(17) アンリ・フランソワ・ジョセフ・ヴュータン(1820-81):ヴィオラ・ソナタ変ロ長調作品36(1863刊)

 ヴュータンはロマン派のヴァイオリニスト作曲家で、第5ヴァイオリン協奏曲などは、ロマン派技巧的ヴァイオリン協奏曲の代表作のひとつだろう。ベルギー生まれで主としてフランスで活躍した人だけに、綴りが日本人には難しい。Vieuxtempsというのがなかなか覚えられない。神童ヴァイオリニストとして鳴らしたあと、作曲家としての勉強をはじめ、7つのヴァイオリン協奏曲、ヴァイオリン小品などを作曲した。ヴァイオリン音楽が主なので、そのヴュータンにヴィオラ・ソナタがあるなんてご存じない方も多いようだ。
 ヴュータンは50代で脳卒中を患い、演奏家としての道を絶たれてから、2つのチェロ協奏曲などを作曲しているが、さすがにヴァイオリニストだけに、ヴィオラも弾いたらしくCD1枚分のヴィオラ作品がある。弦楽四重奏曲も3曲作曲しているのだが、弦楽四重奏では彼はヴィオラを担当したそうだ。無伴奏ヴィオラのための《カプリッチョ》やヴィオラとピアノのための《エレジー》は、ヴィオラ小品集の常連である。アレグロとスケルツォ(トリオが2つある形式) の2楽章だけの未完に終わったヴィオラ・ソナタは遺稿から見付かったので「遺作」と書かれているが、おそらく若書き。もっとも、4楽章のソナタを意図した証拠はなく、単なるアレグロとスケルツォなのかも知れないという。2楽章だけで25分ほどになるだけあっていささか冗長の感は否めない。

 それに対してヴィオラ・ソナタ作品36は3楽章25分ほどの引き締まった作品だ。ロマン派のヴィオラの乏しいレパートリー中たいへん貴重という以上に魅力的。ヴァイオリンのヴィルトゥオーゾだけあって、技巧的な部分もあるが、むしろメロディの魅力で聴かせる。第1楽章マエストーソの序奏から幅広い歌、主部にはいると技巧的はパッセージの中から感傷的なメロディが次々出てくる。第2楽章〈舟歌〉などはコブシを付けて伴奏をそれらしくしたら完全に演歌になりそうな嫋々たる音楽である。ちょっと崩すと下品になりそうなギリギリの線がいいのだ。フィナーレ・スケルツァンドはとても高貴にピアノで始まり、スケルツァンドな味わいを加えて華麗に終わる。

 今井信子はじめ録音は何種かあるし、上記のヴィオラ作品をすべて集めて「ヴュータン:ヴィオラ作品全集」をうたったCDもいくつかある。

Music for Viola & Piano/Vieuxtemps

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 Naxosのディアスによるヴィオラ作品集成がコストパフォーマンスが高い。。
 演奏しているロベルト・ディアスはチリ生まれのヴィオラ奏者で、フィラデルフィア管の主席を務めていた。音色はどちらかというと華やかな方だが、ヴュータンについては華やかな方がよく合っているだろう。颯爽とした推進力の強い演奏で、サロン風なセンチな旋律を格調高く芯の強いものにしている。エレジーとカプリッチョ、遺作ソナタのほかに、フェリシアン・ダヴィド(頌歌交響曲《砂漠》で当時は有名だった)の作品の編曲《夜》が収められている。また、遺作ソナタもきりりとまとめているのも特筆すべき点。

Franck: Sonata in A; Vieuxtemps: Sonata in B flat, Op. 36; Elégie, Op. 30; Capriccio in C minor

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 今井信子盤は感傷に流れず、高貴な演奏。フランクのソナタとカップリング。

タベア・ツィマーマン&キリル・ゲルシュタイン - ヴィオラとピアノのためのソナタ集 第1集[S.../タベア・ツィマーマン;キリル・ゲルシュタイン

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 タベア・ツィンマーマンはこういう甘い音楽はとても上手い。カップリングはレベッカ・クラークとブラームスの第2番。

Works for Viola & Piano/Vieuxtemps

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 ジリサン盤。2つのソナタを収める。最初に買ったLPがこれであった。