横行するダブルスタンダード・・・映画「靖国」上映中止 | 日々修行、今日も明日もあさっても!

社民・福島氏、「靖国」自主上映を検討
2008年04月02日19時57分


社民党の福島党首は2日の記者会見で、超党派の国会議員に呼びかけ、ドキュメンタリー映画「靖国」の自主上映を検討する考えを示した。


福島氏は「日本の表現の自由の危機だ。全力を挙げておかしいと言う」と語った。国会議員向けの異例の試写会が開かれた後、上映予定の映画館が街宣車などによる抗議を受けたとして、福島氏は「上映前に国会議員が介入して、結果的に中止に追い込ませた」と批判した。


http://www.asahi.com/national/update/0402/TKY200804020305.html



文化庁の資金協力を得て、中国人映画監督により撮られた映画「靖国」については朝日新聞の社説や2日の天声人語、その他新聞各紙でも大きく取り上げられています。

中国人が「靖国」をどう捕らえて表現するのか、非常に興味深い映画であり、機会があればぜひ見てみたい映画ですが、非常に残念な事態になってしまっているようです。


表現の自由は民主主義を支えるバックボーンとも言える重要なものであり、これを侵害し封殺する暴挙は絶対に許されてはなりません。

自己の思想・信条と相対立する内容の表現であっても、それを力で、特に多数派の力で封じ込めようとすることは正に暴力であり、絶対に看過されてはならない犯罪です。

日本の映画人も街宣車による妨害などの万難を廃してこの映画「靖国」を当初の予定通り上映できるよう努力すべきです。


福島瑞穂 社民党党首の言葉は正に正論です!



実は映画など映像表現が大きな力によって圧殺されようとした、日本の表現の自由が破壊されようとした由々しき事件が「靖国」以前にもありました。


日本青年会議所が作成したアニメDVD「誇り」と言う作品があります。

靖国神社の前で過去から来た青年が現代人の少女と先の大戦について語り合うと言う内容の作品ですが、社民党・共産党はこの作品を激しく攻撃しました。

作品の内容は彼らの奉ずる歴史観・政治的信条と真っ向から対立するものだったようです。

しかし、内容の是非は別にして、小なりとはいえ国会に議席を有する政党が力で「表現」を圧殺しようとすることは、日本の表現の自由を破壊する危険な行動ではないでしょうか?

(参考記事:しんぶん赤旗 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-05-18/2007051803_01_0.html  )



2001年5月に公開された日本とインドネシアの合作映画「ムルデカ 17805」という映画があります。

「ムルデカ」とはインドネシア語で「独立」を表す言葉であり、「17805」とはインドネシアの独立宣言文書に記された日付「皇紀2005年8月17日」を表す数字だそうです。

映画の内容は、日本敗戦後、独立戦争を戦ったインドネシア人達と日本敗戦後もインドネシアに残り、独立戦争に身を投じた日本軍人の姿を描いたものです。

インドネシア残留日本軍人がインドネシア独立戦争をインドネシア人と共に戦ったのは、あまり知られてはいませんが紛れもない史実です。

この映画も「侵略戦争美化」等のいつものフレーズで扱き下ろされ、上映阻止運動も起こりました。

批判の急先鋒に立ったのは例によって共産党・社民党であり、映画人の中からさえ上映阻止の動きがありました。

(参考ページ:映画の自由と真実を守るネットワーク http://www.ei-en.net/frenet/melapp.htm  )


そして、以前に取り上げたこともある「プライド 運命の瞬間」

1998年5月に公開されたこの映画は、A級戦犯として絞首刑とされた東条英機を主人公として極東軍事裁判での彼の戦いを描いた作品ですが、この作品も教職員組合や映画制作会社関連の労組、各左翼団体による上映反対運動や上映映画館に対する脅迫が行われました。

当時の報道について私の記憶している範囲では、「プライド」の内容を問題にするものばかりで、妨害行為を糾弾する論調は内容批判と比較して非常に弱いものでした。

しかし、これも表現の自由を危機に晒す蛮行には違いがありません。


「プライド」騒動が過熱していた折、もうひとつの映画に関わる事件がありました。

映画「南京1937」上映妨害事件です。

上映スクリーンが切り裂かれるなどしたこの事件は、物議を醸していた「プライド」を引き合いに出して「戦争を美化する右翼論者の暴挙」として激しく糾弾されました。

「自己の思想・政治的信条と矛盾する表現を力によって封殺する、表現の自由を危機に陥れる重大犯罪」である点で、「南京1937」に対する妨害行為も「プライド」に対する妨害行為も、共通のものです。

背景となる思想は違っても、その犯罪性や行為の醜悪さでは共通のはずです。

しかし、「靖国」「南京1937」と「プライド」「ムルデカ17805」に対するマスコミや政治家、市民団体などの対応の差は何なのでしょうか?

(参考ページ:ノーモア南京の会 http://www.jca.apc.org/nmnankin/news3-5.html  )


近い将来、「靖国」以上の物議を醸しそうな映画として水島総 監督の「南京の真実」があります。

シリーズ3部作の第一弾「7人の死刑囚」は完成し1月から試写会が行われているということです。

この映画は「南京事件は事実に基づかない政治的創作である」という立場で描かれた作品であり、特に左翼論者や社民党・共産党により激しい内容批判が行われることは必至です。

しかし、内容批判を超え、脅迫や街宣、座り込みやデモと言った、「表現行為自体を封殺する暴挙」が行われたとき、福島瑞穂 社民党党首朝日新聞などのマスコミ各社、表現の自由を声高に叫んでいる人々は「靖国」で示したスタンスを維持できるのでしょうか?

大いに見ものであります。


表現の自由を力で圧殺する行為は民主主義社会に対する許すべからざる犯罪である。

徹底的に糾弾すべきである。

しかし、思想内容で態度を変転するダブルスタンダードは、この上なく醜い精神の腐敗である


少々長くなりました。


あなたのハートには何が残りましたか? (木村奈緒子 風に)