(31) ユリウス・レントヘン(1855-1932):3つのヴィオラ・ソナタ
 ハ短調(1924)、変イ長調(1925)、イ短調(1925)


 ユリウス・レントヘンはライプツィヒ生まれの作曲家。父はゲヴァントハウス管弦楽団の第1ヴァイオリン奏者だった。22歳でアムステルダムに渡って、後には市民権を獲得し、オランダの作曲家として名を残したため、レントヘンと表記されるが、その出自のほうをとればレントゲンである。X線のレントゲンと同じ綴りだが、親戚関係はないようだ。
 レントヘンはピアニストとして秀で、とりわけ、カール・フレッシュやパブロ・カザルスの伴奏者として有名、また、指揮者としても活躍した。弦楽器については専門的な教育は受けなかったが、ヴィオラをことのほか愛して、私的にはよくヴィオラを弾いた。夏の休暇には長らくデンマークに滞在し、子供たちがデンマーク語を喋れるほどになったというが、デンマークでは、カール・ニルセンと弦楽四重奏を楽しみ、その写真が残っている。グリーグの未完の弦楽四重奏曲第2番を補筆完成させたのはレントヘンだが、彼の自宅での試演ではピアニストのハロルト・バウアーが第1ヴァイオリン、カザルスがヴァイオリンをチェロのように構えて第2ヴァイオリンを担当、レントヘンがヴィオラ、カザルス夫人がチェロを弾いた。
 作曲家としては、ブラームスと親交があり、大きな影響を受けたが、同時代人のドビュッシー、ヒンデミット、ストラヴィンスキイ、ガーシュウィンにも賞賛を惜しまなかったという。生涯にわたって作曲を続けたが、アムステルダム音楽院を勇退した1924年から亡くなるまでの8年間は作曲に集中し、この間に200曲近くを作曲した。作風の基本はドイツ後期ロマン派の範疇にあるが、晩年には無調も試みた。複調交響曲(bitonal symphonyだから双調交響曲か)などという作品もある。ユリウス・レントヘン財団のサイトによれば、その作品は室内楽を中心に膨大なものである。交響曲21曲(そのうち20曲が退職後の作品)、ピアノ協奏曲7曲、ヴァイオリン協奏曲3曲、チェロ協奏曲3曲、弦楽六重奏曲1曲、弦楽五重奏曲2曲、ピアノ五重奏曲3曲、弦楽四重奏曲22曲、小四重奏曲7曲、ピアノ四重奏曲2曲、弦楽三重奏曲15曲、ピアノ三重奏曲12曲、ヴァイオリン・ソナタ8曲、チェロ・ソナタ14曲、そのほか管楽器を含む室内楽、25曲のピアノ・ソナタほかおびただしいピアノ曲、多くの歌曲などなど。
 ここに上げた3曲のヴィオラ・ソナタは、音楽院退官の年、1924年の11月から、1925年の3月までに書かれたもので、晩年の創造性の大暴発の前触れをなすものといえる。ブラームスのヴィオラ・ソナタは原曲がクラリネット・ソナタだということで、この100選からは排除しているのだが、そのブラームスのソナタの代替がレントヘンと位置づけているつもり。しかし、さすがにブラームスより時代を下っているレントゲンのこと、保守的作風とはいえ、ブラームスよりは現代的な工夫がある。とりわけ楽章構成が古典的なソナタからはかなり逸脱していて面白い。
 ハ短調ソナタは4楽章22分ほどでもっとも規模が大きい。第1楽章「アレグロ・アッサイ」はヴィオラの低音域の分散和音を導入に、焦燥に駆られたようなロマン的旋律が迸り、ほとんどブラームスである。ところが第2楽章「アンダンテ・メスト」はオルゴールのような機械的旋律を反復的伴奏で彩り、独特な哀愁を醸し出す。第3楽章「アレグロ・モルト」は印象派風の軽さのあるスケルツォ。終楽章はウン・ポコ・ソステヌートの抒情的な開始から徐々に激しさを増していくが、最後は第1楽章冒頭の分散和音を回想して終わる。
 変イ長調ソナタはほんの10分の3楽章。明るく伸びやかな「アンダンテ・トランクィロ」はやはりブラームスを強く思い起こさせる。「アレグロ」の第2楽章もまたブラームス的なスケルツォ、第3楽章「アンダンテ・ピアジェンド」で悲しい気分を振りまいて、第1楽章の旋律を回想して静かに終わる。この循環主題的扱いはレントヘンの常套手段のようである。
 イ短調ソナタはさらに力が抜けて、第1楽章「アンダンテ」は古いイギリス民謡による変奏曲。面白いのは、四分の二拍子と、四分の三拍子が不規則に交代するスケルツォ風の第2楽章「アレグロ・ヴィヴァーチェ」。第3楽章「アレグレット」は舟歌のような揺れが心地よい民謡的楽章。最後に第1楽章の民謡主題が回帰して静かに終わる。約18分。
 ハ短調ソナタ以外は世界初録音という、オランダのヴィオラ奏者フランシエン・シャットボルンによるCDが今のところ唯一3曲聴けるもの。彼女はプレセンタ作のヴィオラを弾いているそうだ。
 レントヘンはヴァイオリンやチェロに比してヴィオラ曲は多く書かなかった。協奏的作品は弦楽四重奏と管弦楽、弦楽三重奏と管弦楽の協奏曲があるくらい。あとは、ヴァイオリンとの二重奏、それからこのCDに収められた「抒情的歩み」という、声とヴィオラとピアノのための歌曲集。この曲はレントヘンの孫のユリアン・レントヘン(彼はヴィオラ奏者だ)が2004年に遺品から発見したもので、2~3分の歌曲4曲のあと15分ほどの歌が続くという興味深い構成である。

Francien Schatborn Performs Röntgen & Brahms

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