(12) アントン・ルービンシテイン(1829-1894):ヴィオラ・ソナタ ヘ短調作品49(1855)

 なんだ、すごくいいじゃないか。
 アントン・ルービンシテイン(ルビンシテイン)のヴィオラ・ソナタを初めて聴いたとき思わず膝を叩いた。あまり期待していなかったのである(期待してもいないのに買ってくるあたり、ディスク道も病膏肓)。曲頭、ロマン的というほかない主題だが、C線をうならせて、まさにヴィオラ的に始まる。曲調としてはシューマン的、時にブラームス風というところが。ヴィオラとピアノの控えめな対話で始まる第二楽章アンダンテもやがてヴィオラの魅力たっぷりに歌う。ここには多少はロシア的な味わいも表れてくる。第三楽章のスケルツォ、ピアノの旋律にからんで低音から登ってくるヴィオラのオブリガートの格好良さ。そして、幻想的なトリオ。ドルジーニン盤の解説には「メンデルスゾーン的」とあるが、スメタナの交響詩「ヴルタヴァ」(独名モルダウ)の月夜の情景を思い出した。そして、またもやブラームスのような暗い情熱をたぎらせた終楽章。ブラームスのヴィオラ・ソナタはもともとクラリネット・ソナタなので、ヴィオラの最低の二音は駆使されないのだが、ルービンシテインのソナタは低音の鳴りがすごい。
 ルービンシテインは、第一にリストの弟子として鳴らしたピアノのヴィルトゥオーゾであり、第二にザンクト・ペテルスブルク音楽院を創立した、ロシアの音楽教育の建築者であり、第三に多数の作品を残した作曲家であった。しかし、近年、その交響曲や協奏曲にいくらか録音が現れているものの「忘れられた作曲家」の一人である。そうしたことからあまり期待もしないまま買ってきたのだが、いや、びっくりした。
 ところでアントンの弟のニコライもまた名ピアニストでモスクワ音楽院院長。チャイコフスキイの有名なピアノ協奏曲第1番を腐して初演しなかったことで、音楽史に燦然と名を刻み込んだ人だ。われらがルービンシテインは兄のほうなのでチャイコフスキイ・ファンは恨まないで頂きたい。
 このヴィオラ・ソナタは1855年に作曲され、ルービンシテインの作品の中でもよく知られた曲のひとつだというのだが、ロシアでもしばしこの曲は忘れられていたらしい。三省堂の『クラシック音楽作品名辞典』も改訂版には掲載されたが、初版には載ってなかったので、レコード店でCDを目にするまでちっとも知らなかった。もっと聴かれていい曲だと思う。
 私が初めて聴いたディスクはRussian Discの ドルジーニン盤で、そのあとステプチェンコ盤も同レーベルから出た。いずれももう入手困難の様子。RussianDVD.comで手にはいるかも。渋い音のドルジーニン、情熱的に歌うステプチェンコ、両者両様で面白い。リーブル盤フランク盤は未聴だが、後者は現役。他にも数種の録音はある様子。



ステプチェンコ盤



フランク盤