江原啓之の説
たましいが肉体に宿る。それが命の始まりです。命とは、そもそもスピリチュアルなものなのです。
そして第二の死を経て霊界に入り、グループ・ソウルに戻ったたましいは、再生を決意します。そして自分で今生の課題を選び、その学びに必要な親を選んで生まれてくるのです。
子どもはよく「産んでくれなんて頼んだ覚えはない」と憎まれ口をたたきますが、それは違います。
人はみんな自分で親を選んで、現世に生まれ落ちてくるのです。
メシアの論証
たしかに親子にもかかわらず、本当に仲の悪い親子はゴミのように存在する。
しかし、どんなに仲が悪く好きになれない親でも、ある意味では反面教師となって自分の精神的な成長にプラスに働く場合もある。江原啓之の説はおそらくこんな感じなのだと思われる。
が、残念ながら江原啓之のこの説には明白な欠点がある。
『親の虐待で殺された子供たちはどうなってしまうのだ?』━━というものだ。
子供たちは人生の学びに必要な親を選んでみずから生まれたというが、親の虐待で殺された子供たちは親に虐待で殺されるということを学ぶために残忍な親を選んで生まれたというのか?
それに親の虐待で殺される子供たちは、ほとんど10歳未満の年齢である。ものごころつくのが3歳くらいとしたら、人生の勉強をする期間はわずか7年間くらいになってしまう。親の虐待で殺された子供たちはその7年間の間に、いったい残忍な親からどのようなものを学んだというのだろうか……?
このように考えを進めていくと、江原啓之の説には無理が出てくるのである。