八雲なLOG log.00 『僕と、この町、この仕事』 | 若端創作文章工房

八雲なLOG log.00 『僕と、この町、この仕事』


 暖かい布団の温もりが僕を誘っている。しかし、いつまでもこの誘惑に負けるわけには行かない。
 僕は思い切り布団を跳ね飛ばし、窓を開けると肺一杯に冬の冷たい空気を吸い込んだ。

 時計の針は、10時12分を指していた。


 僕の名は『鈴木 八雲(すずき やくも)』。皆は僕をありきたりな苗字ではなく、『八雲』と呼んでいる。
 年齢は20歳。職業は……と言うと、表向きにはフリーター。一応、とある雑貨屋のアルバイトをしている。
 
 外の寒さに耐え切れず、窓を閉めようとした時である。
『八雲、おはよ』
 風が僕に話しかける。
「ああ、イルネか。おはよう」
 僕は『彼女』にこう返した。

 『彼女』の名はイルネ。風の思念体……つまりは精霊だ。僕は子供の時から精霊を見る事、そして会話出来る能力を持っている。その能力も、僕の母方の血が影響しているらしい。勿論、人に自慢できるような能力では無いが。

『もうすぐお昼よ。いつまでもそんな眠そうな顔してないのっ』
 イルネの声が僕の心に響く。イルネは随分とお節介焼きな風の精霊だ。僕には兄弟がいないのでよく判らないけど、心配性の姉が近くにいると言うのはこんな感じだろう。
「判ってるよ。そろそろバイトに行くよ」
 僕は頭をかきながらこう返す。そして窓を閉め、服を着替え、朝食代わりのバナナを咥えながら部屋のドアを開けた。


 この世の中には、いろいろ不可解な事が起こる。そう、我々人間の常識を超えた現象が。
 しかしそれらは、常識で固められた人間には認められないものである。
 だが、この世界には間違いなく『妖怪』や『奇現象』と呼ばれる『不条理な存在』があるのだ。ただ、認めてもらえないだけである。
 そして僕は、この『妖怪』や『奇現象』などの類と何度か向き合っている。


『雑貨 魔鈴(まりん)』。僕が働いている雑貨屋である。といっても、店員は年老いた店長と、その娘(と、言っても母親くらいの歳だが)の怜子さんと、バイトの僕。ここの店では様々な西洋雑貨を取り扱っており、中には魔術的な装飾品や小物など、所謂オカルト的なものもある。僕がこの店でバイトするようになったのは、僕の母と怜子さんが友人同士であり、ほぼ母の紹介である。しかし、僕はこの店の、怪しげな中にも暖か味のある雰囲気が好きである。
 商品の整理を終え、カウンターで店番をしている時である。
「こんちわーっ」
 今日も元気な声が響く。と、同時にブレザー姿の若い女性が三人、店内に入ってきた。
「やぁ、こんにちは」
 僕がこう挨拶すると、彼女達は僕に手を振った。
 彼女達は近くの高校のオカルト研究会のメンバーだ。伊藤 由芽(ゆめ)、中田 麻美(まみ)。そして太田 瑠菜(るな)の三人は、この店の常連である。そしてどういう訳か、僕は彼女達の郊外顧問と言う事にされてしまっている。まぁ、悪い気はしないが…。
「八雲くん、今日も暇そうだね」
 そう元気よく話しかけるのは由芽。
「いや、そう暇じゃないよ」
「まぁ、何か面白い話はありませんか?」
 そう静かに語りかける麻美。
「いや、最近は特に無いな。まぁ、何も無いのが一番なんだけどね」
「ええ~、それはつまんないって事でしょ~?」
 瑠菜が不満そうにこう呟く。
 彼女とのこのようなやり取りは、ほぼ毎日のようにある。でも僕は、この時間も楽しくて好きだ。 


 僕は幼い頃、父と別れた。父が母と僕を追い出したのだ。それから母と2人で暮らしてきたが、母から巣立ったのが1年前。フリーライターを営む母は多忙の身であるはずなのだが、それでも心配して何度も電話したり、たまには会ったりする。

 でも僕は、この町で何とかやっている。
 僕はこの町が大好きだ。


 そしてバイトが終り、家路に付いた時である。
『八雲八雲!』
 突如イルネが僕に語りかけてきた。その慌てぶりからすると、何かが起こったようだ。
「どうしたんだい?」
『二丁目の角に、強力な…しかも禍々しい気配を感じたの!』
「何?」


 そう、全ての『妖怪』が人間に牙を向いているわけではない。だが中には、人に危害を加える物もいる。
 そして僕は、人が悲しむ顔、苦しむ顔は見たくない。


 一旦家に帰った僕は、再び部屋のドアを開け、夜の町へと向かう。
 白いコートを纏い、手にワンドを握り締めて……。
 それは僕の血だから出来る『封魔師』の証!


 僕の真の仕事……それは……!


「イルネ! 行こう!」
『オッケー! 八雲!』


 人に認められなくても…

 人の為に…

 禍々しき『魔』を封じる!!


 『封魔師 鈴木 八雲』

 僕の戦いは、始まったばかりである。


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『明智ノート』『不条理ハンター』と同じ世界観の単発現代ライトファンタジーです。


内容的には、『八雲&愉快な仲間達 vs 現代的妖怪』な軽めのアクション仕立てで、月2くらいの不定期掲載で頑張って生きたいと思います。

(1話分の長さは5000バイト前後!?(笑) あまり長すぎると書くのに挫折するかも(爆))