赤き竜の慟哭 (14) | こころ、しばり、――鬼と鬼祓いのふれあいファンタジー

赤き竜の慟哭 (14)

目次から読む




いつも通りの朝だった。
スープをこしらえたユビが、森に果物を採りに行く。紅が目覚めるころには戻ってこられるだろう。
けれど、戻ったユビの前にあったのは、いつも通りの光景ではなかった。
開け放されたドア。荒らされた室内。鼻を突く、むせかえるような血の匂い……。
心臓を奪われて打ち捨てられた紅をベッドへ運び、自分の生命力を注いだ。
色を失くした紅の頬に、わずかに赤みがさしたのを確認すると、ユビはほっと息をついた。
冷たい手を握り締めたまま目を閉じた。
その先のことは分からない。
彼が目覚めたのは、それから百年経ってのことだったから。




百年の間にあったことを、紅がポツリポツリと話し出した。絶対に離すまいと、ユビの手を握り締めた指先が白くなっていた。



それは。
ただひたすら、待つ日々だった。
ユビはいつか目を覚ますと。それだけを信じて、祈って。長い長い百年だった。

家にあった食料は、すぐに尽きた。
貯金の場所も買い物の仕方も知らない紅は、ほとんどの日は森になっていた果物で食いつないだ。
魚を獲ろうとしてもうまくいかない。仕方なくドラゴンの姿で川に入り、口を開けて魚が入ってくるのを待った。それを焼いて食べたこともあったが、塩も醤油も使い果たし、生焼けだったり黒こげだったりの魚は味気ないことこの上なかった。
食用のキノコと毒キノコの区別がつかず、動けなくなることも多々あった。
時々、あのオスのレッドドラゴンがパンや調理した肉を持ってやって来ては、何もできない紅の世話を焼いて帰って行った。彼は何度言っても覚えようとしない紅に焦れて、『フィン』と自分の名前を書いた紙を、部屋の壁に貼り付けていた。
フィンは時折、周辺のモンスターを脅して追っ払っていたようだった。ドラゴンの威厳のかけらもなくめそめそして暮らしていた紅が、度々森の中で襲われるようになったからだ。
顔も見たことのない人間たちに襲われた恐怖を抑え込み、イサキに助けを求めようと森の外に出ようとすれば、森にいるのよりも高レベルのモンスターにいじめられた。
ささやかな二人の家はやがて、隙間風が吹くようになり、雨漏りがひどくなって、紅はやっとの思いで近くの洞窟にユビを運び込んだ……。






「ひゃ、百年間村に現れなかったのは、それが理由か!?」
イサキが頭を抱えて呻いた。ユビは「ごめんな、紅。俺が家事の一つも教えておかなかったばっかりに!」と紅を抱きしめた。セツナは横を向いて、肩を震わせていた。
「笑っちゃ悪いですよ……」
芹がその肩をつつくと、セツナは「悪い悪い」と言って目尻の涙を拭った。
「よ、要するに、この村が襲われたのは、復讐じゃなくて、縄張り荒らしだったわけか。それどころか、そのフィンってドラゴンに守られてたんだろ。おかしいと思ったんだよな、百年間モンスターに襲われ続けた村が、ついこないだまで一人の死者も出てなかったってーのはさ」
「ごめん、イサキ。僕のせいで、村まで襲われてたなんて……」
縄張りだなんて、全然そんなつもりなかったのに。紅がそう言ってうなだれると、イサキはあわてて手を振った。
「こちらこそすまなかった。そんなこととも知らず、おまえを退治しようだなんて。意を決して森から出てきたのに攻撃されて、さぞかし怖かっただろう」
「なんだよその目は! 俺が悪いみたいに言うなよな。大体、俺の矢なんて結局何のダメージにもなってなかったんだろ?」
「え?」
憤慨したセツナの言葉に、芹が目を瞬かせる。言われてみれば、二度矢を受けたはずの紅に、今はもう傷一つ見受けられない。あれからまだ二時間も経っていないというのに、だ。
「でも、あんなに悲鳴をあげて落っこちたのに……」
「だって、びっくりしたんだもん」
紅が赤い顔をして芹を睨みつけた。




つづく。




人気blogランキングへ