(1)パウル・ヒンデミット(1895-1963):白鳥回し(1935)
  —古い民謡に基づくヴィオラと小管弦楽のための協奏曲


 ヒンデミットは、初期にはヴァイオリンも弾いたが、ヴィオラのソリストとして、また、アマール弦楽四重奏団のヴィオリストとしての活躍が有名であり、作曲家としてヴィオラ音楽にもずいぶん貢献した。ほとんどあらゆる楽器のソナタを書いたといわれるヒンデミットだが、ヴィオラについては、ピアノ伴奏ソナタが四曲、無伴奏ソナタが四曲ある。
 彼にはヴィオラの協奏的作品が四曲ある。室内音楽第5番、ヴィオラと大室内管弦楽のための演奏会用音楽(または協奏音楽、原語ではKonzertmusik)、葬送音楽、《白鳥回し》である。これらを一気に収めたCDは、ベルリン・フィルのヴィオラ奏者だったブレット・ディーンのcpo盤だ。楷書風のしっかりした持ち味の演奏。

Hindemith: Viola Concertos/Paul Hindemith

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 それにしても正面切って「ヴィオラ協奏曲」と題した作品がないのもおもしろい。その中では、《白鳥回し》が作品の規模からいってもその完成度からいっても、筆頭にあげられなければならない。この曲こそヒンデミットの書いた最も美しい曲のひとつであり、また、古今のヴィオラ協奏曲のうち最も美しい曲のひとつであるといってもいい。
 デア・シュヴァネンドレーアーというタイトルは、直訳すると「白鳥回し」である。白鳥を串に刺して回して焼く人ということらしい。「白鳥の肉を焼く男」とか「白鳥を焼く男」とか訳されてきたが、昔ドイツにはこういう職種があったらしいので、端的に「白鳥焼き師」とでもいうべきだろうが、「白鳥回し」という語句の奇天烈さによってタイトルに選定されているのだとすると、日本語でも怪しげな「白鳥回し」でいいのではないだろうか。この曲には副題が示すように、第1楽章には〈山と渓谷の間〉、第2楽章には〈小さな菩提樹よ、葉を落とせ〉と〈カッコーが塀にとまっていた〉、第3楽章には〈おまえは白鳥回しではないか?〉という古い民謡が使われており、その第3楽章の民謡からタイトルがとられたのである。ヒンデミットは1920年代には無調的でアグレッシヴな音楽を書いたけれど、「実用音楽」と称して、あくまで演奏する音楽という視点を保持した人だった。1930年代には調性的な語法を大いに折り込み、交響曲《画家マティス》など親しみやすい音楽に転じてきた。この曲は《画家マティス》と同時期の作品で、民謡が使われているということもあって、ヒンデミットの作品中でも、一般的な支持を得やすい曲ではなかろうか。
 作曲に際してヒンデミットの頭には中世の絵画のイメージがあったらしい。オーケストラはヴィオラの響きを生かすためにヴァイオリンとヴィオラを欠いている、すなわち管楽器とチェロ、コントラバスという編成であるが、それがまた古雅な趣を生み出している。

Bartok: Concerto for viola Sz120; Hindemith: Sc.../Bela Bartok

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 演奏は、もとジュリアード弦楽四重奏団のヴィオラ奏者ラファエル・ヒリヤーのものを第一に推したい。この演奏はとてもダンディ。ちょっとぶっきらぼうで、それでいて繊細な気遣いも忘れない。第2楽章のペーソスをにじませた歌い回しなどを聴くと、「大人の音楽」という感じがする。渡辺暁雄指揮の日フィルも雄弁で、ゴツゴツとした感触はヒンデミットにぴったりだ。

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 今井信子がようやく録音した盤は、単に甘い旋律の音楽ではなく、ヒンデミットらしい無骨で苦みのある表現がいい。彼女の人生のいろいろを噛みしめたのだろうなあというような含蓄深い演奏である。

 ダンディということならジェラール・コセ盤も(EMI)。

Hindemith: Symphonies; Der Schwanendreher; etc./Paul Hindemith

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 タベア・ツィンマーマンのヴィオラは非常に甘く美しい。2名組のヒンデミット集成で復活した。渡辺和彦氏はツィンマーマンのヴィオラを「少女趣味」というが、ここまで美しければ文句のつけようがない。

 ディーン盤から葬送音楽を除いた三曲だけの組み合わせなら、バイエルン放送響のヴィオラ奏者だったゲオルク・シュミットの1960年代のライヴとアメリカのヴィオラ奏者コーティーズ盤がある。

Hindemith: Virtuose Werke für Bratsche/Paul Hindemith

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 シュミット盤はドイツ風に重厚で、曲を知り尽くしたかのような味がある。

Hindemith: The Complete Works for Viola, Vol. 1/Paul Hindemith

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 コーティーズ盤はスマートで悪くはないが、あっさり爽やかすぎる気もする。

Hindemith: Orchestral Works/Paul Hindemith

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 サンフランシスコ響を辞してタカーチ四重奏団に加わったジェラルディン・ウォルサー盤も灰汁が抜けて爽やかなのが,よくもあり悪くもあり。

 作曲者の自演盤も残っている。私の持っているのはBiddulphでの復刻。録音は古いが聞きやすい音で、意外に情緒的な作曲者の奏楽を聴くことができる。ただ、すでに廃盤。

 タムスティがパーヴォ・ヤルヴィ指揮フランクフルト放送響で演奏したヴィデオ。