前回に引き続きまひる野6月号掲載の「新進特集 わたしの郷土・わたしの街」について書きます。
蚊の腹にゆれつつ飛べるわれの血のいま川境越えたあたりか
狩峰隆希「ミカエル」
蚊の姿のアップからぐい~っとズームアウトして川(と街)を見下ろす俯瞰の映像へ。そんな場面を想像した。『シン・ゴジラ』で自衛隊のヘリが攻撃に行くときもこんなカメラワークをしていたような気がする。長い、粘りのあるワンカット。緩急のある韻律が一首に流れる時間のスピードをコントロールしているように感じる。この夏、たくさんの血がゆらゆらと空を飛んでいるのだなあ。
狩峰さんの文章は「ふるさと」という言葉について、内藤明や石井大成、若山牧水の歌を通して思考している。
「一度宮崎を離れ、流れるまま戻ってきた自分が、宮崎の何かを語り、何かを背負う。そのことに今は強い躊躇いを感じる。」という箇所にはハッとさせられた。
壮年期はくるくるパーマの祖母の髪母切りたれば直毛と知る
久納美輝「仏滅だから」
「直毛と知る」のが誰なのか最初わからなかったんだけど、これは孫である主体からの視点なんだろうな。孫にとっては生まれたときからおばあちゃんは「壮年期」だったことを考えると。「くるくるパーマ」の姿しか知らないから「くるくるパーマ」の人としてしか認識していなかったおばあちゃんが、髪を短くしたときに直毛だったんだと気づく。わたしはその気づきよりも、お母さんはずっとそのことを知っていたんだなと思って、その二人の関係のほうにぐっとくる。
文章のほうは愛知淑徳大学からの短歌のルーツについて、島田修三と森井マスミの歌を引用しながら回想する。まひる野にとって名古屋っていうのはやっぱり特別な場所なんだな(ここで島田修三をもってくるのはちょっとずるいな~と思ったりもするけどね)。
雨に濡れずに第五校舎へ入る道を教えてもらう錆びた扉(と)を押す
滝本賢太郎「炎、熾せば」
遠そう、と思いました。初句の7音、三句の6音の間延びする感じとか、「第五校舎」の「五」のあたりが。こちらは距離の話だけど、「錆びた扉(と)」なんかには時間の長さのほうも感じる。扉のこちら側は雨、ならば一首の後に響くのは痛いくらいの静けさだろう。
文章は東京の馬込に住んでいた三島由紀夫と、その死を詠んだ村上一郎の、熱烈ともいえる歌について。毒を以て毒を制す、といったら変かもしれないけど、滝本さんだから書ける文章だなと思う。
また朝になるって信じられなくてプラネタリウムに怯む手のひら
塚田千束「みんな狩人」
人工的に映し出される圧倒的な星とともに、圧倒的な闇、圧倒的な孤独、圧倒的な現実、というものをイメージした。プラネタリウムは夜の星空を見せたあとは「東の空から朝日が昇ってきました」みたいなセリフを合図に朝になる、必ず。そこで「手のひら」が「怯む」のはなぜだろう。もしかしたらその圧倒的な夜に、不思議な心地よさがあることを主体は知っているからだろうか。
旭川にお住いの塚田さんの文章は作歌・三浦綾子の歌について。土地の風土と作家性について、北海道の冬のイメージ豊かに書いています。
うつせみの、と枕詞をつけてする母校の話 密かな眠り
藤原奏「廃校」
「うつせみの」は人、世、命などにかかる枕詞。虚しさやはかなさを表現する言葉が、この歌では少子化とか過疎化で廃校になってしまった「母校」にかかっている。からっぽの校舎と「空蝉」もかかっているんだと思う。「密かな眠り」をどう捉えるかが微妙ですが、抜け殻になった校舎が蝉の抜け殻ようにそっと眠っているということなのかなあ。理屈っぽすぎるかな。
文章は岡山の大学で、短歌会の仲間と過ごした図書館の会議室の思い出について。無機質な会議室がかけがえのない場所ってすごく素敵だと思った。岡山はいつか行ってみたい場所のひとつ。
焼きそばはひっくり返って右を向く サラリーマンがキスをしている
𠮷岡優里「さくらのあそび」
お花見の時期の歌。「焼きそばはひっくり返って右を向く」にびっくりしたけど、焼きそばって右を向いたり左を向いたりするんだっけ?しかもひっくり返ったあとに?考えてみると確かにいろんな方向を向いているような……(ヘラによってだけど)。
面白いのは「右を向く」で視点も右にパーンされるところ。主体目線で焼きそばを見ていたはずなのに、右を向いてその先にサラリーマンたちを見ているのは焼きそばの目線のように錯覚してしまう。しかも「サラリーマンがキスをしている」という書き方、わたしはサラリーマン同士がキスしているように見える。酔っ払いを想像する。花見の夜の、楽しさと混乱がキッチュに描かれていて好きな歌です。
文章は九州の中間市という街出身の小田宅子という歌人について。江戸後期に活躍した人で、田辺聖子によって小説にもなってるそうです。小原さんや伊藤さんの文章もだけど、調査している感じがあるとわくわする。彼女の歌が一首でも読めたらよかったな。
以上、拙い評でしたがみなさんのお役に立てればさいわいです。