正統性揺らぐ中国共産党、企業内党組織の実態に迫る

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 2019年7月に発表された最新統計によれば、18年末時点で、中国共産党(以下、中共)の党員数は9059万4000人あまり(人口の6.5%)に達する。

 

これは18年の国別人口ランキングで、世界第15位のベトナムに次ぐ規模であり、ドイツ、トルコ、イラン、タイなど各地域の有力国より多い。また、同じ年の日本の人口の約7割に相当する。むろん世界最大の政党である。

 

ちなみに日本の最大政党である自由民主党は、19年末時点で約110万人の党員を擁する(人口の1%未満)。

 1921年7月に成立した中共は、来年で創立百周年を迎える。

 

2014年から18年までの過去5年間の党員数の平均増加率は0.8%で、このままのペースでいけば21年には9280万人前後となる。創立時の党員数は50数名であり、過去100年間で創立時とは比較にならないほどの巨大な成長を遂げた。  

 

しかし、その記念すべき年に中共はもう1つの大きな転機を迎える可能性が高い。なぜなら、共産党の本来の支持基盤にして組織母体であるはずの労働者と農民の党員数が、そうでない職業の党員よりも少なくなる見込みだからだ。  

 

具体的には、労働者と農民の党員の合計人数が、党・政府機関で働く党員と企業や各種非営利の社会組織(学校、病院、研究所など)の管理職・専門職に就いている党員のそれより少なくなるとみられる。  

 

18年の数字では、全党員のうち「労働者」と「農牧漁民」の合計比率が35.3%、「党政機関工作人員」と「企業事業単位・民弁非企業単位の管理人員と専業技術人員」の合計比率が34.6%で、かろうじて前者がまだ後者を上回っている。10年前の08年は40.8%と30.4%、20年前の1998年は48.8%、32%であり、「労農同盟」の凋落は一目瞭然である。  

 

党員集団の「量」の面で、ホワイトカラーのグループが、ブルーカラーと一次産業のグループを逆転するのは時間の問題である。これは中共にとって、政治集団としての本来のアイデンティティを失うことを意味する。  

 

中国憲法は第1条で「中華人民共和国は労働者階級が指導し、労農同盟を基礎とする人民民主独裁の社会主義国家である」ことをうたっている。

 

党規約の冒頭でも「共産党は中国労働者階級の前衛であり、同時に中国人民と中華民族の前衛である」と定めている。にもかかわらず、唯一の支配政党である中共が、労農同盟と労働者階級の前衛としての組織実態を失いつつある。イデオロギー的正統性が損なわれることは間違いない  

 

なぜこのような状況に陥ったのか。1970年代末に改革開放政策が始まって以来、中国の経済と社会では、前出の「企業事業単位・社会組織の管理人員と専業技術人員」を含む「新社会階層」と呼ばれる新興エリート層が存在感を増してきた。

 

新社会階層とは、江沢民期の2001年に提起され、

 

(1)民営科学技術企業の創業者と技術者、(2)外資系企業の管理職と技術職、(3)個人経営者、(4)私営企業家、(5)弁護士・会計士など「仲介機構」の就業者、(6)自由業者を指す。  

 

中共は、江沢民・胡錦濤の両時期を通じて、持続的な経済成長の実現とともに、これら新興エリート層による反体制運動の抑圧のため、「懐柔」と「統制」の両面から多様な活動を行ってきた。  

 

懐柔の典型が、21世紀に入って共産党にとっては階級敵であるはずの私営企業家の入党さえ、認めるようになったことである。  

 

統制の代表的手段が企業内での党組織設置の推進である。近年の米中貿易戦争で、米国政府がファーウェイなどの有力企業と中共との緊密な関係を問題視する背景には、企業内党組織の不透明な活動実態がある。では、その役割と実態はどのようなものか。  

 

企業内党組織の設立は、統治の効率を考慮して大企業を優先して設置されている。18年時点で、全国で党組織がある公有制企業は18万1000社、非公有制企業は158万5000社である。しかし、この年の企業総数は3474万2000社であり、公有・非公有合わせても全体の5%にすぎない。むろん企業が倒産したり合併買収されたりすると、設置されている党組織も消滅・統廃合される。  事実、17年の実績では、党組織が既設の公有制企業は18万5000社、非公有制企業は187万7000社であった。わずか1年で、前者は4000社(マイナス2%)、後者は29万2000社(マイナス16%)も減った。それゆえ新型コロナウイルスの感染拡大により、経済不況が深刻化すれば、20年の企業内党組織の数は19年に比べて大きく減少するだろう。

 

 【表・注】 (注1)「党政機関工作人員」は党や政府機関で働く党員、「企業事業単位・民弁非企業単位の管理人員と専業技術人員」は企業や各種非営利の社会組織(学校、病院、研究所など)の管理職・専門職 (注2)2014年以降は、「企業事業単位・民弁非企業単位専業技術人員」と「企業事業単位・民弁非企業単位管理人員」の2つを、それぞれ合算した数字。2018年以降は、「企業事業単位・社会組織業技術人員」と「企業事業単位・社会組織管理人員」の2つを、それぞれ合算した数字

トランプ政権が警戒する 企業内党組織の実態

 企業内党組織の活動はどのようなものか。そもそも、「フツーの党員」の最低限の義務的な活動は、政治学習会への参加党費の納付である。

 

党員は、職場や学校で定期的に開かれる学習会に参加しなければならない。そこでは国の基本政策や政治家の演説内容を学んだり、各種業務に対する自らの取り組みや反省などを他のメンバーの前で述べたりする。  

 

党費は、毎月の所得の多寡に応じて金額が算定される。例えば毎月の給与所得がある党員で、固定収入が3000元以下の者はその0.5%、つまり3000元(1元16円なら4万8000円)の場合は15元(240円)を所属する党組織に毎月支払う。  納付額が最も少ないのは、学生や生活困窮者の党員で、0.2~1元(約3~15円)である。現実にはあり得ないが、前述の9059万4000人の全党員が、最少の3円の党費を毎月滞りなく納めた場合、1カ月で約2億7200万円、1年間で約32億6000万円の「収入」となる。まさに「塵も積もれば山となる」であり、党にとって「人民に奉仕する」(毛沢東の言葉)ため、先立つものは金である。  

 

一方、企業内党組織の活動は企業ごとにさまざまだ。基本的には「工会」と称する官製労組とともに、労務管理など企業活動に関するトラブルシューター的役割を務めていると思われる。もちろん、イデオロギー研修なども行っているが、資本の論理が優先されるため、活動は総じて停滞気味である。  一部の大型国有企業を除けば、企業内党組織の幹部の多くも当該企業では被用者の立場であり、社員としての業務を優先して党務への注力は難しい。また、民間企業の場合、党組織の活動は基本的には業務時間外で行うしかなく、形式的な活動に流れやすい。  米国は中国人社員による外国企業の情報窃取も非難している。しかし、一般的には、社員が党員だとしても、専門的訓練を受けていない素人による情報工作は、組織や人的ネットワークを危険に晒(さら)すので推奨しにくい。その代わり、各自の通常業務の中で知りえたさまざまな情報を、専門機関がしかるべきルートを通じて広く、浅く収集し、そこから有益な情報を取捨選択、深掘りしていくと思われる。

 

党組織を通じたインテリジェンス活動も、まずは数の多さが武器であり、ここでも「塵も積もれば山となる」のである。  一方、12年に党総書記となった習近平は、企業や学生を中心とした量の拡大路線を見直し、入党者の総量規制を行っている。13年1月の政治局会議では、(1)入党活動の不備による党員の政治信念と規律観念の希薄化の是正、(2)党員の「質」の向上を目指した入党者数の量的制限、(3)中共の伝統的な支持基盤である三大集団(労働者、農民、知識人)の青年層へのリクルート重視が指示された。

 

イデオロギー研修は 「時間のムダ」

 また、習近平政権に入り、社会の変化に対応して、より効果的に政治的取り込みを行うため、新社会階層のターゲット集団を再定義し、個人経営者と私営企業家を「非公有制経済企業人士」として別の範疇とする一方、

 

(a)私営企業と外資企業の管理職・技術職、(b)「仲介機構」と社会組織の就業者、(c)自由業者、(d)ネット空間のオピニオンリーダーとIT業界の経営者からなる「ニューメディアの代表者」とした。  

 

しかし現在までのところ、習指導部が期待するような成果は得られていない。(2)について、胡錦濤期に比べると習近平期には毎年の入党者は確かに減った。例えば08年は280万7000人、18年は205万5000人でマイナス27%である。だが(3)の職業構成では、既述のとおり、労働者・農民集団の減少傾向に変わりはない。  

 

共産党にとって最大の難点は、(1)に関連した入党志願者の功利的動機である。

 

今日、入党者の中で共産主義の理想を信じている者はほぼ皆無ではあるまいか。  実際、中堅党員である筆者の友人たちも、習近平期政権下で職場の党組織によるイデオロギー研修の回数が増えたことについ「実のない退屈なもので、業務が忙しいのに時間のムダ」と愚痴をこぼしている。  

 

以前に比べれば、党員の身分に付随するメリットも小さくなっている

 

現在の中国社会では、党・政府機関、国有企業に就職したい者、および、それらに勤めている非党員で幹部への出世を望む者には党員資格が必要だが、そうしたインセンティブがなければ、自分の時間と行動を一定程度制限される党員になりたいと思う者は少ない。

 

要するに、自らのキャリア形成にとって必要を感じた場合に入党するのであり、そもそも功利的なのである。  また、非党員の企業家をはじめ、前述した新興の社会エリート層ほど、資金や人脈など、自身のライフチャンス実現のための資源と選択肢をすでに多く持っている。そのため、これらの人々の入党志望度は元来さほど高くない。むしろ中共の方が取り込みに積極的とみられる。それゆえ新興エリート層が党員になったとしても、党活動への取り組み意欲は低いであろう。  

 

市場化と近代化の結果、中国の社会と経済は大きく変化した。これに伴い中共も、本来の支持基盤である労働者と農民を組織的に疎外してきた。保守的信条を持つ習近平は、そのトレンドを変えようと試みているが、強権政治家も社会の大きな流れの前には無力である党創立1世紀の記念すべき機会に際し、組織面でもイデオロギー面でも、労農同盟の政党ではなくなりつつある中共は、矛盾をかかえたまま百周年を迎えることになる。

 

鈴木 隆 (愛知県立大学外国語学部中国学科准教授)