、誰だって、きっと大変だ。

 

うまく物事が、収まっていくことなんか、ないと思った方がいいかもしれない。

 

シコさんと生きていくということは、そういうことだし、それは、そもそも生きていくっていうことは、そういうことだ、ということだ。

 

ということに、していこうじゃないか。

 

僕だって、ひとに言えるほど、何も整理できちゃいない。

 

何にも収まっていかない。

 

面白いじゃないか。

 

そうでなくちゃ。

 

なあ、面白いじゃないか。

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こんな人間になってしまって。

 
旦那さんは、送迎車の助手席に乗った妻の、そのドアから身を屈めて車内を覗き込むようにして、いつもの笑顔で言った。
 
後部座席に座る、よっちゃんに向かって。
 
よっちゃんは、えーよえーよと応え、シコさんの肩を叩いて、しーこーさん、おはよ、と言った。
 
僕がシコさんに、よっちゃんよっちゃん、と囁くと、シコさんは、よっちゃんの声に振り向いて、よっちゃんよっちゃん、と身をよじって手を伸ばした。
 
 
 
シコさんは、一人にしておけない。
 
先日も、朝のデイのお迎えを待つ間、夫が庭掃除をしているほんのわずかな時間に、家を出てしまった。
 
夫は、万が一シコさんが家から出てしまうといけないので、玄関の見えるところにいたつもりだったが、いつの間にか作業に集中してしまったのだろう。
 
デイのお迎えが来て、屋内に入ると、シコさんの姿がないことに気がついた。
 
シコさんは、1時間くらいして、近くの集会所で、近所の人に保護されていると分かった。
 
ご近所さんも、事情を知っていてくれて、おかげで早く見つかったのだった。
 
 
 
シコさんは、家から出たいから出た、わけではなかろう。
 
朝食後のうたた寝から覚めて、何をどうして良いかわからず、玄関を出た。
 
近くに夫の姿があったが、気づくことができず、さまようように歩き出したのだろう。
 
夫の姿に気づけば、おとーさーん、と駆け寄ったのだろうが。
 
 
 
シコさんは、一人にしておけない。
 
送迎車にシコさんを一人残して、ほかの方をお迎えに行くのは、難しい。
 
誰かと一緒にいないと不安で仕方がないから、一人になるとすぐ、動かないではいられなくなる。
 
そういう時、例えば、よっちゃんを先にお迎えに行って、僕がほかの方をお迎えに行っている間、よっちゃんにシコさんのお相手をお願いする。
 
しかし、シコさんがどんなことに気分を害するかは、想定しにくい。
 
お年寄りの何気ない一言が怒りを生み、それが暴力に変わる可能性がある。
 
というわけで、申し訳ないが、シコさんの指定席は、助手席。
 
よっちゃんには、後ろからシコさんに声をかけてもらう。
 
 
 
 
後部座席のよっちゃんに、夫はいつもの申し訳なさそうな笑顔で、言った。
 
いつもありがとう。
 
こんな人間になってしまって、お世話かけますが、お願いしますね。
 
えーよえーよ、よっちゃんも笑顔で返す。
 
認知症になってもなんでもないよ。
 
なんにも大変なことはないよ。
 
そんな嘘っぽい言葉より、ずっといい。
 
えーよえーよ。
 
僕は、介護現場のこのリアリテイが、嫌いじゃない。
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