(62) ミハイル・イヴァノヴィッチ・グリンカ(1804-57):ヴィオラ・ソナタ ニ短調(1825-28)

 グリンカはロシア音楽の祖などといわれるが、本国では歌劇《イヴァン・スサーニン》はよく上演されるのか知らないが、日本ではほとんど《ルスランとリュドミラ》序曲の作曲家であろう(ムラヴィンスキイ!)。
 しかしヴィオラ音楽にはこのソナタで重要な足跡を残した。とはいうものの、このソナタ、グリーグの若書きの上に未完成なのだ。グリーグ自身はヴィオラとピアノを弾いたので、こういう曲種に挑戦したようだ。1825年、いまだ大規模な作品の作曲経験もなく、イタリアに留学する5年前に着手され、たぶん1928年には第2楽章も完成したのだと思う。当然、グリンカの意図は3楽章制であり、第3楽章ロンドはスケッチはなされただけで断念され、その主題は《子どものポルカ》に転用された。
 グリンカは3つの版を残しており、その3番目がヴィオラ・パートであるが、最初の2版の第2楽章の末尾は失われている。そこで1931年にヴァディム・ボリソウスキイが40小節を補完して、2楽章版を完成した。ボリソウスキイも一度は《子どものポルカ》の素材を使って第3楽章を補完しようとしたが、恐らく楽想の不釣り合いが理由で断念した。
 ヴィオラのスヴェトラーナ・ステプチェンコとピアノのゾーヤ・アボリッツのデュオは「ロシアン・ヴィオラ」なるグループ名を名乗り、「ロシアのヴィオラの3世紀」なるシリーズを企画するにあたって、グリンカの3楽章補完を企てる。ステプチェンコはスヴェトラーノフの指揮でグリンカの《アンダンテとロンド》(1823)の録音に参加した際、このロンドがヴィオラ・ソナタの第3楽章に相応しいと考え、ゲオルギイ・ドミトリエフに編曲を依頼する。かくて、3楽章版ヴィオラ・ソナタが完成した。

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 この「ロシアのヴィオラの3世紀」なるCDシリーズはRussian Discの活動停止でこけてしまい、Art Classicsというロシアのレーベルで引き継がれ、6枚のCDが出されている。グリンカ(とルビンシテイン)のディスクはその第1集として、同レーベルに再録されており、Russian DVDから入手可能。

 上述のように第2楽章は未完成なのか、楽譜の最後が失われたのか、いまひとつわからないが、他人の手がはいっていないのは第1楽章だけというわけで、セルジュ・コローのように第1楽章だけ録音している人もいる。あとはみなボリソウスキイ版である。3楽章版は恐らく普及していないだろう。
 ニ短調で始まって変ロ長調で終わるのでは、まるでシューベルトの未完成交響曲なので、ニ短調のロンドが来るのは形としてはいいのだろうが、2楽章版を聴き慣れた耳にはとってつけたようにもう1曲が続くようにも聞こえる。このロンド、なかなか魅力的ではあるけれど。

 まずピアノで歌われ、ヴィオラで繰り返される第1楽章アレグロ・モデラートの旋律は、適当な歌詞を付ければ演歌になりそうな始まり方である。もちろん西洋音楽だから、演歌のように終始するわけではないが。感傷的な回音が多用されているのもくさいといえばくさい。
 第2楽章ラルゲット・マ・ノン・トロッポは変ロ長調に転じ、ちょっとメランコリーを帯びた旋律を訥々と歌っていく。終結部のピアノに第1楽章第1主題の上行音型をさりげなく折り込んでいるのは、2楽章で完結させるためのボリソフスキイの手管であろう。
 イタリアで勉強する前、モーツァルトやベートーヴェンの影響下に書かれたというが、もうほとんどシューマン的な世界に到達している。

 ニュー・ヨーク・ヴィオラ協会のディスコグラフィーによると録音は20種ほどあるが、珍しく私は上記以外には次の3種しか持っていない。

ショスタコーヴィチ:ヴィオラ・ソナタ/バシュメット(ユーリ)

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 またバシュメト。でも18分を超える演奏時間でこの曲をまるで大ソナタにしてしまう力量はさすが。まるで晩年の作品であるかのように聞こえる。
 ねちっこいバシュメトもさすがに演歌は知らないらしく、妙なコブシはないからご安心を。

ザ・ロシアン・ヴィオラ [Import]

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 今井信子盤は私が初めてこの曲に接したものだが、よくも悪くもこの作品の美点も弱点もそのまま曝されているのではなかろうか。

Rysanov plays Brahms, Bridge, Enescu, etc.

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 リサノフのデビュー盤の演奏は、実に洗練された歌い口で、上品な音楽に仕上がっている。しかもこの中では一番テンポが速い。