壁マネジャー
現在、経営している会社では「絶対達成ストロング研修」を実施しています。
▼絶対達成ストロング研修スタート▼
http://www.benkan.co.jp/news/7336.html
講師は、「壁マネジメント」でお馴染の経営コンサルタントである山北 陽平先生です。
山北先生は、9月8日に出版した著書「結果を出すリーダーほど動かない」が発売5日で3刷が決定するほど話題になっています。
購読された方はご存知かと思いますが、その書籍も「壁マネジメント」がベース理論となっています。
壁マネジメントとは、マネージャーが壁になってルールを守らない人を止めること。
結果の出ていない組織では、良いルールがないか、ルールが守られていないのです。
「指示だけマネージャー」を続けている限り、部下の行動は変わりません。
必要なのは、できるようにさせるまでのかかわり方です。
壁マネジメントとは、目標を達成するための中間成果とも言うべき「行動ルール」を徹底しようとせずに妥協して逃げようとする部下に対して、壁をなって徹底させることです。
※行動ルールは限度を超えた無謀なものであってはなりません。
マネジメントサイクルと呼ばれる「PDCAサイクル」で言えば、Pで「行動ルール」を決めて、Dで「行動ルール」をやり切ります。
それによって初めて、Cで評価・検証が出来ますし、より成果獲得が可能なAである改善行動に移すことが可能となるのです。
▼PDCAサイクル▼
http://www.benkan.co.jp/column/5626.html
しかし、「行動ルール」を設定できないマネジャー
あるいは、「行動ルール」を守る指示だけして、その後のフォローができない多くのマネジャーを見てきました。
酷いと、部下に嫌われたくないために、ご機嫌取りをする人もいました。
しかし、目標を達成するために必要として設定した中間成果である「行動ルール」です。
仮説で設定した「行動ルール」であれば、徹底したからと言って、必ず、目標を達成する保証はありません。
しかし、徹底しなければ、確実に達成しないのです。
守らないと言うことは、目標を達成することを放棄したも同然です。
▼メンタルタフネス▼
http://www.benkan.co.jp/column/7421.html
にも関わらず、「行動ルール」を守れない部下を叱ることが出来ないマネジャーとは何者なのでしょうか?
テレビ番組の特集「過剰⁈なニッポン」にて、「叱られ方セミナー」と言うものがあると知りました。
えっ?と思いましたが、興味あるところもあったので、検索してみました。
https://www.j-cast.com/2016/07/08272038.html?p=all
最近、思うのは「行動ルール」を守らないことに対して、叱られるのが嫌なのか、言い訳をする人がいます。
テレビの報道番組に、自分の秘書に対して暴言・暴行を加えたとして渦中の人となっていた国会議員が出演しておりました。
おそらく、謝罪が目的であったのでしょうが、議員からは謝罪以上に言い訳的な釈明に終始しておりました。
結果、反省して、今後の行動を正そうとしているように感じられないものでした。
そもそも感情的に怒るのとは違って、叱るとは理由がある行為です。
この場合は、「行動ルール」を守らないと言うことに尽きます。
それを素直に受け入れて反省するどころか、言い訳しているようでは話になりません。
なるほど、甘やかされて育った世代には、叱られる経験も少なく、結果、叱られ方を学ぶことも必要な時代なのかと複雑に思えました。
そして、言えること・・・
確かに「行動ルール」を守ろうとしない部下にも問題はありますが、それを守らせようとできないマネジャーの方が責任は重いと言うことです。
放任と過干渉
優れた指導者の中には、子供たちに考えさせることを尊重して細かい指導を一切されない方がいます。
子供たちの自律を育む上で大切な姿勢であると考えます。
しかし、行き過ぎると「放任」となってしまう子も現れてしまうので諸刃の剣なのではないかと危惧していました。
反対に何でも事細かい指導をし、試合の際には、その動きまでも細かく指示を出す指導者もいます。
試合後、自分の指示通りに動けなかった子に対しては、手を上げる指導者も何度か見ました。
「過干渉」で指導された子は、自律が損なわれ、何れ自分で考えて動くことが出来なくなります。
実際、私は長男に対して、「過干渉」であったと強く反省しています。
結局は、バランスであると思います。
初心者や小学低学年の子に、自分で考えることを求めても、経験が浅いだけに限界があります。
対して、自分で考えることが養われつつある中学生以上であれば、自分で考える機会を与えてあげるべきだと思います。
例えば・・・
小学低学年であれば、9教えて、1考えさせる。
小学中学年であれば、8教えて、2考えさせる。
小学高学年であれば、7教えて、3考えさせる。
中学生であれば、5教えて、5考えさせる。
高校生であれば、3教えて、7考えさせる。
社会人であれば、1教えて、9考えさせる。
こんな感じです。
特に中学生以上ともなれば、考えさせることを主体にして要所要所で指導者が介入して行く姿勢が大切なのかと思います。
指導者のスタイルを私なりに観察してみると、大きく3つあるかと思います。
①問題があったら即座に介入するスタイル。
②定期的に報告させて、それに応える形で介入するスタイル。
③選手から相談してくるのをジッと待って、相談してきた時に介入するスタイル。
冒頭で、子供たちに考えさせることを尊重して細かい指導を一切されない方がいると書きましたが実際には、③であるケースが多いのかもしれません。
私は、正直③を実践できる様な器の大きさはありません。
①と②の複合タイプかと思います。
但し、①が強すぎると「過干渉」になってしまうので、意識するようにしています。
また、②は、子供たちに日誌的なノートを書かせて、確認する様にしています。
これは、仕事でも同様です。
▼壁マネジャーの存在意義▼
http://www.benkan.co.jp/column/8887.html
時々、部下に嫌われたくないために叱ることの出来ないマネジャーがいます。
これは、ある意味、「放任」です。
もっと異なる表現をするならば、上っ面はイイ人でも、中身は無責任な丸投げ主義者だと思います。
対して、事細かに指示を出し、その通りに動けない部下に対して、ヒステリックになるマイクロマネジメントのマネジャーもいます。
これは、ある意味「過干渉」です。
大切なのは部下の技量を見極めて、「放任」しているかの如く自由に行動させつつも、何らかの形で、その行動を評価、検証し、より成長を促すための介入と言う指導ができるマネジャーなのかと思います。
期待とのギャップ
私の好きな漫画に高校バレーボールを舞台にした「ハイキュー」があります。
それぞれの登場人物の課題に焦点を当てたストーリーは、自分の体験と重ねて想いが入ります。
例えば、スパイカーで、成長したい想いが満々なのに、身長が低い選手が登場します。
スパイカーが身長が低いと不利なのは、バレーボールに詳しくない方だって知っていると思います。
反対に身長が高くて、洞察力があるなど素質豊かなのにも関わらず、自尊心だけはあるものの今一つ、高いレベルに挑もうとしない選手がいます。
あたりまえですが、現状のレベルに身を置くことに甘んじていたら成長なんてあり得ません。
▼オーバーロードの原則▼
http://www.benkan.co.jp/column/7102.html
これ漫画の世界だけではありません。
これまで、素質がありながら、柔道を辞めて行った子たち、あるいは、もっと意欲的に取り組めば、強くなれるのに、いまひとつギヤを上げようとしない子たちをたくさん見てきました。
不器用でも、強くなりたくて、必死に高いレベルに挑もうしている子からした、本当に素質は羨ましいはずです。
その素質を無駄に放棄してしまう子を妬ましく思うかもしれません。
▼不器用のススメ▼
http://www.benkan.co.jp/column/5420.html
指導者の立場からしたら、勝手に期待していると言われるかもしれません。
しかし、期待って、見えるから期待したくもなります。
だからこそ、やはり勿体無いと思ってしまいます。
仕事でも同じです。
確かに成長するには、新しい課題に挑まなければなりません。
▼環境変化への対応力▼
http://www.benkan.co.jp/column/5396.html
それでも、十分に期待に応えることのできる素質もあるのに…
期待って、期待する側の勝手な押し付けでもあるのだと思います。
互いの価値観のギャップ…
互いの想いのギャップ…
何事でも、伝わらないって、本当に悔しいですね。
ところで、長身なのに今一つ、成長しようとする意欲の希薄な漫画の選手。
成長しようと奮闘する背の低い選手に刺激されて、少しづつ覚醒して行きます。
▼現状維持バイアス▼
http://www.benkan.co.jp/column/6387.html
正に現状維持バイアスを破ろうとしているんですね。
漫画ですが、応援してしまいます。
そして、現実に重ねて、踏み出せない人たちを応援したくなります。