天皇・皇后両陛下のご訪英をテレビで見ていても、その人気のほどがあまり伝わってこない。実は、すさまじいほど熱狂的である。
 1997年両陛下がアルゼンチンをご訪問のされる1ヶ月ほど前、行きつけの床屋に行くと、店員達が私の顔を見た途端、「ニュースを聞いた。日本のエンペラドール(スペイン語で皇帝)が来られるんだって?」と、興奮した口調で話しかけてきた。一人の床屋は、「先日本屋へ行って日本に関する本を読み始めた。素晴らしい国なんだねぇ」。すると手伝いの女性も、「私もよ。」と呼応して、知ったばかりの日本知識を披露する。
 私は、既に1年以上も前から、その床屋に通っていたのだが、そのような効果はゼロであった。大使が何十人よってもかなわないであろう。
 陛下の車が市内を走ると、道端で抱擁しあっていたカップルが陛下の車に気づき、突然抱擁をといて、二人で手をあげて車を追いかけてくる。
 両陛下が、宿舎のホテルに着かれると、警察の制止も聞かず、ホテルの入り口近くに何十人と群衆が集まり、陛下が下車されると、「エンペラドール!」「アキヒトー!」の大合唱。ドアに向かわれる陛下が歩みを止められ、後ろを振り向き、静かに微笑まれながら、軽く片手を振られて応えられると、「オー!」と怒濤のようどよめきとともに、再びエンペラドールの大合唱である。
 大使館には、一般市民から電話がひっきりなしにかかってきた。それも「なんと控え目で、なんとエレガントなことか("Modesto y elegante")。やはり本物は違う」というのである。普通、大統領とかなら、両手を上まであげて、「アルゼンチン万歳」とか叫び、群衆に応えるところである。そこが本物は違う、というわけである。
 そして、アルゼンチンは、タンゴの国で、詩人の魂が宿る国である。だから、両陛下が毎年いくつも和歌を作られる詩人でもあるとを知ると、更なる讃辞と憧憬の言葉が強まり、「日本国民は幸せですね」と嘆息する。
 こういった逸話は、どのマスメディアにも掲載されなかった。なぜこういった風景が日本に伝わってこないのだろうか。一説によると、日本から同行してくる記者は、主として社会部出身である。海外事情を担当しているのは、外信部である。外信部と社会部の角逐という縦割りの日本社会の通弊が邪魔をしているというのである。真偽のほどは分からないが、もっともらしい説である