(52) フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ(1809-1847):ヴィオラ・ソナタハ短調(1823/24)

 メンデルスゾーンにヴィオラ・ソナタがあるなんて知らない人が多いことと思う。
 だいたいメンデルスゾーンの作品は相当に多いのにもかかわらず、よく知られた作品は晩年(といったって彼は若かった)のものばかりなのだ。それというのも、ユダヤ人の彼がドイツ音楽史に重大な足跡を残したということを故意に隠蔽しようとしたナチスの運動がのちのちまで影響を残しているのだという説がある。例えば、交響曲5曲以前の《弦楽のための交響曲》は若書きの取るに足らないものといった偏見が根強くあって、その演奏を阻んでいる。
 とはいえ、最近、メンデルスゾーンの比較的知名度の低い作品の演奏頻度も上がってきた。顕著なのが弦楽四重奏曲。メンデルスゾーンの室内楽曲といったら弦楽八重奏曲とピアノ三重奏ばかりが有名で、弦楽四重奏曲なら最初の2曲だけ録音されるのが常だったが、全6曲が弦楽四重奏団の重要なレパートリーとなってきた。2曲のチェロ・ソナタはチェリストのレパートリーとして演奏頻度も高いようだが、ヴァイオリン・ソナタが3曲あることを知っている人は少ないのではないか。そのうちの1曲は《イタリア》や《宗教改革》よりもあとの作品なのだが。
 ましてやヴィオラ・ソナタ。これはまさしく初期の作品であるが、彼の創造性が大爆発を起こしている時期の作品でもある。というのは《弦楽のための交響曲》全13曲が1821~23年に立て続けに書かれる傍ら、ヴァイオリン協奏曲ニ短調、2台のピアノのための協奏曲ホ長調、ヴァイオリンとピアノのための二重協奏曲、ピアノ四重奏曲第1番と第2番と番号なしのニ短調、番号なしの弦楽四重奏曲変ホ長調、ヴァイオリン・ソナタヘ長調作品4などがこの3年に書かれており、ヴィオラ・ソナタに引き続いて1924年には交響曲第1番、1925年には弦楽八重奏曲が完成するという、そういう時期なのだ。
 つまりヴィオラ・ソナタは今日われわれがよく知っているメンデルスゾーンの完成に至る最後の時期の作品ということができる。
 第1楽章、ターンを伴うセンチメンタルな旋律のアダージョの短い序奏に引き続いて、低音から駆け上がるアレグロの主部。メンデルスゾーンの初期はモーツァルト的な作風という印象が強いが、このハ短調のソナタでは、ベートーヴェン的といおうか、ロマン的な情緒がいっぱいである。第2楽章メヌエットは短調の切迫した舞曲。トリオは四拍子、長調に転ずるが、メランコリーから脱することはない。いずれも規模は小さい楽章で、第3楽章、アンダンテと変奏が全体の半分ほどの時間を占めて、曲の要諦をなす。このアンダンテではメンデルスゾーンの歌謡性が早くも花開きつつあるのがよく感じられる。この「うた」がどのように激していくかが聴きもの。
 見事なヴィオラ・ソナタではないだろうか。

 CDは12種ほどあるようだが、私の持っているのは2種。
 往年のドイツの名手ウルリヒ・コッホ(晩年、彼は武蔵野音大で教え、東京で没した)が弾いたものを推す。
 ヴィーン・フィルのパイシュタイナーはコッホと比べるとずいぶんゆっくしりたテンポで演奏時間も長い。コッホが25分弱なら、パイシュタイナーでは30分近い演奏時間となっている。鄙びた味わいがなくもないが、若いメンデルスゾーンの覇気が抜けてしまっていると思う。

Mendelssohn: Violin Sonatas

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メンデルスゾーン : ヴィオラ・ソナタ/パイシュタイナー(クラウス)

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