明智ノート PAGE.29「Final Section ~ 決断の日 ~ (3)」 | 若端創作文章工房

明智ノート PAGE.29「Final Section ~ 決断の日 ~ (3)」

 翌日の朝が来た。俺は脳が眠りから覚めると同時に再び悩み出した。俺が都会に出
て以来、これほど悩んだことはなかっただろう。
 そう、これは俺の人生に大いに関わる事なのだ。いわゆる人生の分岐点に差し掛か
った状況なのだ。
 親しい友を捨てて自分の夢を手にしたくはない。だが、このチャンスを逃してしま
ったらもう二度とそれは来ないかも知れないのだ。いや、来ないと言っても過言では
ない。
 俺はテーブルの上に転がっていた煙草の包みを取り、そこから一本の煙草を取り出
した。こういう場合、意外と煙草は役に立つ。
 俺は煙草を口にくわえ、先端に火を付けようとした。その時である。
「煙草が逆よ、探偵さん」
 突然心に響いたその声で、俺はフィルターに火を付けようとしている自分に気がつ
いた。それだけ心が動揺している証なのか? 俺は慌てて煙草をくわえ直し、突然現
れたイルネに対してこう返した。
「おお、俺とした事が・・・」
 当然、照れ隠しの笑顔も忘れてはいない。しかし・・・
「明智さん、今日はなんだか変よ」
 さすがは俺の相棒だけある。俺の誤魔化しは通用しないだろう。
「ああ、変なのはいつもの事だ」
「でも今日はいつもより元気がないみたい」
 やはり通用しないようだ。どのみち判る事だし、良い相談相手でもある彼女である。
俺は、昨日の事を打ち明ける事にした。
「実はな・・・」
「昨日の事で悩んでいるのね?」
 どうやら彼女は全て知っていたらしい。が、昨日の夜、イルネの気配は感じていな
かったのだ。
「良く知ってたな」
「あたりめーだ。教えたのはこの朝霞様だからな」
 今度は朝霞だ。しかも俺が気づかない内にテーブルの前に座り込み、勝手にコーヒ
ーカップにインスタントコーヒーを注いでいる。
「朝霞!てめぇいつの間にここにいるんだ!」
「お前が煙草を逆に吸おうとした頃からだ。ま、お前がここまで鈍感だったとは思わ
なかったがな」
 そう言い終わると朝霞はカップにお湯を入れ、どこからともなくスプーンを取り出
した。そんな彼を見て俺は呆れて物も言えない。そんな俺を尻目に朝霞はイルネに挨
拶までしていた。

「それで、だ」
 朝霞はコーヒーを一口飲むと突然俺に話し始めた。
「お前が俺の侵入に気が付かない位悩んでいるのはよっく解った。しかし、俺は気に
食わん」
 朝霞が真面目な表情になる事は滅多にない。が、彼の表情は今までに無い位真面目
で険しい物であった。
「何が気に食わないんだ?」
「一つは、何故彼女(イルネ)に相談しないのだ。一人で悩んでも、それが良い結果
に終わることは少ない」
 そして朝霞はカップを傾ける。その間、俺の部屋に沈黙だけが流れていた。
「二つは、そんなことで悩む必要があるかって事だ」
「待て! これは人生に関わる・・・」
「最後まで聞け!!」
 朝霞は叱るように叫んだ。どうやら、朝霞は本気だ。
「いいか、お前がこの町を出てゆこうが行くまいが俺には関係ない。しかしだ、俺に
関係なくとも他の人がどう思う? 」
 そして再び朝霞はカップを傾けた。そして空になったカップを置くと再び話し始め
た。
「特にだ、お前、朋子ちゃんの事好きなんだろ?」
 いきなり核心を突いてきた。この事は急に言われても返答に苦しんでしまうのが普
通である。
 朝霞は返事を待つように俺の表情を伺っている。
 俺は確かに朋子の事が好きである。が、まだその告白すらしていない。言うなれば、
恋人同志と言うより単なる友人か、或いは先輩後輩の仲である。
「さぁ白状してもらおうか・・・」
 朝霞の表情に含み笑いまで見えてきた。
「3・・・2・・・」
 ついには秒読みまで開始している。俺は口から思いきり空気を吸い込むと、テーブ
ルを叩き、自分の思いを叫ぶように口にしていた。
「ああ、その通りだ! 俺は朋子が好きだ!」
 同時に朝霞の表情にいつもの笑みが戻ってきた。
「だったら、この町を出て行く訳にも行かんな。俺なら一度惚れた女なら絶対に離さ
ん」
 最後の台詞ははっきり言って朝霞が言うと説得力がない。しかしそれでも、その言
葉には暖かさがあった。
「いいか、俺の説教はここまでだ。後はお前が決めることだ。だが、これだけは覚え
とけ・・・お前がぼやぼやしていると、俺が朋子ちゃん取るからな」
 いつもなら「バカヤロウ」と返すのだが、さすがに今は反論出来なかった。

「ところで、イルネちゃんはどこ行ったかな?」 朝霞は軽い口調でふと呟いた。そう言えば、いつの間にか彼女の気配が消えている。
 一体イルネは何処に消えたのだ? それは風のみが知っていた。



 一方その頃・・・
「あの、貴方が更級さんですか?」
 猫と一緒に散歩に出ている朋子に、一人の少女が声を掛けていた。
「ええ・・・そうですが・・・」
「私、明智さんの相棒、風の精のイルネです。少し、お時間もらえないかしら」

 そして話は終幕へ加速してゆく。果たして、その結末は・・・