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「 おまえはこれからわしの命令を聞かなくてはならん。


  もし、そうしない場合は、おまえが心から愛している者が訪れるだろう。


  分かったか? 」



老人の言葉に、白い大きな犬が重々しく 「わん」 と鳴いた。


その隣に子犬も現れ、嬉しそうに 「きゃん」 と鳴いた。



「 あのう 」


イチは老人に向かって、申し訳なさそうに尋ねた。


「 愛している者がいない場合は、どうなるんでしょうか 」


都合の悪いことに、イチには愛する者がいなかった。



老人は少しうろたえたように、玉が取れた杖をじっと見つめた。


しばらく考え、やっと言った。


「 そんなはずはない。おまえにはいるはずだ。


  わしの呪いがかかったのだから、必ずいるはずなんだよ。


  よく考えてみてくれないか。お願いだから 


最後の方は、小さな声になっていた。



( 呪いはインチキだ 


そう思いながらイチは落ち着いた声で言った。


「 考えてみます。


  それで、私に何をして欲しいんですか? 」



呪いを恐れていないイチの落ち着いた態度に、むっとしたのか、


老人は威嚇するように杖を高く頭上に掲げた。



「 それは明日の朝、告げるとしよう。


  愛するものについて、それまでよく考えてみるがいい 」



老人は立ち去る時、皮袋を投げ落としていった。


開けてみると、水の入った皮袋と、干し肉が入っていた。



イチは生まれた時、占い師に予言されたとおり、今まで一度も飢えた事がなかった。


落とし穴に落とされても、その運命は変わらないらしい。



イチは干し肉に向かい喋りかけた。


「 申し訳ないけれど、いただかせてもらうよ。


  明日も、大切に生きさせてもらうからね。ありがとう 


獣肉を食べる時は、必ずお詫びと感謝の言葉を忘れないのが東の国のしきたりなのだ。



空を見上げながら、干し肉を千切って食べた。


白い子犬が落とし穴の淵に現れて、じっとイチを見下ろしてきた。


干し肉を少し千切って投げてやると、喜んだ子犬にコツンと当たり、


きゃん」と小さな声が聞こえた。



イチは干し肉を食べ終わると、手の平にあの香料入りのオイルを微かに垂らした。


獣の肉を食べた後は、皿にこのオイルを垂らすのが東の国でのしきたりだったが、


皿がないので、手の平を代わりにしたのだ。



東の国からどんなに遠く離れても、しきたり通りにやらなければ、


どうにも落ち着かなかった。



イチはオイルを大切に鞄にしまいこむと、それを枕にして枯れ草に横たわり、


朝までぐっすりと眠ってしまった。


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