(20)ヤン・クルジティテル・ヴァニュハル(1739-1813):ヴィオラ協奏曲ハ長調

 ヤン・クルジティテル・ヴァニュハル Jan Křititel Vaňhal、ドイツ名ヨハン・バプティスト・ヴァンハル Johann Baptist Vanhalは、自伝にはヨハン・ヴァニュハル Johann Waňhal(本当はnの上に・)と綴ったという。
 文化の中心にいない人の宿命とはいえ、面倒なことだ。この時代に多い、ヨーロッパを股にかけたボヘミア人のひとりである。もっとも、主にヴィーンで活躍したのであるが。
 モーツァルトがハイドンを自宅に招いてしばしば弦楽四重奏曲を演奏したと伝えられるが、その際は、ハイドン(ヴァイオリン)、ディッタースドルフ(ヴァイオリン)、モーツァルト(ヴィオラ)、ヴァニュハル(チェロ)というメンバーだったという。ヴァニュハルはヴァイオリンの名手でもあったので、両方を弾けたということになる。
 ヴァニュハルは晩年のモーツァルトやベートーヴェンに先駆けて、フリーの音楽家の立場を貫いた人である。当時音楽家の生きる道は貴族(聖職者を含む)のお抱えになることであった。みないいポストを虎視眈々と狙っていたのである。ヴァニュハルは固定した地位につくことがなかったため、伝記的事実がよくわからないらしい。モーツァルトの場合、膨大な書簡も資料だが、ハイドンの場合はエステルハージ宮の記録が重要な資料となっているはずだ。ところがヴァニュハルにはそうした公式記録がないのだ。
 1760~70年代、彼はヴィーンで多くの交響曲を書いたが、上に書いた面々の誰よりも人気が高かったらしい。しかし自筆譜が残っている場合が少なく、作曲年代の特定は難しいことも多いという。
 交響曲のヴァニュハルは何といっても短調である。ハイドンの「疾風怒濤期」に比肩される、デモーニッシュな交響曲がたくさんあるのだ。コンチェルト・ケルンなんか、短調の交響曲ばかり録音しているが、数からいうと圧倒的に長調のほうが多く、長調のヴァニュハル交響曲はNaxosでたんまりと聴くことができる。
 ヴィオラ協奏曲も何曲書いたのかわからないが、とりあえずこのハ長調。これはまったく明るい、というか、祝典的。トランペットとティンパニが加えられているのである。古典派のヴィオラ協奏曲はいくつもあるが、これほど祝祭的なのはないのじゃなかろうか。といってもトランペット以外の管楽器はオーボエとホルンだけなのだが。和音が三回鳴らされたあと、ティンパニのあとうち。壮大に管弦楽の提示がなされたあと、重音三連打でヴィオラがはいってくる。第1楽章の曲の作りの感触はモーツァルトよりもハイドンのチェロ協奏曲に近い印象だ。しかし、エレガントな緩序楽章はモーツァルトを思い出させるし、終楽章はモーツァルトのオペラ・ブッファのフィナーレみたいな楽しさ。ハイドンにもモーツァルトにもヴィオラ協奏曲がなくても、このヴァニュハルの協奏曲があるから私は許すよ、というくらい楽しい。もっともハイドンやモーツァルトのもっとも深遠な曲に比べると、可愛いかぎりではあるのだが
 CDは私の知るかぎり2種しかないようだ。まずはXeurebというフランスのヴィオラ奏者の演奏だが、クセルブと読むのだろうか、ピエール‐アンリ・クセレブ。オリジナル楽器による演奏ではないが、チェンバロ入り、小編成の弦楽と管のバランスはオリジナル楽器の実践を十分意識したもののようだ。クセルブのヴィオラは鼻にかかったような音色で特徴がある。ロトマン指揮プロシャ室内管弦楽団。ファゴット協奏曲の作曲家自身編曲のト長調協奏曲もはいっているのが、売り。こちらはハ長調よりも古風なスタイル。
 もう1枚は、ドイツ生まれ、ルーマニアで育ち、後にアメリカ合衆国で活躍した名ヴィオラ奏者エルンスト・ヴァルフィッシュ(ウォルフィッシュ)の演奏。フェーバー指揮ヴュルテンベルク室内管弦楽団の伴奏はいささか古めかしいが、ヴァルフィッシュのヴィオラは味わい深い。


Johann Baptist Vanhal, Hans Rotman, Ovidiu Badila, Pierre-Henri Xuereb
Vanhal: Viola Concertos/Double Bass Concerto



Johann Baptist Vaňhal, Nicolò Paganini, Carl Maria von Weber, Gian Francesco Malipiero, Jörg Faerber, Franz Allers, Wilhelm Brückner-Rüggeberg, Sergiu Comissiona
Ernst Wallfisch in memoriam