元東京地検特捜部エースが語る「日産VS.検察」の行方
次々と明るみに出る独裁者のカネをめぐる疑惑。ところが、検察も起訴への決め手がつかめず、苦しい状況なのも事実。「巨悪を眠らせない」元特捜の鬼部長が、今後の勝算をつまびらかにした。
「ゴーン氏は、いろんなところで日産のカネを使っているんだから、問題があることは間違いない。有価証券報告書の虚偽記載についても、起訴は難しいという意見が出ているようだけれど、問題がある以上、検察は徹底的にやっていくしかない」
本誌取材にこう口を開くのは、元東京地検特捜部長の石川達紘氏(79歳)である。元特捜のエースとして名高い石川氏は、元自民党副総裁の「政界のドン」金丸信脱税事件を指揮。
弁護士に転じた後も武富士の創業家一家の弁護人を務めるなど、数々の大型事件にかかわってきた人物だ。
日産のカルロス・ゴーン氏(64歳)、側近のグレッグ・ケリー氏(62歳)をめぐる逮捕劇を発端に、会社資産の私物化と思われるカネの動きが次々と明るみに出ている。
当初の容疑は'10年~'14年度の5年間における、有価証券報告書への役員報酬過少記載だが、疑惑は枚挙にいとまがない。
箇条書きで簡単にまとめると、
①日産出資のペーパーカンパニーを経由して、20億円超を私邸購入費用に、数千万円を家族旅行費に充てた
②リーマンショックの際、デリバティブ取引で生まれた個人的な資産の損失17億円を会社名義に付け替えていた
③'17年度の役員報酬も、報告書では7億3000万円と記載されていたが実際には約25億円だったなど、莫大なカネが、ゴーン氏の思いのままに動かせる仕組みになっていたことが明らかになった。
「(指示役の)ケリー氏に、適法にやってくれと相談した」と、悪びれる様子もなく容疑を否認しているゴーン氏を、検察はどこまで追及できるのか。
冒頭の石川氏は、日産の監査役から相談を持ち掛けられ、検察と西川廣人社長ら反ゴーン派を繋いだ人物と噂される人物だ。
ちなみに、石川氏は昨年2月に自身が運転する自動車で死亡事故を起こし、係争中の身である。昨年末、勤務する都内の法律事務所から出てきたところで、本誌記者が話を聞いた。
――石川さんは、日産と検察を繋いだキーマンだといわれているが、実際はどうなのか。
「いやいや、それは違うよ。(監査役の名前を聞いて)誰、それは知らないなあ。第一、事故のこともあったんだから、そんな弁護士のところに来るわけないだろう。関係がないよ、俺は」
日産社内の「クーデター」への関与は否定するものの、石川氏は検察が今後取るだろう戦略について話を続けた。
「たしかに、最初の容疑で言われている有価証券報告書の虚偽記載についても、会社との手続きをうまく通してやっているだろうから、犯罪を立証するのは難しいかもしれない。
だから、ゴーンも『適法だ』って言ってるわけでしょう。ただ、その手続きがちゃんとしたものなのかどうかというところが問題だと思う」
――検察が持っていきたいのは、特別背任?
「そうだ」
ゴーン氏の特別背任を証明するいちばんの「近道」だったのが、②デリバティブ取引の損失を、ゴーン氏が日産に付け替えたとされる事案だ。自分の資産運用の失敗を、会社のカネで補填したとすれば、「私物化」にほかならない。
――ただし、損失の付け替えは公訴時効を過ぎていますね?
「たしかにこの件は時効だ。しかし過去に会社の資産を個人的に動かしたという背景があることは、特別背任を立証していく上で、貴重な情報になっていく。状況証拠をつかんでいくということかな。
海外のペーパーカンパニーを使って、会社の資産を自宅に換えていたという話もあるけれど、海外の案件で落としきるのは無理だろう。
大事なのは、国内でそうしたカネの動きがあったかどうかをなんとか押さえていくことだ。たとえ帳簿的には問題がなかったとしても、実質的に会社の資産がゴーンの所得となっていることを示していく」
石川氏の見立てによると、当初の金融商品取引法違反では、故意か過失かに関係なく、記載すべき事項を怠った場合に処せられる「形式犯」にとどまる可能性が高いという。
今後、東京地検特捜部が狙っていくのは、不動産や金融資産を含め、書類上は日産や孫会社以下のペーパーカンパニーが所有していたとしても、実質的にはゴーン氏のものだったことを立証していくことになる。
こうした検察側の捜査に真っ向から対抗するのが、ゴーン氏の弁護を務める大鶴基成氏だ。
大鶴氏は元東京地検特捜部長としてライブドア事件などを指揮。現場派の検事として手腕を振るったが、'10年の陸山会事件においては虚偽の調査報告書問題で告発を受ける。
弁護士に転身したのちは、読売巨人軍の違法賭博問題の調査委員長などを務める。ちなみに石川氏が特捜部長だったころ、大鶴氏は地元・大分の地方検察官の三席だった。石川氏とは司法修習期で15期後輩だ。
――大鶴さんはどのような方針で弁護すると考えられるか。
「大鶴氏は頼まれた以上、無罪を主張しにいくだろう、情状酌量は狙わないんじゃないかな。
俺だったら徹底抗戦だ。具体的事実は知らない、故意はないということに結び付けようとするだろう。有価証券報告書についても、きちんと取締役会の承認を得ていて、記載漏れに関してはその必要があることを知らなかった、と。
裁判になったら、相手がヤメ検とかそういうのは関係ないからね。大鶴氏の辞め方は気の毒だったけど、彼も検察にいい感情を持っていない。普通の人は受けないような事件だが、彼が引き受けたのはそういったところもあったのかもしれない」
石川氏も指摘するとおり、検察がゴーン氏を特別背任で立件するまでの道のりは、非常に長いものになるとみられる。実際のところ、内部からも「逮捕は勇み足だったのではないか」と弱音が漏れはじめている。
「クーデターを企てた日産幹部の相談に乗ったのは、ヤメ検弁護士の熊田彰英氏。マジメで口が堅く、佐川宣寿前国税庁長官の証人喚問の補佐人を務めるなど、大物に引っ張りだこの人物です。
ところが、彼が所属するのぞみ総合法律事務所の上層部は肝を冷やしている。ゴーン氏が逮捕され、色々な事実が明らかになっても『これほどまで検察が決定的な証拠を押さえていないなんて、びっくりだ』と嘆息している」(日産関係者)
特捜に対峙する弁護士は先述した大鶴氏のほか、ケリー氏の弁護を務める喜田村洋一氏だ。集団訴訟に発展した'80年代の薬害エイズ事件を担当した「人権派」と、大鶴氏は共闘体制を取る。
「昨日の敵は今日の友というか、喜田村さんは検事時代の大鶴さんをコテンパンに批判してきた人ですからね。まだ深い打ち合わせはしていないみたいですが、喜田村さんは『あいつ、俺になんて言ってくるんだろうな』と笑っていたそうです。
大鶴さんはポジションを取るのが上手い人なので、今回の共闘もやりきると思いますが」(司法関係者)
ゴーン氏が仕組んでいた巧妙な資産迂回ルートの解明に、検察が頭を悩ませているのは間違いない。だが、ゴーン氏の会社資産の私物化に対して、クビ覚悟で告発をした日産幹部の志を無下にすることはできない。
ゴーン氏は、多額の報酬を退職後に受け取る契約になっていた。この理由について、逮捕後の氏は「社員の士気が下がるから、報酬を少なく見せるようにした」と話す。
社員の気持ちを逆なでするような理屈だ。
いずれにしても、検察が刑事訴訟で有罪を勝ち取れなければ、大変なことになる。ゴーン氏は国、そして世界各国の日産を相手に民事訴訟を起こし、100億円単位の損害賠償を請求するだろう。
「'10年の大阪地検特捜部の証拠改竄事件以来、日本の検察の名誉挽回は至上命令。適用2例目にして司法取引が形骸化すれば、検察の権威は地に落ちたも同然です。
さらに、ゴーン氏は『世界最強』と目される米国の法律事務所とも契約を結んだ。日本の刑事訴訟には関与してきませんが、今後、世界各地で起こすであろう民事訴訟に向けて先手を打ったというわけです」(全国紙司法担当記者)
ゴーンVS.検察の「役者」は出揃った。絶対に負けられない闘いは、ひとまず続くことになるだろう。
「週刊現代」2018年12月15日号より
週刊現代
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