明智ノート  PAGE.11「獣より獣」 | 若端創作文章工房

明智ノート  PAGE.11「獣より獣」

 夕暮れの町並みを、一人の少女が歩いている。少女の肩には、一匹のいたちが座っ
ている。


 彼女をご存知だろうか?そう、あのかまいたちを連れた少女である。あの時は俺も
ひどい目にあったものだ。
 彼女の名前は、上村 祥(さち)と言う

 新学期に入る前に彼女の住まいは福島県に移った。従って、彼女の通う学校も変わっ
た。
 が、彼女の顔は都会に住んでいた頃と比べ、とてもすがすがしい物だった。空気が
違うせいもある。が、それだけでは無いようだ。


「こんばんは、祥」
 もう一人の少女が祥に声をかけた。
「あら、文恵じゃない。」
 秋月 文恵。福島に来た祥にとって、初めて「親友」と呼べる人だ。どうやら彼女
の家に近くに来たらしい。
 彼女は腕に猫を抱いていた。
「可愛いでしょ。チーちゃんって言うの。」
 文恵は笑顔で言った。それに応えるが如く、猫が鳴く。それが祥の目には愛らしく
見えた。
「ほんと、可愛いわね。」
「祥の肩のいたちも、結構可愛いわよ。」
 祥は戸惑った。都会の暗い過去の原因は、このいたちにあったからだ。
「でも・・・このいたち・・・」
「解ってるわよ。かまいたちでしょ。」
 文恵は笑顔でそう言った。祥は、彼女の意外な反応に驚いた。
「怖くないの?」
「何を言ってるの。可愛いじゃないの。」
 文恵の言葉に、祥は照れたような表情を見せた。文恵は猫を撫でながら、更に加え
た。
「動物が好きな人に、悪い人はいないのよ。例えそれが、妖怪であってもね。」
「ありがとう。」
 祥はようやく、笑顔を見せた。そのときの彼女の頭には、ある言葉が浮かんできた。


『人を傷つけて復讐するよりも、人を愛して接した方が、人生楽しく生きられるさ。
少なくとも、俺はそう思ってるがね・・・』


 悲劇は、約2週間後に起こった。

 その時、祥は「友達」と一緒に買い物に出ていた。
「私が買い物しているときは、おとなしく外で待っててね。絶対、鎌を出しちゃ駄目
よ。」
 彼女が「友達」に説教しながら歩いている時である。彼女の目に数人の男の姿が映
った。彼等は輪になって「何か」をしている様である。
「行ってみる?」
 彼女は「友達」に問いかけた。「彼」は彼女の言葉が解るのか、首を縦に振った。


 祥は男達に向かって歩き出した。が、男達はそれに感づいたのか雲の子を散らすよ
うに逃げ出した。
「何なの?人を見て逃げるなんて最低ね。」
 彼女はそう呟いた。が、次の瞬間、彼女は信じたくない光景を目にした。
 文恵の猫である。それも、血まみれで今にも死にそうな猫・・・


 文恵はそのことが容認出来なかったらしい。
「チーちゃん!」
 彼女は瀕死の猫を抱いた。猫は、彼女の顔を汚れの無い瞳で見つめていた。
「ひどい・・・なんてひどい・・・・・」
 猫の瞳がゆっくりと閉じてゆく。さながら、主人との別れを惜しむように・・・
「なんて・・・・・」
 文恵の瞳から悲しみののつぶてがこぼれた。祥は再び、「あの」言葉を思い出して
いた。そして、彼女は静かに呟いた。
「探偵さん。あの約束は破りたくありません。でも、あいつらは「人」ではない・・・」


 その夜、彼等は夜の街角を歩いていた。
「あの生意気な猫、死んじまったかな?」
「さぁ、俺に引っかいた罰だ。」
「何を言うか。お前が尻尾踏んだからだろ?」
「さぁな、でもこれで気分がさっぱりしたぜ。思う存分地面にたたきつけてやった
し。」
 男達は今日の出来事を笑いながら歩いていた。そのとき、男の一人が、一人の少女
を見つけた。
「あのねーちゃん誘って飲みにでも行くか。」
「そーだな。」


「よお、ねーちゃん、一人かい。」
 男に一人が少女に声をかけた。しかし、彼女の反応は彼等の期待通りの物では無か
った。
「今日、貴方達猫を殺したわね。血の臭いがするわ。」
「な・・・何のことかなぁ。それより、飲み行かない?」
 彼女の言葉を無視するが如く、男は彼女を誘っていた。
「近寄るな!獣!」
 彼女がそう叫ぶと、男の顔に切り傷が出来た。痛みを感じると同時に、彼は突然の
出来事におののいた。
「ひゃぁ!何だ一体!?」
 少女は怒りに満ちた声でこう告げた。
「今日貴方達が殺した、猫の怒りよ。絶対に許さないと言ってるわ。」
「このアマぁ!」
 残りの男が逆上して向かってきた。が、次の瞬間には顔や腕を斬られていた。
「ば・・・化け物だぁ!!」
 恐怖を感じた男達は一目散に逃げた。しばらくした後、少女は呟いた。
「これでチーちゃんが帰って来る筈はない。でも、彼等はその痛みを知らない。これ
で良かったのよ・・・これで・・・・」
 少女の目から涙がこぼれてきた。


 化粧をして、一目見ただけでは解りにくいが、この少女は祥である。


 翌日、祥と文恵は猫の墓の前に座っていた。
 文恵は、墓標の前にキャットフードをそっと置いた。
「どうか、安らかに眠ってね。チーちゃん。」
 彼女はしずかに墓標の下に眠っている猫に語りかけた。
「文恵、今回の事件で一つだけ、解った事があるわ・・・」
 祥は静かに文恵に話しかけた。
「何?」
「人の心は、獣より獣になりうる事をね。」
 そのとき祥は、言葉に出しはしないが、このような事を思っていた。
(あいつらも、そして、私も・・・・)