人気マジシャン、セロ。
その驚異のサプライズの数々は改まっていうまでもないのだが、セロの数ある驚異のサプライズの中で私が最も度肝を抜かれ、最も愕然とさせられたのが、トランプのカードを使った視聴者参加のサプライズである。
まず10枚ほどのカードが画面にあらわれ、その中から好きなカードを1枚選び、テレビの中のVTRのセロが選んだカードを当てるのである。
私はダイヤだったかクイーンだったか種類までは覚えていないが7のカードを選んだ。そして見事テレビの中のVTRのセロは、私が7のカードを選んだことを的中させたのである。
『選んだカードを当てるマジックで度肝を抜かれて愕然としただと?そんなのより遥かにすごいサプライズをセロはたくさんやっているではないか』と思われるかもしれない。しかし、このときのカードサプライズこそが、私の中でのセロのナンバーワンサプライズなのである。
では、なぜよくありがちなカードマジックに愕然としたのかを説明したいと思う。
私は今7のカードを選んだと書いたが、実はそれは2回目のカードチョイスタイムのときで、1回目のカードチョイスタイムのときは5のカードを選んだのである。つまりカードチョイスタイムは2回あったということなのである。
1回目のとき、私は5のカードを選んだ。しかし、すぐにはサプライズにはいかずCMに入った。そしてCMが明けてから再び10枚ほどのカードが画面にあらわれ、なんとなく5のカードのそばにあった7のカードに変えてみたのである。それをセロに的中させられたというわけなのだ。
……私がテレビの前でブルブルッと慄然とした理由がわかっただろうか?
1回目のカードチョイスタイムのときに5のカードを選んだと書いたが、もしもCMに行かずにそのままサプライズに移っていたら、セロは私の選んだカードを当て損ねることになっていたのだ。つまり1回目のカードチョイスタイムと2回目のカードチョイスタイムの合間に流れたCMの中に、想像を絶するなんらかのトリックが隠されていたということなのである。
私は1回目のカードチョイスタイムのとき、5のカードを選んだ。しかしすぐにはサプライズには行かず、いったんCMが入った。そのCMが流れている間にセロは、私に5のカードから7のカードに選び直すようになんらかの、なんらかのトリックを施したのである。
果たして、2回のカードチョイスタイムの間に流れたCMの中に、いったいどんなトリックが隠されていたというのか?……サブリミナル効果?……私はまったく意識することはできなかったが、ひょっとするとセロは1回目のカードチョイスタイムと2回目のカードチョイスタイムの合間に流れるCMの中に、視聴者の私の脳に7の数字を植え付けるような細工をしていたのかもしれない。そのために無意識のうちに5のカードをやめて7のカードを選び直してしまった……しかし、私はこの可能性をすぐに切り捨てた。なぜなら視聴者は私ひとりだけではなく、全国に何百万といたからである。
おそらく全国の何百万という視聴者もひとり残らず全員、私と同じように7のカードを選んでセロに当てられたと思われる。
ひとりかふたりならまだしも、たかがサブリミナル効果程度で何百万人もの人間の意識を支配できるとはとても思えない。
セロも『選んだカードをはずしてしまう人もいるかもしれません』とはいっていない。
セロは何百万という視聴者すべて全員のカードを当てられる確信があったのだ。サブリミナル効果ごときのあやしい方法では不可能な話だろう。
そして、ここで新たにぞくぞくっと悪寒に襲われることになる。
セロは視聴者に向って『あなたの選んだカードを当てます』といった。
もしも視聴者がひとりかふたりだったらその言葉は意味が通じるが、視聴者は日本中に無数にいたのである。そしてその無数の視聴者全員がそろいもそろって7のカードを選んでしまったのだ。
つまり、このセロのカードサプライズは視聴者の選んだカードを当てるというものではなく、“すべての視聴者に7のカードを選ばせる”というものだったのである。
果たして、そのようなことが可能なのだろうか?選べるカードは10枚ほどあったのだ。たとえ2枚だけだったとしてもすべての視聴者が片方の7のカードを選ぶ確率など0に等しいというのに、10枚ほどのカードの中から無数の視聴者全員に7のカードを選ばせるとは……どれだけ考えても謎が解けることはない。
しかし最大のヒントは、2回のカードチョイスタイムの合間に流れたCMにあるといっていいだろう。
1回目のカードチョイスタイムのときに全視聴者が7のカードを選んでくれればそれにこしたことはないが、視聴者のひとりである私が5のカードを選んだように、1回目のカードチョイスタイムのときに7のカードを選ばせるようなトリックは存在しなかったのだろう。
しかし、それがわかったところで、どんなトリックなのかはさっぱり見当がつかない。
セロが視聴者の精神を操って7のカードを選ばせたとしか考えようがないのだが、そうではなくなんらかのトリックを使っているからこそセロはマジシャンなのであり、やはりセロは1回目のカードチョイスタイムから2回目のカードチョイスタイムまでの間に、視聴者に7のカードに選び直させるなんらかの、なんらかの、なんらかの想像を絶するトリックを施したのだろう。
いったいどんなトリックなのかは何光年も先の闇の中だが……。
これが、私の中でのセロのナンバーワンサプライズである。読者の中にはこの視聴者参加サプライズに参加していなかった人が多くいると思われるが、私がテレビの前で愕然としたまま凍りついたことは容易に想像がつくはずである。
それにしても、手品、マジックというものは、こんなとんでもないことまでもを可能にしてしまうのだろうか?
もしもマジシャン・セロという人物を知らない状態でセロに『私は人の心を自在に操ることができる神様である』といわれたら、たぶん信じていたと思う。それほどの驚天動地の大サプライズといえるだろう。