ファーウェイ問題の核心

1/22(火) 18:17配信

ニューズウィーク日本版

ファーウェイが情報を盗んでいるという決定的な証拠は今のところない。世界有数の技術力を持ち、経済性にも優れたファーウェイ製品が使えないのであれば、5Gへの投資をしばらく猶予するというのも一つの選択肢ではないだろうか>
 

ファーウェイ(華為技術)はいま中国でもっとも高い技術力を持つ企業である。スマホや、スマホでの通信を支える基地局、通信ネットワークの機器を作って、世界じゅうに売っている。

華為Huaweiを米国に売ったのはZTEか?──中国ハイテク「30年内紛」


ファーウェイは10数年前までは日本のNECや富士通の後を追いかける存在だったが、今では移動通信の基地局ではスウェーデンのエリクソン、フィンランドのノキアと並ぶ世界三強の一角を占め、直近では世界1位である。スマホでも最近アップルを抜いて韓国のサムスンに次いで世界2位である。

こうした競争力は重厚な研究開発力に支えられている。従業員18万人のうち8万人が研究開発に従事し、2017年には売り上げの15%に相当する1兆5000億円以上を研究開発に投入した。

アメリカは早い段階からファーウェイに対して疑いの目を向けてきた。民間企業だと言っているが、本当は政府や軍の息がかかっているのではないか、製品のなかに「裏口」が仕掛けられていて、中国がそこから情報を抜き取れるようになっているのではないか、といった議論が議会で盛んに行われていた。


そうした疑念はオバマ政権の間は単に疑念というにとどまっていたが、中国たたきを身上とするトランプ氏が大統領に就任するに及んで、ファーウェイに対する苛烈なバッシングがアメリカ政府の政策として展開されるようになった。2018年4月には連邦通信委員会がファーウェイとZTE(中興通訊)の機器をアメリカの通信事業者が利用することを事実上禁じる方針を打ちだした。8月には2019年度国防権限法によってアメリカ政府の情報システムの調達からもファーウェイやZTEなどが排除された。

一方、日本ではファーウェイに対する攻撃は不思議と起きなかった。週刊誌は中国産食品を攻撃することには熱心だが、中国産通信機器の問題には関心がないようだ。

ところが2018年12月になって、日本政府は中央省庁や自衛隊が使う情報通信機器の調達においては機密漏洩を防ぐよう注意すべきだとの指針を打ち出した。菅官房長官は「特定の企業、機器を排除することを目的としたものではない」と説明したが、マスコミは、事実上ファーウェイ(華為技術)など中国製品の排除を意味すると解釈している。

さらに日本政府は情報通信や電力など重要インフラを担う民間企業に対しても情報漏洩の懸念がある機器を使わないよう要請した。これまた名指しはしないものの、事実上中国製品の排除を求めたものだという。


通信大手ではソフトバンク中国のファーウェイやZTE(中興通訊)の基地局を利用しているが、ソフトバンクは2019年春から整備を始める予定だった第5世代(5G)の機器だけでなく、現在使っている第4世代(4G)のファーウェイやZTEの基地局もノキア(フィンランド)とエリクソン(スウェーデン)のものに順次入れ替えていくことを決めた。

 

アメリカ政府が疑う理由
 

日本政府や産業界でファーウェイ機器のリスクがこれまで真剣に検討された様子はないが、それがここへ来て排除へ急展開してきたのは、アメリカが同盟国に対してファーウェイ製品を排除するよう強いプレッシャーをかけてきたからだとみられる。

それに対する日本政府の対応は実に玉虫色である。機器調達に際しては情報漏洩に注意する、というのは文字通りにとれば、ごく当然のことを言っているにすぎない。アメリカに対しては「実質的にはファーウェイとZTEの排除ということで皆が了解しています」と説明し、中国に対しては「当然の原則を示しただけです」と説明するつもりなのだろう。

問題は果たしてファーウェイの機器には本当に「裏口」があって情報が中国に漏れるリスクがあるのかどうかである。私に言えることは、これまでのところそうしたリスクの存在を裏付ける決定的な証拠は挙がっていないということだけである。

4Gの機器の場合には暗号化したデータを転送するので情報を抜き取ることは難しいが、5Gになると、伝送の途中でルーターを経由するところでいったん暗号を解除するため、そこで情報が抜き取れられる可能性はゼロではない、というのがソフトバンクの最高技術責任者の見立てである(「石川温のスマホ業界新聞」Vol.305)。

ただ、これは5G一般に言えることであり、ファーウェイだけにこの可能性があるというわけではないから、ファーウェイを排除する理由にはならない。

中国製品を警戒すべき論拠としてオーストラリアの政府高官は2017年に中国で制定された「国家情報法」をあげる(『Wedge』2019年1月号、國分俊史稿)。同法の7条では「いかなる組織も公民も国家の情報活動を支持、協力しなければならない」とされているのでファーウェイやZTEも、中国の公安機関に情報を出せと言われれば出すだろう、だからリスクがある、というのである。

ただ、組織犯罪の捜査という限定された範囲ではあれ、日本にも捜査機関による盗聴を認める「通信傍受法」がある。ファーウェイのことを危険だと言っている当のアメリカでは、国家安全保障局(NSA)がグーグル、アップル、フェイスブック、マイクロソフト、ベライゾンなどに協力させて国内外で非常に広範囲の情報を収集していることが元NSA職員のエドワード・スノーデン氏によって暴露された(『スノーデン 日本への警告』集英社新書)。

要するに、アメリカ政府は自分たちが情報の抜き取りをやっているから中国政府もファーウェイとZTEを利用してできるに違いない、だからそれを防がなければいけないと考えているようだ。

 
排除に積極的な日本

 

しかしここで日本がアメリカに言われるがままに中国産機器を追放するとしたら、アメリカによる情報抜き取りは大いに結構ですが中国はダメですと言っているようなものであり、国民としてとうてい納得できるものではない。EUのように、個人情報の保護とデータの国外への持ち出しに法の網をかけ、いかなる国によるものであれ、情報の不正な抜き取りは許さない体制を築くべきだと思う。

日本でにわかに起きたファーウェイ製品追放の動きは、私には2008年に中国産冷凍ギョーザに高濃度の農薬が仕込まれた事件のあとに起きた中国産食材追放の動きと重なって見える。当時、スーパーの棚から中国産と書かれた食材が撤去され、多くの中華料理店の店先には「当店では中国産食材は一切使っていません」という張り紙が出た。

テレビや週刊誌で連日「中国産食品の危険」が喧伝されるなかで、スーパーや中華料理店では顧客離れを防ごうとして、本当は危険などないとは知りつつも、中国産食材追放の風潮に同調せざるを得なかった。

しかし、実際には中国産食材を追放することは、食中毒のリスクを減らす対策として全く誤っていた。2013年には日本国内の工場で従業員により冷凍食品に農薬が仕込まれる事件が起き、厚生労働省の調べでは2800人以上がこの工場の製品を食べて食中毒になった。2家族が被害に遭った中国産ギョーザ事件とは桁違いである。どこの製品であろうとも工場、流通の各段階で検査を強化する、というのが本来取られるべき対策であったが、「日本産=安心、中国産=危険」という図式に多くの企業や国民が流された結果、甚大な被害が生じてしまったのである。

今回ソフトバンクが今後調達する5Gの機器だけでなく、現在使っている4Gの機器に関しても中国製を入れ替える方針を即座に決めたのも、風評被害による顧客離れを恐れたためであり本当に中国製にリスクがあると思ったわけではないと思う。実際、アメリカと諜報活動で協力する「ファイブアイズ」の構成員としていちはやくアメリカに同調する姿勢を見せたオーストラリアとニュージーランドでさえも4Gの通信機器に関しては依然として中国製を使い続けている(Light Reading, Dec.13, 2018)。

風評の火の粉が飛んでくる前に手を打ったソフトバンクの方針は、一企業の経営判断としては理解できるが、日本全体としては、中国製品を追放すれば安心だ、と思い込むのではなく、ここで立ち止まってデータの漏洩問題とそれに対する対策のあり方について真剣に検討すべきである。

 

ファーウェイの5G機器は3割安
 

ファーウェイら中国勢がとりわけ強みを持つのがTDD(時分割複信)の技術である。スマホと基地局との間では双方向にデータを送りあうが、上り(スマホ→基地局)と下り(基地局→スマホ)を分ける方式としてFDD(周波数分割複信)とTDDがある。道路にたとええて言えば、FDDは道路の上り・下りの車線を最初から分けてしまう方式、TDDは道路は常に一方通行であるものの、一方通行の方向が時間によって上りになったり下りになったりする方式である。道路で一方通行の方向がくるくる変わったりしたら車同士の正面衝突が起きるのは必至だが、電波は光速で飛んでいくので理論上はその心配はない。

5Gの技術については国際標準化機構(ISO)の場で世界的な技術標準作りが行われており、50項目に細分化されて標準が話し合われているが、ファーウェイはそのうち8項目を提案しており、10項目の提案を行っているチャイナ・モバイルに次いで第2位である。他にはエリクソンが6項目、クアルコムが5項目、ドコモとノキアがそれぞれ4項目と続いており、5Gでは中国勢が技術面で主導権を握りそうである(『観察者網』2018年12月24日)。

 

ブリティッシュ・テレコムの技術責任者は、5Gについてはファーウェイから最も優れた提案があるので「目下のところ真の5G機器サプライヤーといえるのはファーウェイだけだ。他社はファーウェイに学んで早く追いついてほしい」と言明している(Light Reading, Nov.21, 2018)。

』2018年12月14日)。技術面でも競合他社を上回っているとみられる。日本経済新聞の機器についていえばファーウェイ製品は競合他社に比べて3割も安い(『5Gは極めて優れた企業であるということに我々は注意すべきである。ファーウェイこの経済性と発展性という側面で、いま日本から排除されようとしている

情報通信機器については、メーカーが意図していなくても、脆弱性が発見されてそこがサイバー攻撃を受けるということは日常茶飯事である。ゼロ・リスクというのはしょせん無理な話で、経済性、セキュリティ、発展性などを天秤にかけて判断するしかない

データ問題となると情報セキュリティ専門家の領域であり、一般人には難しい話になりがちである。だが、これは一般市民や一般の企業に大いに関係がある話であり、非専門家の理解と判断が重要だと思う。防衛・軍事に対するシビリアン・コントロールは重要であり、それが失われれば際限のない軍備拡張になる恐れがあることはよく理解されているが、情報セキュリティ問題についても同様の危険性がある。

 

ファーウェイが技術力を高めた理由

 

 

FDDの場合、道路みたいに下り車線は渋滞しているが、上り車線はスカスカということが起こりうるが、TDDの場合、交通量に応じて上り・下りになる時間を調整できるので、同じ交通量を全体としてより狭い道路幅でさばくことができて効率的である。スマホだけでなく、自動車や家電製品などあらゆる機器がネットワークにつながり膨大な情報をやりとりする5Gでは、TDDの優位性が際立ってくるはずである。

中国勢がTDDに強くなったのはいわば「ケガの功名」である。中国政府は携帯電話が爆発的に普及した第2世代(2G)の時代(1990年代)にもっぱら欧米の機器に依存せざるをえなかったことから、2000年代の第3世代(3G)には独自の技術標準を打ち立てようと意気込んで、多額の国家資金を注いでファーウェイなど国内の企業に開発させた。有力だった日本・欧州の方式と北米の方式に対抗して中国が採用したのがTDD(3Gの時の名称はTD-SCDMA)である。

だが、上り・下りを時間によって切り替えるのは当時の技術水準では難しく、開発は難航した。日本では日欧方式による3Gのサービスが2001年に始まったのに、中国では政府がTDDが完成するまで3Gのサービス開始を認めない方針をとったため、2008年にようやくTDD、日欧方式、北米方式による3Gサービスが始まった。しかし、高速通信ができますと言っても、中国には当時消費者を高速通信に引き付ける魅力的なサービスがなかったので、第3世代のTDDは大失敗に終わった。

TDDの強みが生かされるようになったのはむしろ2010年以降の第4世代(4G)においてである。折しもこの頃からフィーチャーフォンからスマホに乗り換える人が日本でも中国でも増えてきたが、大勢の人が一斉に大量のデータを受信する時代になると、単一の通信方式ではなく、複数の方式で通信したほうがいいということになり、中国のみならず多くの国の通信事業者がFDD(4Gの時の名称はLTE)とTDD(4Gの時の名称はTD-LTE)を併用するようになった。5GになるとTDDを含めていろいろな方式で機器をネットワークに接続するようになるだろう。

日本の通信事業者が、経済性と発展性に優れた機器サプライヤーを排除して、果たして消費者にとって魅力のある5Gのサービスを適正な価格で提供できるのか疑問である。5Gへの投資を急がず、米中摩擦のほとぼりが冷めるまで様子を見るというのも一つの選択肢である。

 

 

 

丸川知雄(東京大学教授)

 

 

 

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190122-00010009-newsweek-int&pos=5