(38) エルネスト・ブロッホ(1880-1959):ヴィオラとピアノ/管弦楽のための組曲(1919/20)

 ブロッホといったら一般のクラシック・ファンにとっては、ヘブライ狂詩曲「シェロモ」1曲の作曲家といっても過言ではないのではないか。しかも、お目当てのチェロ協奏曲の余白にはいっていたりして。しかし、ヴィオラ・ファンにとっては、ヒンデミットと並び称すにはいささか貧弱ながら、CDにして1枚分のヴィオラのレパートリーを書いてくれた人である。
 エルネスト・ブロッホは3つの顔を持つ。ユダヤ人、スイス人、アメリカ人である。ユダヤ民族主義の作曲家という印象が強いブロッホだが、ジュネーヴのユダヤ人家庭に生まれたスイス人である。フランス語圏スイスなのに、名前はドイツ風である。スイス時代にユダヤ連作(詩篇、2つのユダヤの詩、イスラエル交響曲、ヘブライ狂詩曲「シェロモ」)を書いたが、さっぱり評価されず、1916年にアメリカに渡り、1930年までそこで過ごし、その間に、アメリカの市民権を得て、アメリカ人となる。1938年まで再びヨーロッパに居を移すが、それ以降、最期までアメリカに暮らした。
 その作風からもブロッホは3つの顔を持つといっていいのではなかろうか。後期ロマン派の様式のブロッホ。これはおおむね初期で、1時間近い交響曲嬰ハ短調なんかマーラー・ファンには受ける曲だと思う。オペラ『マクベス』も『ペレアス』とリヒャルト・シュトラウスを合わせたような美しい作品だ。
 2人目のブロッホはユダヤ主義のブロッホ。上記「シェロモ」のほか、イスラエル交響曲、ヴィオラと管弦楽(またはピアノ)のためのヘブライ組曲(ヴァイオリンで演奏されることも多い)など、ユダヤ風の旋律に溢れていてエキゾティック。前述のようにユダヤ主義の作品はスイス時代の1910年代に多いが、『神性祭儀』(あるいは『聖なる礼拝』)は1933年、ヨーロッパ時代のもの、ヘブライ組曲は晩年の作品というように生涯を通じて取り組まれている。ヴィオラとピアノのレパートリーとしては『瞑想と行列聖歌』なんてのがあるが、これもユダヤ教的な素材で晩年のもの。
 晩年、ナチスを逃れてアメリカに渡ったブロッホは、すっかり新古典主義の作曲家になってしまい、この時期には交響曲変ホ長調、トロンボーンと管弦楽のための交響曲などがある。短いながらフルート・ヴィオラ・管弦楽のためのコンチェルティーノもヴィオラにとっては貴重なレパートリー。2曲の合奏協奏曲、3曲の無伴奏チェロ組曲ともなると、古典主義どころが、擬バロックである。未完成に終わったが無伴奏ヴィオラ組曲が1曲ある。
 ヴィオラとピアノのための組曲は1919年に作曲され、翌年に管弦楽版が作られた。クーリッジ・スプレイグ・テイラーの室内楽曲コンクールで、レベッカ・クラーク(男性の偽名で応募していた)のヴィオラ・ソナタと最後まで競ったが、クラークを下し、優勝したという逸話がある。
 ブロッホが盛んにユダヤ的素材で曲を書いていた時期ながら、この曲にはユダヤへの参照はない。しかしながらエキゾティックな曲想は聴感上、ユダヤ主義の作品とあまり区別は付かない。この曲のインスピレーションはジャワ、スマトラ、ボルネオに由来するという。ブロッホは彼の地に行ったことはないので、想像上のジャワ、スマトラ、ボルネオということになる。4つの楽章にはもともと表題が付いていた。「ジャングルにて」「グロテスク」「夜想曲」「太陽の土地」というものだが、不完全で満足し得ないものとして、削除された。しかし、作曲者の思い描くことの輪郭をつかむ縁にはなる。
 冒頭のモーダルな音型はかなり現代音楽っぽく聞こえるが、異国的な雰囲気を醸そうとしているのだろう。主部のアレグロのテーマは私にはバルトークを思い出させる。要するにハンガリー民謡的に聞こえる。第2楽章はスケルツォ的な楽章。第3楽章はジャングルの夜、であろうか。そして、原住民の舞曲でも空想していると思われる終曲。
 ディスクは、ピアノ伴奏版も管弦楽伴奏版も結構たくさんある。ところが、現在、Amazon.co.jpのカタログを見るかぎり、管弦楽版の現役盤は皆無。
 色彩的な曲だから管弦楽で聴きたいが、ピアノ版もどうしてどうして相当に色彩的である。管弦楽版で、最近のお気に入りは、コセ盤とタベア・ツィンマーマン盤である。

Bloch-Causse
HMV Japan


Bloch-Zimmerman

 他には、ブロッホの権威、アトラス指揮によるASVのブロッホ・シリーズから。ガンデルスマンのヴィオラ。

Bloch: Israel Symphony; Suite for Viola & Orchestra

Amazon.co.jp

 トムスンのヴィオラ。

Béla Bartók: Viola Concerto, Op. posth.; Ernest Bloch: Suite for Viola and Orchestra

Amazon.co.jp

 以下はピアノ伴奏版。
 タベアはピアノ伴奏版も録音している。

Zimmerman & Nemstov play Jewish Chamber Music

Amazon.co.jp

 ライスキンのヴィオラ。

Ernest Bloch: Complete Works for Viola & Piano

Amazon.co.jp

 コーティーズのヴィオラ。

Bloch: Chamber Music with Viola

Amazon.co.jp

 ローランド‐ジョーンズのヴィオラ。

Bloch: Suite Hébraïque for viola (or violin) (or piano)

Amazon.co.jp