(5)ヨハン・ネポムク・フンメル(1778-1837):ポプリ ト短調作品94(1820)
  ──ヴィオラと管弦楽のための


 これはヴィオラが主役の曲を紹介しようというものだから、ヴィオラにはプリマドンナになって舞台に登ってもらおう。
 フンメルはベートーヴェンの伝記など読んでると必ず出てくる名前だが、生前の名声に反比例するかのように、急速に忘れられるという命運を辿った作曲家のひとり。近年、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン以外の古典派の作曲家たちが再評価される中で、フンメルの作品も演奏されるようになってきた。
 8歳にしてモーツァルトの目にとまって、住み込みの弟子を2年ほどし、その後、各地に楽旅。ヴィーンで勉強し直し、エステルハージ宮のハイドンの後任を7年務める。ピアノの巨匠として、いわばショパンの先駆けをなし、シュトゥットガルト、ヴァイマールの楽長を歴任と、輝かしい経歴なのだが。
 Chandosにはピアノ協奏曲など一連のフンメル録音が揃っている。また、モーツァルトのピアノ協奏曲をピアノ・フルート・ヴァイオリン・チェロに編曲した版を白神典子がBISにシリーズで録音しており、実に見事な編曲の才能も味わうことができる。
 フンメルには立派なヴィオラ・ソナタもあるが、ヴィオラの協奏的作品というと、7分ほどの幻想曲が知られていた。弦楽合奏とクラリネット2本を伴奏とするもので、そこそこ録音もあった。ところがである。この曲、実は、幻想曲として流通してきたものは原曲の根幹部分で、実際は倍以上長く、編成ももっと大きいものだったというのが、最近わかったきたのだという。それが、ポプリである。なぜこのようにひどく刈り込まれた形で流通していたのかはさっぱりわからないらしい。18分を超える演奏時間、フルート1、オーボエ、ファゴット、ホルン、トランペット各2,ティンパニ、弦五部という編成のちょっとした協奏曲である。同曲のチェロ版が作品95。
 ポプリというと、何やら匂いのよろしいものを思い浮かべるかも知れないが、音楽のポプリは接続曲などとも訳されていて、流行の歌やアリアを織り込んだ即興的な形式の楽曲のこと。メドレーと言ったほうが人口に膾炙しているか。フンメルのポプリでは、彼の敬愛するモーツァルトとロッシーニのオペラ・アリアが引用され変奏される。それが、ヴィオラがプリマドンナになって舞台に上がる、の謂いである。
 ト短調とはあるもののそれはグラーヴェの導入部分のみで、第五部で短調になる他、ほとんどは明るい長調の八部からなるゆるい形式。導入後の第二部分で、モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』のアリア「わたしの恋人を慰めて」、第四部で『フィガロの結婚』の「殿様がダンスするならば」、第六部でロッシーニの『タンクレディ』の「大いなる不安と苦しみのあとで」、最後の部分では『フィガロ』の謀議の部分の音楽が引用される。
 オペラ・アリアを器楽で弾いた(吹いた)CDがよく出るけれど、あんなノリ。ブラーヴァ!
 CDはChandos盤しかない。いろんなレーベルに出没しては活躍しているヴァイオリニストのジェイムズ・エーンズがここではヴィオラを弾いている。



Johann Nepomuk Hummel, Howard Shelley, London Mozart Players, James Ehnes
Hummel: Potpourri; Adagio and Rondo alla Polacca; Violin Concerto in C; Piano Variations