(40) ギヤ・カンチェリ(1935-):ステュックス(1999)
 ─ヴィオラと混声合唱と管弦楽のための

 ギリシャ神話には三途の川に相当するものが2つある。ステュックスとレーテである。死者の国との境を流れるのがステュックスで、冥界の川レーテはこの水を飲むと、死者は生前のことを忘却するという。
 カンチェリのヴィオラのレパートリーとしては、ヴィオラと管弦楽のための『風は泣いているMorned by Wind』、ヴィオラと弦楽のための『私は去る、見ることもないままにabii ne viderem』などがあるが、最も深い感銘を与えるのが『ステュックス』だと思う。ヴィオラに混声合唱と管弦楽という編成はやはり珍しく、このほかにはヴォーン・ウィリアムズの『野の花 Fros campi』くらいしか思い浮かばない。
 タイトルが示すように生者の世界と死者の世界のあわいがテーマとなっている。ヴィオラは冥界の主カロンであるとともにステュックスでもある。死と生を仲介し、合唱と管弦楽を仲介する。この曲もユーリ・バシュメトの委嘱だが、カンチェリの何が望みかという問いに、バシュメトは「長い旋律!」と答えたという。曲は例によってフォルテッシモとピアニッシモの交代だが、その間、ヴィオラがずっと長い旋律を奏で続ける。7つの部分からなる35~40分。
 合唱の歌うテクストは作曲者の用意した断片的なもので、音の響きを考慮して選ばれた。しかし、ナンセンスなものではなく、死にまつわる象徴的なテクストである。亡くなって間もない「アリフレード・シュニトケ」「アヴェト(・テルテリャーン)」の名が歌われている。
 ヴィオラには特別に技巧的な革新性が求められるわけではなく、ひたすら歌心が、それも悲痛な歌心が要求される曲と言えるだろう。
 録音は今のところ2種。初演者バシュメトにゲルギエフの指揮によるDG盤。挑戦者はマクシム・リサノフ。やはりバシュメトの存在感は絶大で、高音域で音が軽くなるリサノフと比べると、バシュメトは個性の強い音を出し続けている。もっとも、いささか感傷的なカンチェリの旋律に対するリサノフのアプローチにも説得力はある。

Kancheli: Styx; Gubaidulina: Viola Concerto

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Kancheli: Styx; Tavener: The Myrrh-Bearer

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