八雲なLOG log01:『白いコートの男 前編』 | 若端創作文章工房

八雲なLOG log01:『白いコートの男 前編』


 街は二つの顔を持つといわれている。光に包まれ、人の活気に溢れる昼の顔。そして、闇に包まれ、人の欲望が剥き出しになる夜の顔……。


 そんな夜の街に、2人の若者の姿があった。一人は20代くらいの若い男性、そしてもう一人は、十代半ばと思われる少女の姿である。少女の胸には、銀色のペンダントが輝いていた。
 2人は出会ってから数時間しか経っていないのか、その会話は何処かぎこちない……と、言うより会話の所々に互いに腹の探り合いが伺える。

「今日はご飯美味しかった。ありがとう。きょう会ったばかりなのに、貴方っていい人ね」
「いや良いんだ。それよりキミ、行くところ無いんだろう? 折角だから家来る?」
 見たところ、街で声を掛けたが、近頃で言う『出会い系サイト』で知り合った男女なのだろうか。男の言葉に、下心が見え隠れしていた。ここまでは良くある光景である。
「ええ~、でもなんだか悪いよぉ~」
「いいって、どうせ一人暮らしだし、気兼ねなく寄っていってよ」
 少女は少し照れたような表情を見せる。
「本当はいけないこと、したいんじゃないの?」
「そ…そんなこと……少しあるけど……」
 下心を見抜かれたのか、男の声は少しどもっていた。それを見た少女は、男のほうを振り向き、妖しく笑ってこう言った。
「じゃあ、いい事し・て・あ・げ・る」
 その甘美な言葉に、男の胸が脈打つ。だが、甘美なのはその瞬間までだった。
 瞬間、男は何者かに体をつかまれているような感触を覚えた。体を動かそうとしても指一本動かす事が出来ない。その時点で男は、自分がこの少女に騙されている事を悟った。だが、時既に遅かった。
 少女はそんな男を見て笑っていた。
「あははっ! その顔とってもマヌケよ! 男の人の騙された時の顔って、本当に面白いわ!」
「……!!」
 男は呪いの怒号を吐こうとした。が、口を動かしても声が出なかった。
「バイバイ、お間抜けさん」
 少女がそう言った瞬間、男は頭に電気のような衝撃を受け、そのまま意識を失った。


『明智探偵事務所』
 そのビルの4階の窓ガラスには、こう張られていた。その部屋の中に、鈴木 八雲はいた。そして八雲とテーブルを挟むような形で、この探偵事務所の社長の『私立探偵 明智 弘』が座っていた。
「お前……確かコーヒーは苦手だったよな?」
「はい、でもコーヒー牛乳は大好きなんですよ」
 そう言うと、八雲は明智からコーヒー牛乳の紙パックを受け取った。八雲は丁寧にストローを紙パックに刺し、その中身を少し啜った。
「さて、早速用件に入ろうか」
 そう言うと明智は、懐から一枚の写真を取り出し、八雲に見せる。そこには一人の少女が写っていた。見たところ、15、6歳と言った所であろうか。
 八雲は暫く写真を眺める。やがて、口を開く。
「明智さん、僕のタイプじゃないですよ」
「馬鹿、紹介するつもりで見せたんじゃない」
 明智は笑いながらこう返すが、すぐに真剣な表情に戻る。
「彼女の名前は『長良 唯(ながら ゆい)』。今回の依頼人であり、市議の『長良 治(ながら おさむ)』の一人娘だ。
 娘が4日前に家を出て、まだ帰ってきていない、と言うのが今回俺の所に来た依頼の内容だ」
 八雲はコーヒー牛乳を啜り、こう聞く。
「それ、どう考えても明智さんの管轄でしょ?」
「話は最後まで聞け。実は昨日の夜、うちの調査員が長良の娘を見つけたんだが、奇妙な事が起こった」
「奇妙な事?」
 その二文字に、八雲の目がふと輝いた。
「声を掛けようと近づいたが、その時に金縛りに掛かったかのように体を押さえられ、電撃のような物を食らった。そして気が付いた時には彼女を見失っていたとの事だ」
 八雲は真剣に明智の話を聞いている。更に明智は続けた。
「実は昨日の夜、同じような目にあった男がいたとの情報が知り合いの刑事からあった。だが、傷害事件で捜査しようとしても、凶器が特定できない、と言う事で捜査が出来ない状態となっている」
「……確かに、妖怪が相手では法律では裁けませんからね」
 八雲がようやく口を開いた。
「なる程、お前なら『妖怪の仕業』と見ると思っていたが」
「ええ、話を聞いた感じですと、明らかに霊的衝撃ですね。恐らく、『レベル2不条理体』だと思われます」

 不条理体……妖怪など、世間からすれば存在を認められない。言わば『不条理』な存在を、八雲はこう呼んでいる。それは八雲の母が執筆、編纂した『現代の妖怪達』と言うタイトルの本にこう記されていた。人間又は動物が何かしらの原因で得意な能力を持った妖怪をレベル1。精霊などの思念体が実体化したもの、若しくは思念体が宿った物質の妖怪をレベル2。そして、別な次元から来た者……その本では『魔界など』と書かれていたが……それらをレベル3。と、『妖怪』=『不条理体』は大きく3種類に分けられているのだ。

 明智はセブンスターを咥え、火をつける。
「確かお前は、そのレベル2専門だったな。もし長良の娘に何かの妖怪が付きまとっているとしたら、その時こそお前の出番じゃないのか? 『封魔師』のな」
「はい。ただ、相手がレベル2かどうかは実際に調べてみないと解りませんが」
 そう言うと八雲は、空になったパックをテーブルに置き、こう続ける。
「解りました。その仕事、お引き受けしましょう」
 そして八雲は写真を胸ポケットにしまうと席を立つ。そんな彼を見て、明智は笑顔でこう声を掛けた。
「お前なら、間違いないだろう。頼んだぞ」


 時計の針は、3時30分を指していた。
 ここは八雲が働いている『雑貨 魔鈴』。カウンターで店番をする八雲の前に、今日も由芽、麻美、瑠菜の三人がやってきた。
「こんにちわーっ! 八雲クン、元気ぃ?」
「由芽ちゃん、今日も元気だなぁ……」
 八雲は呆れ気味にこう返す。カウンター越しに由芽が座り、麻美、瑠菜の2人は店内を眺めていた。
「……ところで由芽ちゃん……」
 八雲は声を潜めて由芽に話しかける。三人の中で唯一、由芽だけが八雲の『本当の』仕事を知っているのだ。その為、八雲は彼女から思わぬ情報を仕入れることもある。
 八雲は一枚の写真を由芽に見せた。そう、明智のところから借りた『長良 唯』の写真だ。由芽はそれを暫く眺め、こう口を開いた。
「……確かに可愛いけど、八雲クンに吊り合わないと思うな……」
「……いや、そうじゃないんだが……」
 八雲は半ば呆れ、こう続ける。
「……知り合いの探偵から、人探しを頼まれてね。この娘に見覚えない?」
 その問いに、由芽は周囲を見渡し、店先の方を指差してこう答えた。
「……その娘、そこにいるよ」
「あ”!?」
 八雲は驚いた。由芽が指した先には間違いなく、写真の少女がいた。歳は15、6歳くらいで、胸には大きなペンダントが提げられていた。
 探している人にこんなにも早く逢えるとは思わなかった。彼はカウンターから出ると、唯と思しき女性の所に歩み寄った。


 少女はアクセサリーなどの小物を眺めていた。それが好きなのか、一つ一つ手に取ってみる。そんな彼女に、八雲は明智の仕事の事を隠し、店員を装って……もとい、あくまでも店員として声を掛ける事にした。
「何か、お探し物はありますか?」
 だが、それでも唯は無視するかのようにアクセサリーの一つ一つを眺めていた。それでも八雲は諦めない。
「あの~、こちらの方にいいペンダントなどもございますが」
「放っといて。私はただ見ているだけだから」
 今度は冷たくあしらわれた。説得どころか、会話の余地もまるで無かった。八雲は少し考え込み、危険だが賭けに出ることにした。
「……長良 唯さんですよね?」
 今度は核心を付く事にした。八雲の口から出たその言葉に、彼女は咄嗟に八雲の方を振り向いた。
「なんで私の名前を!?」
 唯が八雲をきっと睨む。よほど自分の素性を知られたくなかったのだろうか。
「実は、貴方を探している……」
 そこまで言いかけたとき、八雲の口から出るべき言葉が発せられないのを彼は感じた。
(……これは? 金縛り!?)
 体を動かそうとしても、見えない何者かに掴まれたように体を動かす事が出来ない。唯はその隙に店から走り去る。
 と、同時に八雲は束縛から解放された。
(……一体……いや、間違いなく今のは精霊的なものだ……)
「八雲クン、どうしたの?」
 由芽の声で、八雲は自分を取り戻した。そして店の外を悔しそうに眺めた。そんな彼の耳に、彼にしか聞えない声が届いてきた。
(八雲! あの娘なら私に任せて!)
 瞬間、店の前に突風が吹いた。風の精のイルネだ。八雲はその場をイルネに任せて、店の中に戻る事にした。


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 いきなりlog.01から前後編です(爆)