ダブはトレーナー契約をしたボクサーを鍛える一方で、ジェリーにボクシングの技術をたたきこんでいった。するとジェリーは意外と筋がよく、どんどん上達していった。
練習後、ジェリーがダブに近づく。
「ダブ、待ってくれ。これ受け取ってくれ」
「なんだ?」
「トレーニング料だよ」
しかし、ダブははっきりと断る。
「いらん。ド素人から金をとったらダブ・ハントリーの名が廃る」
「ダブ……」ジェリーは立ち去るダブの背中を見つめるだけだった。
実はアメリカではボクサーはジムに所属するのではなく、トレーナーと個人的に契約を結ぶのが普通。トレーニング料はわずかで、選手のファイトマネーのわずか10%がおもな収入源だった。
さらにダブの育てる選手の中で試合に出られる者は少なく、早朝から倉庫の積み荷のバイトをしながらギリギリの生活をおくっていた。それでもダブは定職についていないジェリーから、トレーニング料を一銭も受け取ろうとはしなかった。
「ワンツー、OK」
ミット打ちの練習を終えたダブにジェリーが声をかける。
「ダブ、ちょっといいか」
「あ?」
「練習が終わったらちょっと付き合ってくれ」
━━そこはナイトクラブのカウンターの奥。蝶ネクタイ姿のダブを見てジェリーがつぶやいた。
「なかなか似合ってるぜ」
実はダブの窮状を見かねたジェリーが、自分の働くナイトクラブでダブも働けるように取り計らったのだ。
しかし、ダブは店内を見渡してつぶやく。
「ジェリー、この店やばいぜ。白人ばっかりだ……」
当時のアメリカの黒人差別は今より激しく、ダブがためらうのも無理はなかった。
「大丈夫さ。白人相手の店のほうが実入りがよくて楽なんだ」
「わかった……」
しかし、ある日のことだった。仕事中のダブに白人の男性客が詰め寄る。
「おい!黒人野郎がここでなにしてやがる?」
無視をして作業を続けるダブに白人客がつけあがる。
「聞いてんのか、この腰抜け!」
ダブが白人客をたたきのめすのは簡単だったが、プロのボクシングトレーナーが素人と喧嘩などするわけにはいかない。ダブは拳を握りしめて怒りをこらえるだけだった。
と、そのとき、ジェリーがやってくる。
「お客さん、ここじゃ迷惑なんで表出ましょうか?」
━━客に殴られ、倒れ込むジェリー。その彼に客が罵声を浴びせる。
「よえーくせにいきがってんじゃねーぞコラ!ケケケケケ」
客が姿を消すと、ダブが倒れ込むジェリーに近づく。
「ジェリー、どうして殴り返さなかったか?」
「あんたに教えてもらったボクシングを喧嘩なんかに使えないだろ」
「おまえ……」
「心配ないさ。俺がついてる。なにも悪いことは起きないさ」
いつかふたりの間にボクシングの師匠と弟子以上の友情が芽生え出していた。