グルメの鬼
『皆さんお待ちかねぇ~! 今宵も若きクッキングファイターが、一人の鬼に挑みます!
今夜こそ鬼を、自慢の料理で食い倒す事が出来るのでしょうか?
それとも、鬼の前に涙を飲むのでしょうか!?
【グルメの鬼】! レディ~~~~~~~~~~~~~~、ゴゥ!!』
司会者の声、光るスポットライト、そして観客の歓声が一人の料理人『蒲原 剛志(かんばら つよし)』を包む。
彼は緊張しながらも、戦場と言うべきスタジオに堂々と足を運ぶ。
『今日のクッキングファイター、『カレーの若武者・蒲原 剛志シェフ』の入場です!
前回無残に敗北した後、本場インドで武者修行を積んで、帰って来ました!
さぁ、今日はどんな技で鬼に挑むのか!』
蒲原の表情は緊張の為かやや紅潮しているが、漲る闘志がはっきりと現れていた。
やがてBGMが変わり、司会者が反対の方を向き再び声を上げる。
『さぁ来たぞ来たぞ! 一口食べただけでその料理の全てが解る神の舌を持ち、容赦しない判定を下す! 冷静沈着、決して笑わない料理評論家! 誰が呼んだか『グルメの鬼! 塩釜 鉄三』だぁぁぁあああ~ッ!!』
蒲原とは反対の方向からスポットライトを浴び、無表情で現れる塩釜。蒲原はそんな彼の顔を見ながら、数ヶ月前の屈辱を思い出していた・・・。
『不味い』
その一言で自慢のカレーを目の前で捨てられたあの屈辱。
その日から彼はカレーの鬼、いや、修羅となった。
本場インドに渡り本場のスパイス調合に触れ、最高の野菜や牛肉を求め日本各地を彷徨い、そして試行錯誤や挫折を重ね、そして再びこの戦いの場に帰ってきたのだ。
塩釜が冷たく蒲原に告げる。
「・・・相変わらず懲りない奴だな・・・」
しかし、蒲原の表情は数ヶ月前のそれとは違っていた。
やがて司会者が叫ぶ。
『それではっ! グルメファイトォ! レディ~~~~~~~~~~~~~~~~、ゴゥッ!!』
調理台に向かう蒲原。そして鮮やかな手つきで野菜、牛肉を刻み、軽快に鍋に入れる。その手さばきに観客は驚き、調理が進むにつれて漂う香りに観客は酔いしれる。
只一人、塩釜だけが表情を崩さずにそれを見つめていた。
そして待つこと数十分。
『終了ォォォォーーーーーーーーーーーーーー!!』
司会者のその声が響く少し前に、蒲原のカレーは完成していた。彼の手順に狂いは無く、もはや彼は負ける気がしなかった。食材、調理手順、共に最高の出来だ。
そしていよいよ運命の試食に入る。塩釜が『美味い』と言えば蒲原の勝ちだ。勝てば百万円の賞金が出るが、蒲原はそれよりも、只単純に塩釜に勝てればそれで充分だった。
「米沢牛のサーロインを使った極上ビーフカレー、お願いしますっ!」
蒲原は自陣に満ち溢れた声で自慢の料理を塩釜に差し出す。
そして塩釜がスプーンを口に運ぶ。
「…結論から言う……不味い」
蒲原の視界が暗くなった。
「…隠し味にワインを使ったようだが、牛肉同じ山形高畠産のワインとはいえ、3000円程度の安ワインでは味とは言えん。そして、牛肉にしても、米沢牛なら何でもいいというわけではない。二度と安っぽい物を持ってくるな」
そう吐き捨てると、塩釜は席を立ち、スタジオを後にした。
思わず蒲原が地面にうずくまる。最悪だ。自信満々に出した料理が公共の電波でおとしめられた。しかも、二度も。
(何故だ! 何故勝てない! 一体何が足りなかったと言うんだ! 食材も、調理法も考えられる限り最高の物を用意したのに!)
料理家としての自信を完全に崩された蒲原は、もう立ち上がる気力すら無かった。
一方、スタジオから去った塩釜は既にタクシーの中にいた。彼は懐から携帯電話を取り出し、画面を眺めた。
『テツリン、遅くなるの? 今日は特売で牛肉とカレールーが安かったからカレーにしたんだけど・・・』
番組収録前に届いた妻からのメールだ。読んだのはいいが、返事を打つ時間が無かった。彼は即座にこう返信する。
『わーい(>_<)☆ まりたんのカレーだ! 嬉しいから早めに仕事終わらせてきたけど、おかわりあるよね~?』
携帯電話を閉じた塩釜の口元に、笑みが浮かんだ。
---------------
『ごみぶん』からの再掲載です。