現代では、夢を全く無意味なものと考える人は少なくなってきました。
夢には、私たちが心の真のところで望むものを、現実のさまざまな壁を突破して実現させようとする働き、衝動があります。
夢の領域の持つ力はとても大きく、はるか昔の罪悪感が夢に現れ人を苦しめたり、
また、一晩の夢が大きな癒しの力を発揮することもあります。
河合隼雄さんの本に紹介されていたある男性の夢の中では、
ある男性が若い時に、自分の奥さんに経済的な理由から人工流産をさせたという経験がありました。
その時は合理的な賢い判断だという気持ちで割り切っていました。
その男性は人生も後半にさしかかったときに、夢の中で若い時の自分が、奥さんと人工流産の話をした後に、笛を吹く夢を見ます。
その笛の細く長く、高くなり低くなりながら響く音を聞いていると、
胸が切り裂かれて体が震えるような悲しみとさみしさが溢れていたたまれなくなってしまいました。
何十年も経て、夢は心の中にあった彼のもう一つの心を笛の音で知らせてきました。それは彼の人生のすべてに何かを問いかけ、揺さぶる響きを持っていました。
また、海外では夢が肉体や現実に働きかけた話が伝わっています。
両親がいないことから、膝に大けがをして足を切断しなくてはならない状態でも、
引き取っていた親類が治療費を出すのを惜しんだために医者に連れて行ってもらえない少女がいました。
一度だけ診察を受けたとき、彼女はこのまま足を切断しなければ、壊疽が広がり命をなくすということを医師から告げられました。それでも引き取って育てていた親類は、治療費を払うくらいならなくなっても構わないと判断して、
彼女を医者に見せることはやめてしまいました。
そのことを告げられた夜、少女は足の痛みと悲しみの中眠りにつくと、
夢の中に亡くなった父親が現れ、彼女は父親に今のつらい心の内を語りました。
そして父親は少女の話を聞きながら、彼女の頭をなでてお祈りをしてくれました。
翌朝、少女が眼を覚ますと足のけがは消えていたという話が伝えられています。
またさらに古代ギリシャでは、夢の神殿の中で眠ると病気は治ったと伝えられています。
人々が信仰心を失うにつれこの神殿の効力も失われ、だんだんに治療の技のほうが求められるようになりました。
夢が奇跡を起こす話は古代から現代まで無数に語り継がれています。
人の心の中には、私たちが使いこなせる力の領域を超えた未知の力の領域が広がっています。
夢見の時間は、この未知の領域と「個」の意識を隔てる関門が開いて、潜在意識の中の無尽蔵の力に触れることができる時間です。
夢見の時間の中では、せまい自我の意識に潜在意識の伝えたいことが遮断されることなく、
夢のビジョン、メッセージとして伝えてくれます。
夢を意識するだけで、扉の向こう側にある自分を超えた大きな世界との接点を持つことができます。
ネイティブインディアンの世界でも夢見の魔法は大切にされています。
私たちも気になる夢をノートに書き留めたり、それをあとから読み返してみると、
夢との対話が深まり、夢が持つあなたの願いを現実のさまざまな壁を突破して実現させようという働きが、
だんだんと活発になっていきます。
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