初めて精神科を受診したのは、大学卒業間際の頃でした。正直に言うと、中学生の頃から発病していたと思います。半年ぐらい、気分が落ち込んだ状態が続くことが度々ありました。ただ、学校を休むわけにはいかないという義務感や、親に心配をかけたくないという一心で、苦しみながら、お腹を壊しながら無理して通っていました。

 これからお話することは、少し自慢話に聞こえてしまうかもしれません。ですが、病気のことを少しでもみなさんに知って頂きたいので、あえて書かせて頂きます。

 大吉は中学2年生までは、成績が学年で3番というのが定位置でした。悪くても6番以内でした。ちなみに、1学年300人あまり在籍していました。また、県庁所在地の中心にある学校でしたので、県内でもかなり優秀な中学校でした。しかし、2年生の終わり頃から違和感を感じ始めます。

「自分はみんなとは違う。」

 一度何かが気になりだすと、そのことが頭から離れないのです。いわば、無限ループです。ずっと、思考がグルグルしてしまいます。しかも、誰も気にも留めないようなことです。自分でも、おかしいとわかっているのです。ですが、どうしようもありません。やがて気分も落ち込み、

「自分の頭はおかしい。」

と思うようになりました。もはや、高校の受験勉強どころではありません。結局、中学3年生の頃はほとんど勉強が手につきませんでした。絶えず、

「自分はおかしい。」

「みんなとは違う。」

という思いが、頭から離れないのです。しかも、誰にも言えないのです。当然のように成績は順調に落ちていき、結果として第一志望の高校には合格できませんでした。とても落ち込みました。違和感さえ感じなければ、何の問題もなく合格できたでしょうから。

 第二志望の高校に入学しても、その無念な思いは頭にこびりついたままでした。それもあってか、勉強する気が完全に失せてしまいました。もちろん中学生の頃と同様に、

「自分はおかしい。」

と常に感じていました。高校3年の6月頃まで、自宅での勉強時間はゼロです。決して誇張ではありません。通っていた高校は、ものすごい人数が在籍していました。いろんな科があったのです。

 大吉は、特別進学クラスに在籍していました。2クラスあり、合計で80名あまりだったと思います。入学した当初、大吉の成績は7番でした。ですが、高校3年生の6月頃にはビリから3番にまで落ちていました。

「このままではマズイ。」

 そこで、初めてスイッチが入ったのです。

 一度スイッチが入ると、尋常ではない集中力、理解力、記憶力が手に入るのです。あくまで大吉の場合ですが。それは、一種の恐怖すら感じるものなのです。ある日突然、明らかに頭が良くなるのですから。

 その日から、学校がある日は1日8時間、休日は最低でも13時間ぐらいは自宅で勉強していたと思います。しかも、大学受験の前日までその状態が続きました。いくらでも、集中して勉強することができたのです。成績は急カーブで上昇し、半年の勉強で大学に合格することができました。

 今思うと、軽躁状態(軽い躁状態)だったのでしょう。もちろん、躁うつ病の人が必ずしもそうなるわけではありません。

 大吉のケースは、ごく稀かもしれません。軽躁状態のエピソードは人それぞれです。当時、大吉はその頭の良い状態が本来の自分だと思い込んでいました。軽躁状態を本人が把握することは大変難しいのです。今でも、完全には把握できません。

 人間の脳って不思議ですね。






大吉(アップ①)




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