トニービンといえば、日本として有名なのが種牡馬としてです。

意外かも知れませんがトニービンは凱旋門賞馬で、日本でジャパンカップにも出走しています。しかし、そのジャパンカップで骨折し引退して、日本で種牡馬生活をする事となるのです。

種牡馬としての活躍は最後に掲載しますが、生まれから現役時代を紹介し動画などを取り入れたいと思います。



トニービンはパトリック・オキャラハン氏という人物により生産された愛国産馬である。

本馬は当歳11月のゴフスセールに出品され、ピエロ・ブロット氏により3000ギニー(当時の為替レートで約90万円)で購入された。ブロット氏は伊国の名物実業家ルチアーノ・ガウチ氏が所有していたアレヴァメント・ホワイト・スター牧場の獣医であり、本馬はガウチ氏の妻デル・ボノ・ガウチ夫人の名義で競走馬となった。


サッカーの詳しい方なら分かると思いますが、後にガウチ氏は伊国のサッカークラブであるACペルージャのオーナーとなり(本馬の活躍で手にした資金で購入したらしい)、日本人選手の中田英寿氏が海外移籍を果たした際に最初に迎え入れた人物として日本でも著名になったが、後に一族もろとも脱税で逮捕されてしまうのはサッカーの詳しい方なら周知の事でしょう


馬名は、ガウチ夫妻が本馬の所有者となった直後に知り合った無名の画家アントニオ・ビン氏に因むという。馬に画家の名前を付けるのはフェデリコ・テシオ氏以来の伊国の伝統なのだろうか。


(2歳時)

伊国のルイージ・カミーチ調教師に預けられた本馬は、2歳9月にカパネッレ競馬場で行われたコルシカ賞(T1600m)でデビューして、4馬身差で勝つ。

それから2週間後に同じカパネッレ競馬場で出走したリステッド競走ルモン賞(T1600m)も2着マックスドールに首差で勝利した。

さらに二週後にはサンシーロ競馬場で伊グランクリテリウム(伊GⅠ・T1600m)に出走。ここでは同厩の期待馬アレックスヌレイエフのペースメーカー役としての参戦だったが、惨敗したアレックスヌレイエフとは対照的に、勝ったタンケベルデから3/4馬身差、2着アッシジデルサントから半馬身差の3着と好走した。

しかし翌11月にカパネッレ競馬場で出走したテヴェレ賞(伊GⅡ・T1600m)では、勝ったブステブリュジェから7馬身差、2着マックスドールからも6馬身差をつけられ3着に終わり、2歳時の成績は4戦2勝となる。


(3歳時)

3歳時は4月から始動。まずはカパネッレ競馬場で伊ダービーの前哨戦リパ賞(T2400m)に出走して、2着カロボールドに1馬身半差で勝利し、サンシーロ競馬場に向かい、伊ダービー(伊GⅠ・T2400m)に参戦したが、トミーウェイ、ビーマイマスター、シビルの3頭に敗れ勝ったトミーウェイから3馬身差の4着に終わる。

夏場は休養して、秋は9月にカパネッレ競馬場で行われたリステッド競走ヴィラボルゲーゼ賞(T2400m)から始動して3馬身半差で快勝。

そして2週間後のイタリア大賞(伊GⅠ・T2400m)に挑むが、エルキュイット、トミーウェイとの大接戦に屈して、勝ったエルキュイットから半馬身差、2着トミーウェイから短頭差の3着と惜敗する。

カパネッレ競馬場からサンシーロ競馬場に移動して10月に出走した伊ジョッキークラブ大賞(伊GⅠ・T2400m)でも、ハードウィックS・セプテンバーSを勝ってきた英国調教馬ディヒスタンを半馬身差の3着に抑えるのが精一杯で、ラクープドメゾンラフィットを勝って参戦してきた仏国調教馬アンテウスの2馬身差2着までだった。

3歳時の成績は5戦2勝だった。


(4歳時)

3歳時までは好走はすれども勝ち切れない本馬だったが、成長が著しいくなり翌4歳時に一気に躍進を果たす。

まずはシーズン初戦として5月にカパネッレ競馬場で出走したサルナノ賞(T2400m)を7馬身差で圧勝。

8日後に出走したエリントン賞(伊GⅢ・T2400m)では単勝オッズ1.3倍の1番人気に応えて、2着となった伊セントレジャー3着馬デュカディバステッドに鼻差をつけて勝利した。

それから5日後に出走した伊共和国大統領賞(伊GⅠ・T2000m)では、単勝オッズ2.3倍の1番人気となった。そして2着デュカディバステッドに2馬身差、3着ブーンポイントにはさらに2馬身半差をつけ晴れてG1馬となる。

サンシーロ競馬場に移動して6月に出走したミラノ大賞(伊GⅠ・T2400m)でも単勝オッズ3.1倍の1番人気に応えて、前月の伊ダービーで首差3着だったアワーエリアソを3馬身差の2着に破って快勝し、4連勝を記録した。

伊国最強馬となった本馬は、今度は海外遠征を決行。次走は翌7月のサンクルー大賞(仏GⅠ・T2400m)となった。

イタリア競馬のレベルは英仏より一枚落ちとされており、通用するかどうか疑問視されていたが、前年の英セントレジャー馬ムーンマッドネスの1馬身半差2着と好走し、オカール賞の勝ち馬でイスパーン賞2着のグランパヴォアなどには先着してみせた。

さらに英国に向かい、キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS(英GⅠ・T12F)に挑んだ。ここではメンバーが強化する。

英ダービー・ウィリアムヒルフューチュリティS・ダンテSの勝ち馬リファレンスポイント

マルセルブサック賞・愛2000ギニー・英チャンピオンS・ガネー賞・コロネーションCとGⅠ競走で既に5勝を挙げていたトリプティク

ムーンマッドネス、独ダービー・アラルポカル2回・サンクルー大賞・ベルリン大賞・バーデン大賞などを勝っていた独国の歴史的名馬アカテナンゴ

プリンセスオブウェールズSを勝ってきた英チャンピオンS2着馬セレスティアルストームなどが相手となった。

しかし英国に向かう途中の飛行機の中で暴れて負傷していた本馬は、直線で伸びを欠き、勝ったリファレンスポイントから8馬身半差をつけられた5着に完敗。

その後いったん本国に戻り、9月にサンシーロ競馬場で行われたリステッド競走ベロッタ賞(T2400m)に出走して、2着ゴールデンボーイに6馬身差をつけて楽勝。

そして再度仏国に向かい、追加登録料を支払って凱旋門賞(仏GⅠ・T2400m)に挑んだ。

対戦相手には

キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS勝利後にグレートヴォルティジュールS・英セントレジャーも勝ってきたリファレンスポイント

キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS3着後に英国際S・愛チャンピオンSを連勝してきたトリプティク

この年の仏ダービー馬ナトルーン、エクリプスS・プリンスオブウェールズS・ブリガディアジェラードSと3連勝中のムトト

リュパン賞・コンデ賞・ギシュ賞・ダフニ賞・プランスドランジュ賞の勝ち馬グルームダンサー

ニエル賞を勝ってきた仏ダービー・リュパン賞2着馬トランポリノ

エスペランス賞・ベルトゥー賞・ラクープドメゾンラフィットの勝ち馬タバヤーン、ハードウィックSの勝ち馬オーバンなどだった。

レースでは、ナトルーン陣営が送り込んだペースメーカー役のシャラニヤに競られたリファレンスポイントが超ハイペースで先頭を飛ばし、このレースから手綱を取る事になったキャッシュ・アスムッセン騎手騎乗の本馬は後方待機策を採った。

直線に入るとさすがのリファレンスポイントも失速して瞬く間に馬群に飲み込まれ、そこへ直線入り口で最後方だったトランポリノが凄まじいまでの豪脚を繰り出して、残り400m地点で早くも先頭に踊り出た。一方、直線入り口で後方2番手だった本馬は、自分の外を走っていたトランポリノが突き抜けた隙間から、前方のトランポリノを追撃した。結局トランポリノには2馬身届かず2着に敗れたが、キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDSでは敵わなかったリファレンスポイント(本馬から18馬身差の8着)やトリプティク(本馬から3馬身差の3着)に先着を果たし、欧州の一線級でも十分に通用することを示すのである。

その後は本国に戻り、伊ジョッキークラブ大賞(伊GⅠ・T2400m)に出走。単勝オッズ1.7倍の1番人気に応えて、この年の伊オークス馬レディベントレーを4馬身半差の2着に下して圧勝した。

続くローマ賞(伊GⅠ・T2800m)はさすがに疲れが出たのか、凱旋門賞で6着だったオーバンの半馬身差2着に敗れて、休養入りした。4歳時の成績は10戦6勝2着3回で、飛躍の年となる。

(5歳前半)

5歳時はアスムッセン騎手に代わってパット・エデリー騎手を主戦に迎えた。まずは4月にカパネッレ競馬場で行われたイタリア陸軍賞(T1800m)から始動して、2着フィレオールに10馬身差をつける圧勝で復帰戦を飾った。

翌月の伊共和国大統領賞(伊GⅠ・T2000m)では単勝オッズ1倍(元返しなのか、それとも本当は1倍よりほんの僅か高いのだが微々すぎて反映されていないのかは不明)という究極の1番人気に支持された。

そして人気に応えて、2着フィルマイホープスに3馬身半差、3着ドゥカディバステッドにはさらに3/4馬身差をつけて2連覇を達成した。

この年の伊ダービー馬ティザーランドとの対戦となった次走のミラノ大賞(伊GⅠ・T2400m)でも単勝オッズ1.3倍の1番人気に応えて、2着ティザーランドに1馬身半差、3着ドゥカディバステッドにはさらに1馬身差をつけて勝利を収め、これも2連覇を達成した。

そして再び英国に向かい、キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS(英GⅠ・T12F)に出走。

対戦相手には

チェスターヴァーズ・プリンセスオブウェールズSを勝っていた3歳馬アンフワイン

前年の凱旋門賞では本馬に先着を許す4着だったがこの年になってプリンスオブウェールズS・エクリプスSを共に連覇するなど調子を上げていたムトト

ホーリスヒルSの勝ち馬で英ダービー2着・愛ダービー3着のグラシアルストーム

英2000ギニー・クレイヴンSの勝ち馬で英ダービー3着のドユーン

ケルゴルレイ賞・ドーヴィル大賞・ジョッキークラブS・ハードウィックSの勝ち馬アルマーラド

グロット賞の勝ち馬で愛オークス3着のシルバーレーン(ブラックホークやピンクカメオの母)

前年の同競走4着後にジェフリーフリアS・カンバーランドロッジS・ヨークシャーCを勝っていたムーンマッドネス

パーシーズラス(英ダービー馬サーパーシーの母)などだ

前走プリンセスオブウェールズSを15馬身差で圧勝してきたアンフワインが単勝オッズ3倍の1番人気、3連勝中のムトトが単勝オッズ5倍の2番人気、同じく3連勝中の本馬が単勝オッズ5.5倍の3番人気となった。

スタートが切られるといったんは先頭に立ったアンフワインをかわしたムーンマッドネスとグラシアルストームの2頭が先頭を引っ張り、本馬とムトトは後方待機策を採った。四角で再び先頭に立ったアンフワインが直線で逃げ込みを図ったところに、本馬とムトトの2頭が後方から差して来た。しかし本馬よりムトトのほうが末脚は勝っており、アンフワインをかわして2馬身差で勝利。本馬はアンフワインを捕らえることにも失敗し、ムトトから3馬身半差の3着に敗退した。

(5歳後半)

この年の秋も最大の目標は凱旋門賞だったが、夏場に軽度の故障を発症したために調整が遅れ、本番1週間前のフェデリコテシオ賞(伊GⅢ・T2200m)で実戦に復帰

休養明けではあったが、単勝オッズ1倍(これも元返しなのかどうかは不明)の1番人気に支持された。そしてエデリー騎手に代わって主戦となったジョン・リード騎手を鞍上に、2着ユング(エリントン賞などの勝ち馬で前年のイタリア大賞ではイブンベイの2着だった)に4馬身半差、3着ダマスカスリーガルにはさらに3馬身差をつけて圧勝した。

そして僅か1週間後に再び凱旋門賞(仏GⅠ・T2400m)に挑んだ。

対戦相手はキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS勝利後に前哨戦のセレクトSも勝って5連勝としてきたムトト

英ダービー・愛ダービー・リングフィールドダービートライアルSの勝ち馬でニエル賞2着のカヤージ

英オークス・愛オークス・ヨークシャーオークス・フィリーズマイル・チェリーヒントンS・ムシドラSの勝ち馬で前走の英セントレジャー2着のディミニュエンド

ヴェルメイユ賞・クレオパトル賞の勝ち馬インディアンローズ

仏グランクリテリウム・パリ大賞・ニエル賞の勝ち馬でジャンプラ賞2着のフィジャータンゴ

キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS2着から直行してきたアンフワイン

愛セントレジャー・プリティポリーSの勝ち馬ダークロモンド、キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS8着後に出走したセプテンバーSでパーシーズラスの2着だったグラシアルストーム

サンクルー大賞・コンセイユドパリ賞・アルクール賞・エクスビュリ賞の勝ち馬で前年のBCターフではシアトリカルの3着だったヴィレッジスター

前年の凱旋門賞3着後に英チャンピオンS・コロネーションC・プランスドランジュ賞を勝っていたトリプティク

ポモーヌ賞の勝ち馬ライトザライツ

クリテリウムドサンクルーの勝ち馬ワキリヴァー

リス賞の勝ち馬でサンクルー大賞3着のフランクリーパーフェクト

ユジェーヌアダム賞の勝ち馬サーフーブ

ラクープ2連覇のレソト

この年の仏ダービー馬アワーズアフター

リス賞・エドヴィル賞の勝ち馬ルースダンサー

グレフュール賞の勝ち馬でリュパン賞3着のソフトマシーン

ウィリアムヒルフューチュリティSの勝ち馬で仏ダービー3着のエムソン

ジャンドショードネイ賞の勝ち馬でバーデン大賞3着のボイヤティノなど23頭だった。5連勝中と絶好調のムトトが1番人気で、カヤージが2番人気。過去に英仏では勝った事が無い本馬は5番人気止まりだった。




↑トニービン凱旋門賞レース


スタートが切られると、ポレモス、タボシュカン、ルシャードといったペースメーカー役の馬達にエムソンなどが絡んで先頭争いを演じ、本馬、ムトト、カヤージなどは揃って後方待機策を採った。かなり速いペースでレースは進み、直線に入ってもエムソンがしばらく粘っていたが、やがて先行馬群からアンフワインとボイヤティノの2頭が抜け出した。12番手で直線に入ってきた本馬は外側から追い上げてくると、いったんは先頭に立っていたボイヤティノをかわして残り100m地点手前で先頭に立った。そこへ本馬よりさらに外側からワンテンポ遅れて仕掛けたムトトが猛然と追い上げてきた。しかし本馬がムトトの追撃を首差抑え切って見事に優勝。

遂に欧州競馬の頂点に立った。伊国調教馬の凱旋門賞制覇は1961年のモルヴェド以来27年ぶりの快挙となった。喜びに沸き立つ伊国の競馬ファンとは対照的に、英国の競馬ファンは自分達が期待していたムトトが敗れたために失望の声を漏らしたという。

その後はいったん伊国に戻り、凱旋門賞から2週間後の伊ジョッキークラブ大賞(伊GⅠ・T2400m)に出走。ここではローアカラッドの1馬身差2着だった(翌年の凱旋門賞馬キャロルハウスが本馬から2馬身差の3着)。

続いて来日してジャパンC(日GⅠ・T2400m)に出走。この際に、それまで競走馬の空輸を頑強に拒み続けていた伊国のアリタリア航空は、母国の英雄である本馬のために内規を改正して本馬を日本に送り届けたという

対戦相手は、地元日本からは、天皇賞春・宝塚記念・天皇賞秋・鳴尾記念・京都金杯・阪神大賞典など8連勝中のタマモクロス

ペガサスS・毎日杯・京都四歳特別・ニュージーランドトロフィー四歳S・高松宮杯・毎日王冠と重賞6連勝していた公営笠松競馬出身のオグリキャップ

宝塚記念・ラジオたんぱ賞・福島記念・中山金杯・ダービー卿チャレンジトロフィー2回・中山記念・オールカマーと重賞8勝のスズパレード

菊花賞・有馬記念の勝ち馬メジロデュレン、阪神三歳Sの勝ち馬で皐月賞・菊花賞2着のゴールドシチー

福島記念の勝ち馬で天皇賞春2着のランニングフリーの計6頭。海外からは、バーナードバルークHの勝ち馬でマンハッタンH・ターフクラシック2着・マンノウォーS3着のマイビッグボーイ

AJCダービー・コックスプレート・新ダービー・ニュージーランドS2回・タンクレッドS・アンダーウッドS・コーフィールドS・オーストラリアンCとGⅠ競走で9勝を挙げていたオセアニア最強馬ボーンクラッシャー

アラルポカル・オイロパ賞・独2000ギニー・ウニオンレネンなどの勝ち馬コンドル

英国際S・ロジャーズ金杯・ダルマイヤー大賞の勝ち馬でエクリプスS・愛チャンピオンS2着のシェイディハイツ

前哨戦の富士Sを勝ってきたブーゲンヴィリアH・オーシャンポートH・ロイヤルパームHの勝ち馬セーラムドライブ

レッドスミスHの勝ち馬でマンノウォーS2着のペイザバトラー

キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDSで10着最下位に終わっていたムーンマッドネスの計7頭だった。





↑トニービン最後のレース



タマモクロスが単勝オッズ3.2倍の1番人気、凱旋門賞優勝馬としては史上初のジャパンC参戦となった本馬が単勝オッズ3.9倍の2番人気、前走の天皇賞秋でタマモクロスに敗れて連勝が14で止まっていたオグリキャップが単勝オッズ6.9倍の3番人気となった。

スタートが切られるとメジロデュレンが先頭に立ち、オグリキャップは好位、本馬は馬群の中団につけ、タマモクロスは後方待機策を採った。向こう正面でシェイディハイツがメジロデュレンをかわして先頭に立つと後続馬の動きも激しくなり、本馬も外側に持ち出して前との差を縮めにかかった。

そして直線を向くと横一線の中から抜け出そうとしたが、もう一つ伸びを欠いてしまい、ゴール直前でムーンマッドネスをかわすのが精一杯で、好位から抜け出してタマモクロスを抑えたペイザバトラーの2馬身差5着に敗退。

レース中に骨折していた事が判明したため、これが現役最後のレースとなった。5歳時の成績は8戦5勝で、ムトトと共にこの年の欧州最優秀古馬に選ばれている。

引退後、日本の社台グループが購入し、日本で種牡馬生活を送ることになる。1994年日本リーディングサイアーを獲得。数多くの活躍馬を出したが、2000年3月10日に急性心不全のために死亡した。このため2001年産がラストクロップとなり、最終年は種付け期間中の死亡であったため、中央競馬に登録されたのはわずか4頭であった。

産駒は東京競馬場との相性がよく、産駒獲得GIのほとんどが東京競馬場での勝利である。産駒は東京競馬場で行われる芝のGIレース(2006年新設のヴィクトリアマイルを除く)を完全制覇している。

2009年7月1日に、ジュラナスリング(2000年産)が引退したことによりすべての産駒が中央競馬より姿を消した。


最初にG1馬の産駒を紹介します。

1990年産

ベガ(桜花賞、優駿牝馬、チューリップ賞)

サクラチトセオー(天皇賞(秋)、中山記念、京王杯オータムハンデ、アメリカジョッキークラブカップ)

ノースフライト(安田記念、マイルチャンピオンシップ、府中牝馬ステークス、阪神牝馬特別、京都牝馬特別、マイラーズカップ)

ウイニングチケット(東京優駿、弥生賞、京都新聞杯)

1991年産

オフサイドトラップ(天皇賞(秋)、七夕賞、新潟記念)

1993年産

エアグルーヴ(優駿牝馬、天皇賞(秋)、チューリップ賞、マーメイドステークス、札幌記念2回、産経大阪杯) - 1997年JRA賞・年度代表馬などに選出

1998年産

レディパステル(優駿牝馬、中山牝馬ステークス、府中牝馬ステークス)

ジャングルポケット(東京優駿、ジャパンカップ、札幌3歳ステークス、共同通信杯)- 2001年JRA賞・年度代表馬などに選出

1999年産

テレグノシス(NHKマイルカップ、京王杯スプリングカップ、毎日王冠)



グレード制重賞優勝馬

1990年産

アイリッシュダンス(新潟大賞典、新潟記念)

1991年産

エアダブリン(青葉賞、ステイヤーズステークス、ダイヤモンドステークス)

1992年産

ユウキビバーチェ(チューリップ賞)

1993年産

ロングカイウン(七夕賞)

1995年産

エモシオン(京都記念)

ミスズシャルダン(小倉大賞典)

ロードクロノス(中京記念)

1996年産

ロードプラチナム(函館記念)

アイランドオオジャ(マーチステークス)

1997年産

トーワトレジャー(新潟記念)

マックロウ(京都記念)

エアトゥーレ(阪神牝馬ステークス)

1998年産

サイドワインダー(京阪杯、京都金杯、関屋記念)

テンザンセイザ(京都新聞杯、京阪杯)

ダービーレグノ(シンザン記念、新潟記念)

1999年産

ナリタセンチュリー(京都大賞典、京都記念)

レニングラード(アルゼンチン共和国杯)

メモリーキアヌ(愛知杯)

サクラヴィクトリア(関東オークス)



地方競馬重賞優勝馬

1992年産

マドロス(サラブレッド大賞典)

1992年産

ミナミノジャック(金盃)

1993年産

サンアドマイヤ(青藍賞)

ミスズトニーオー(新潟グランプリ)

1994年産

ダイワトニービン(東国賞2回、新春杯)

いかがでしたか?トニービンの活躍で日本の競馬界の巧妙が差して来ました。その後はサンデーサイレンスに交代しますが、無くてはならぬ血脈であると私は思っています。

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