46億円の大型調達。医師と事業家のタッグで挑む「がん見逃しゼロ」の世界

10/4(金) 11:30配信

Forbes JAPAN

オリンパス、富士フイルム、ペンタックス──この3社で世界シェアの7割以上を占めているのが、胃や大腸の検査や治療に使われる内視鏡だ。日本が世界をリードしている先進の医療分野ではあるが、課題も存在する。

実際、内視鏡検査の現場は「病変見落としが医師によっては2割以上」「大量の2重チェック負担で専門医が疲弊」という状況に陥っているという。

専門医たちは内視鏡の画像をダブルチェックする読影会を月に2回行なっているのだが、医師1人につき70症例、1症例につき内視鏡画像を40~50枚見なければならない。つまり、医師1人が合計で2800枚の内視鏡画像を、限られた時間のうちにチェックしなければならない状況だ。

「炎症ある胃内壁のなかに小さな病変を見つける作業は、経験10年以上の専門医でも難しく、またダブルチェック担当の医師も1日3000枚もの読影負荷に疲弊しているのが現状です。専門医の少ない地域の先生方は検診現場で本当に苦慮しています」

過去に臨床医として2万例を超える内視鏡検査を施行してきた多田智裕は、現場の医師にかかる負担について、こう語る。

これまで内視鏡の画像をチェックし、病変を見つける作業は人力でしか行われてこなかったが、AI(人工知能)を使えば医師たちの負担を減らせるのではないか。そう考えた多田は2017年9月、内視鏡とAIを組み合わせることで全世界におけるがん見逃しゼロの実現を目指す医療スタートアップ「AIメディカルサービス」を立ち上げた。現在、同社代表取締役会長・CEOを務める。

同社は10月4日、グロービス・キャピタル・パートナーズ、WiL、Sony Innovation Fund by IGVなどが運営するファンドおよび複数の事業会社などを引受先とした総額46億円の資金調達を実施したことを明らかにした。

2018年8月にはインキュベイトファンドから約10億円を調達しており、経営陣の出資や国の助成などを含めると創業2年で累計62億円の調達となる。

今回の資金調達により、AIメディカルサービス臨床試験の推進、パイプラインの拡充、優秀な人材の獲得、設備投資などを行い、世界初・日本発のリアルタイム内視鏡AIの開発および薬事承認に向けた動きを加速させていくという

東大・松尾准教授の言葉が創業のきっかけに

代表の多田は、2006年に「ただともひろ胃腸科肛門科」を開業。十数年にわたって、内視鏡検査を施行してきた。ずっと現場に立ち続けてきたからこそ、医師たちの負担が大きいことは十分に分かっていた

どうしたらいいものか……。いろんな方法を考える中で、多田の耳に入ってきたのが東大・松尾准教授の話だった。

「松尾さんが『AIの画像認識能力が人間を上回り始めた』と仰っていたんです。その話を聞いたとき、AIを活用することで現場の苦しみを解決できるのではないか。そう思い、内視鏡とAIを組み合わせ、がんの見逃しゼロを目指す取り組みをスタートさせました」

 

約80の医療機関と提携。
 
AIメディカルサービスの創業にあたって、周りから「ビジネス周りを任せられる人がいた方がいい」と言われ、声をかけたのが代表取締役COOの山内善行だった。

 

 山内は2006年にQLifeを創業。日本最大級の病院検索・医療情報サイトを立ち上げたほか、ヤフーなどと資本提携を結び、製薬会社支援、医師・診療所向けサービスを手がけており医療ビジネスに精通している。

 

2016年にQLifeをエムスリーに売却しており、ちょうど次の挑戦を模索しているタイミングということもあり、創業のタイミングでAIメディカルサービスにジョインした。

 

 約80の医療機関と提携。良質かつ膨大な数の内視鏡画像を集める

 

同社の強みは医療機関との連携にある。日本有数の医療機関から膨大な数の内視鏡画像を集め、それを一枚ずつ精査し、AI用画像データベースを構築している。

 

それをもとに、多田は内視鏡画像からピロリ菌の感染診断を行うAIの開発に着手。開発を進めていった結果、医師23名の平均値をAIの診断精度上回った。その成果をピロリ菌AI診断論文として世の中に発表し、「EBioMedicine誌」に掲載されている。

 

その後、胃がんについても、がんの画像をもとに機械学習したAIを開発。世界初となる胃がん人工知能拾い上げ論文として、「Gastric Cancer誌」に掲載された実績を持つ。それらの実績が少しずつ知られていき、提携する医療機関は拡大。現時点で80施設と共同でディープラーニング(深層学習)を活用した内視鏡AIの研究を重ねている。

 

AIメディカルサービスが開発したAIは、6mm以上の胃がんは98%の精度で検出するほか、1画像の診断にかかる時間はわずか0.02秒。つまり、2296枚の画像を47秒で診断できるということになる

 

 「AIの開発においては、教師データ(AIに覚えさせるデータ)の質と量がカギを握ります。その点において、私たちは全国の有力病院と数十名の内視鏡専門医の協力を得ており、良質かつ膨大な数の画像を継続的に集めることができています」(多田)

 

 世界の内視鏡AI開発は「大腸ポリープ」「静止画」に関する取り組みが多いが、AIメディカルサービスは「早期の胃がん」を最初の製品化の対象とし、現在は「動画」対応のAIも開発。病変の検出、状態の判別、範囲表示まで一貫して行えるようにするという。

 

 「医師が診断しているところに、リアルタイムでAIが診断をサポートしていく。将来的にはそんな世界を実現していきたいと思っています」と多田。

 

 同社の内視鏡AIが臨床現場で使われる日は少し先になりそうだが、今回の調達で臨床試験も推進していく。まずは“胃がん”の検出から進めていき、最終的には消化器、すなわち「食道・胃~小腸・大腸」に対する内視鏡検査をAIが支援できるようにするという。

 

 日本から、世界の内視鏡医療に貢献する──AIメディカルサービスの挑戦はこれから本格化していく。
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新國 翔大

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191004-00030037-forbes-bus_all