ニール15歳のある日のこと。兄の部屋からとある音楽が聴こえてきた。
ニールは思わず兄の部屋のドアを開けて質問をした。
「これ、なに?」
すると兄はなげやりな口調でいった。
「喧嘩した罰だってよ」
それは兄が宿題として感想文を書くように持ち返されたCDで、オペラの名曲≪誰も寝てはならぬ≫だった。
目を閉じて聞き入るニール。生まれてはじめて聴くオペラの美しさに、ニールは完全に心奪われることとなった。
オペラ歌手になりたい━━大きな夢が芽生え、ニールは毎日ひとりで歌の練習に励むようになっていった。
そんなある日、学校の昼休みに外で歌をうたっていたときのことだった。ニールがうたい終えるとどこからか小さな拍手が聞こえてきたのだ。
「えっ!?」
ニールは驚いて拍手の方向を振り向くと、そこにはひとりの男性教師の姿があった。彼がニールにいう。
「うちの部でうたってみないか?」
コーラス部からのスカウトだったのである。
それからニールはコーラス部の一員として、町の教会などでクラシックの歌を披露するようになっていった。
オペラを目指すニールはクラシックなどうたったことはなかったが、人前でうたうことの喜びに酔いしれた。
しかし━━。
「やだ、なにあの子」
「どうして黒人の子がソロをうたうのかしら?」
「せっかくの合唱が台無しね」
ため気をついてうつむくニール。黒人であるニールへの町の人々の視線は相変わらず冷たかった。
しかし、そんな中、満面の笑みを浮かべてただひとり立ち上がって拍手をする人物がいた。母のエスターである。彼女はニールにいう。
「ニール、あなたの唄は本当にすばらしかったわ」
「ママ……」
「歌に肌の色なんか関係ない」
エスターに励まされたニールは本格的にプロのオペラ歌手を目指そうと、名門音楽大学の資料を取り寄せた。
が━━その学費は到底手の届く金額ではなかった……。
働きづめの生活で日々疲れきっている母に、これ以上負担をかけるわけにはいかない。早く自分が働き、母に楽をさせてあげたかった。
ニールは自分の夢を封印することにした……。