(41) カール・フリードリヒ・ツェルター(1758-1832):ヴィオラ協奏曲変ホ長調

 ツェルターなんて名前の作曲家は、私もヴィオラ協奏曲のディスクを入手するまで知らなかった。主として合唱や歌曲を残した御仁である。
 ベルリンの煉瓦積み職人の家庭に生まれた彼は、父の跡を継ぐはずだったが、幼少期より音楽に魅了され、ヴァイオリン、オルガン、作曲を地元の教会で学ぶ機会を得、その才能をカール・フリードリヒ・ファッシュが知るところとなった。ファッシュはドイツ後期バロックの作曲家ヨハン・フリードリヒの息子でベルリン合唱教会の設立者であり、ツェルターがその音楽監督の地位を嗣いだ。
 ツェルターが有名なのはゲーテの知己を得て、30年に渡ってゲーテの音楽の指南役となったことである。ツェルターの新しい音楽家──ヴェーバーやベルリオーズ──に対する否定的な評価がゲーテの趣味に影響したことで悪名を残したのだ。とりわけシューベルトをあしざまに言い立てたため、この歌曲の天才の才能がゲーテの知るところとならなかったそうだ。
 このようにツェルターの名声は芳しくないのだが、他方、音楽史において重要な役割を担ったことも記しておかねばならない。ツェルターはバッハなどの古い作品の知識が豊富で、彼の弟子のメンデルスゾーンがマタイ受難曲を蘇演することになったのも、ツェルターがメンデルスゾーンにバッハを教えたからだというのである。
 ツェルターの作品は上述のように合唱曲とゲーテの詩による歌曲が大勢を占め、器楽曲ではこのヴィオラ協奏曲とピアノ曲があるくらいのようだ。
 ヴィオラ協奏曲変ホ長調の作曲年は記載が見られないが、その生年からして古典派の様式である。しかし、シュターミツやホフマイスターあるいはディッタースドルフなどと比べても、北方的というかドイツ的な味わいが強いので、古典派のヴィオラ協奏曲の中でも特徴があって、ことさらに取り上げる価値があると思われる。
 第1楽章アレグロ・コン・フォコは躍動的なオーケストラの主題に対して、ヴィオラ独奏は歌謡的なパッセージで参入し、途中から主題を担い、分散和音のパッセージに入っていく。以後も歌う部分、早弾き、分散和音のオプリガートなど協奏曲的な見せ場は十分にあるが、華やかというよりがっしりとした構造を感じさせるのがツェルターの特徴だ。第2楽章アダージョ・マ・ノン・トロッポは悲痛な緩序楽章で、バロック的な味わいが高貴さを醸している。ロンドのフィナーレはモーツァルト的に華やかだが、頻回に単調に転じるのも深みがある。
 録音は手にはいるのはこれ1枚か。ミュンヘン室内管弦楽団の弾き振りをしているハリオルフ・シュリヒティヒは、あの素晴らしいケルビーニ四重奏団の創立メンバー。重量感のある音だ。併録のカール・シュターミツとホフマイスターのヴィオラ協奏曲では使用していないのに、ツェルターにはフォルテピアノが通奏低音で入っており、とてもいい味を出している。

Hoffmeister, Stamitz, Zelter: Viola Concertos

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