2005年の1月中旬にこのブログをはじめ、
体調不良時以外は更新することが出来ました。

親からのうれしくない便りが届いても、
この場で苦しさを打ち明けられることは、
自分にとって助けになったと思います。

見守ってくださった皆様、そしてあたたかいコメントを
くださった皆様に感謝しています。

年末急に体調を崩してしまい、
いただいたコメントへのお返事が遅れてしまい
申し訳ありません。

親との闘いは、終わりません。
でも、区切りのよいところまで来たら、また以前のように
医学部・病院想い出日記を綴っていこうかと考えています。

うっかり者な私ですけれど、どうぞよろしくお願いいたします。
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入籍直後のタイミングで、父から来た手紙。

そこにはいやな、いやなことが書かれてきた。




一時期は、

「娘のことは封印する」

と書いて来た父だが、コロコロ言うことの変わる人のこと、
ダンナTくんの職場にTくんを誹謗中傷する怪文書を送り、
自宅にも手紙を送ってきたのであった。

書き出しは、

「戸籍を見て驚くこともあったでしょうが…」

という内容。
初めて、両親の結婚のなりたちを知った娘に、
弁解も説明も無し。
驚いたでしょう。
それだけ。


そして父の主張。



ちょっとショックなことなので反転しておく。

おまえは親との縁を切りたいのでしょうが、
距離的に離れても嫌っても、私とおまえは
親子なのです。遺伝子をついでいるのです。
濃い血の絆で結ばれているのです。
それはけして変えることの出来ない事実なのだと
いうことを、忘れないでください
●ココマデ。


これが。
これが私が一番いやなことだったのに。

自分や周囲の人の助力で自分を立て直しても、
それだけは消すことが出来ない烙印。

さすが父、だてに二十数年間ともに暮らして来なかった
ということか。私がいやがることを、熟知している。



私にとっての絶望が、父の希望。



いつからこんな、おかしな親子関係になってしまった
のだろう…。

話し合いも不可能だから家を出た。
放っておいてください、娘は死んだものと思ってくださいと
お願いしたが、それも聞き入れられるわけがなかった。


うちひしがれる私をTくんからの一言がはげましてくれた。

「突然変異で進化しようぜ」

という、不可能かもしれないけれど、そうありたいと思わせて
くれるひとこと。

自己嫌悪をかかえながら、私は生きていく。
弁護士に相手にされず、精神科医にも娘に会うなと
いわれた父は、腹いせなのかおそるべき行動に出た。



父は、何をしたのか。



Tくんの職場に、誹謗中傷の
手紙を出したのだ。



会社ならば社長にあたる人、Tくんの職場の長にあたる人に
父は手紙を出したのである!
きっと、いつもの調子で!!




Tくんが施設長に呼び出され、

「こういう人から手紙が来ているんだけれど」

というように言われ、初めて父からの手紙が、Tくんの
職場にまで送られていたことを知ったのだった。



内容は、わからない。



「あまりにひどい内容だから」

ということもあって、施設長は見せてくれなかったのだそうだ




今までウチに送られて来た手紙から
「職業××失格」
だとか
「名誉毀損」
だとか、
そういう文字が躍っていたことは想像にかたくない。


でもご安心あれ!

そういうこともあろうかと、
Tくんは
「彼女の父親が逆上し、困った行動に出ている」
ことを事前に施設長に話しておいたのだ!

それもあって、「困った親だねえ」
ということで、一件落着。
Tくんが職を追われるような、最悪の事態は避けられた。
それには、父の手紙が常軌を逸した内容だったこともあろうし、
Tくんが職場で信頼されていたこともあろう。


しかし、ここまでするのか父は…。
父親を、ほんとうに恐ろしく思った出来事であった…。

(まだ、終わりません…)