平成7年2月。私は神戸のとある駅にいた。ここから先は電車が不通のため、歩いて行かねばならない。大学の奇術研究会の後輩たちばかりからなるグループに交じり、私が向かったのは、「元気村」という名前がつけられた、阪神大震災被災者の方々のキャンプ地だった。
 元気村で我々は、子どもたちに手品を見せることになっていた。精神面のケア、などというたいそうな名目があったわけではない。自分にできることを他に思いつかなかった。
 そこは学校の校庭で、「これから手品をするよ」と声をかけると、あっという間に小さな人だかりができた。我々は彼らにサロン・マジックやテーブル・マジックを披露したが、退屈していた子どもたちにとってそれは目新しい刺激であり、とても興味深く捕らえられたようである。演じていて、楽しんでもらっているという実感がわいた。
 しばらくの時間がたち、子どもたちがばらけて行く中で、独りだけ残っている女の子がいる。まだ小学校に入る前?「んー」と首をかしげながら私を見ている。ひと通りテーブル・マジックを見せ終わっていた私は何かなかったかと上着のポケットを探り、指先に触れたものの感触を確かめつつその少女に話しかけた。そして私は彼女のためだけに、「ジャンピング・ダイヤ」を演じた。彼女はちょうど赤い服を着ていたので、最後にダイヤを白から赤に変えてみせた。
 「なんでぇ?」と聞く少女のその瞳は、純粋そのものであり、その問いかけは「どうして空は青いの?」というのと同じレベルで私に対して発せられているように思えた。それは何の悪意もなく、ただ子どもにとって、聞いたらきちんとわかるように教えてくれるのが当たり前である種類の質問として、つきつけられたのであった。私はどう答えたらよいのか適当な答えが思い浮かばず、真剣に悩んだ。本当のことを言ってしまいたいという衝動に駆られたが、それが少女のためにも自分のためにもならないだろうと思いとどまった。さて、どうしたものか。
 その間にも少女は、私が手渡したジャンピング・ダイヤの一本を自分の服にくっつけたり一生懸命振ったりして、なんとかして白を赤に変えようとしている。私は軽い罪悪感にとらわれつつ、苦笑いしながらそれを見ていた。これは魔法なんだよ。そんなありきたりのフレーズしか思いつかない。
 
 
その時、少女は「わかった!こうやったんだ!」と、目を輝かせて私のほうを見て……
 
……テーブルに置いてあったスポンジウサギの耳の先をプチッとちぎり取り、白いダイヤの上にちょんとのっけたのであった。
 
子どもおそるべし。みなさん、ジャンピング・ダイヤを演じる時は、ウサギはしまっておきましょう。