どうやら「歌舞伎は歌舞伎座で見ないとねぇ~」という御仁がおいでのようで。

一概には言えませんですが、そういうタイプの方々がいるものですから、

歌舞伎座の敷居が高いというか、その敷居をまたぐ気になれんというか…。

まあ、へそ曲がりでもあるもので(笑)。


とはいえ、いささかの歌舞伎への興味は満たしたいところでもありますので、

またしても国立劇場 の公演に出かけてきたようなわけでして。

演目は「通し狂言 伊賀越道中双六」というものでありました。


「通し狂言 伊賀越道中双六」@国立劇場


題材は鍵屋の辻での仇討ち。

剣豪・荒木又右衛門が助太刀したことで有名でありますね。


というと何やら訳知りのようにも思われるやもしれませんが、

荒木又右衛門の名こそ知っていたものの、

鍵屋の辻での仇討ちの一件を「そうだったかあ」と思ったのは昨年のこと。

「決闘 鍵屋の辻」と題した昔の時代劇ドラマ(荒木又右衛門は高橋英樹 でした)を

見たものですから。


とまれ、この仇討ちが起こったのは寛永十一年(1634年)と言いますから、紛れもない江戸時代。

これを毎度の歌舞伎の例に同じく時代を移して鎌倉の世にしてあるのですなあ。

そして、登場人物たちの名前も微妙に変えてある。

荒木又右衛門が唐木政右衛門になるてな具合ですよ。


徳川の世に、戦国時代を背景として豊臣秀吉あたりが登場する話が煙たがられて

変名を用いるというのは分からなくもないですが、仇討ちもご法度だからということでしょうか。


ですが、必ずしも仇討ちそのものが山場というわけでなく、

本懐を遂げるに至るまでの間に起こるエピソードの数々、

よくまあ、これだけ話を作りこんだものだという気がしてきますなあ。


ただし、基本的には仇討ち話であって、「忠臣蔵」のような団体戦(?)でないところからすれば

殺陣が見せ場になっていいはずですし、その部分が手薄にも思えるのは歌舞伎の限界なんでしょうか。


もちろん、歌舞伎の殺陣における様式化された見せ方というのは、ある種の洗練さに繋がって

これはこれでありだと思うところながら、この狂言自体、国立劇場が復活上演するまで

埋もれていってしまった理由はもしかしたら殺陣のあり方にもあるのかなと思ったり。


新国劇は殺陣にリアルさを持ち込みましたし、映画ではいろんな工夫ができますし、

そうした新機軸と比べられてしまった時代というのもあったのではないですかね。

今となってみれば、これはこれ、あれはあれと最初から思って見るわけですが。


ところで、話の筋の方でもしかしたらもそっと予備知識として与えられてもいいのではと

思う点がひとつあるのですね。


和田志津馬(尾上菊之助 )と助太刀の唐木政右衛門(中村吉右衛門)が追う

仇の沢井股五郎(中村錦之助)を鎌倉方で匿ってやる人たちがいるという点です。


本来の話でいいますと、備前岡山藩内で藩士を殺害して逃亡した犯人が江戸に逃亡、

伝手を頼ってある旗本に匿ってもらうことになるんですが、人を殺めた逃亡者を匿うとは

どういう了見?と思うところですが、事件の起こった頃はまだ江戸幕府の初期ですから、

武士がまだまだ殺気立っていた時代と言えましょうか。


岡山藩では犯人の引き渡しを幕府に求めるも、旗本の立場を慮って応じない。

先のドラマでは大久保彦左衛門(確か森繁久彌 が演じた)が登場してきて、

外様大名に屈するくらいなら旗本八万騎で攻め果たしてくれる!くらいの勢いで、

徳川直臣たる旗本の異常なプライドはむしろ理解しがたいくらいだったのですなあ。


このあたりの背景を、いかに話を鎌倉時代に置き換えたとはいえ、

あまり具体的な表現で描くことができなかったのかもしれませんですね。


ただ、そうなってしまうと全体の話としてはちと薄っぺらになってしまうような。

だからこそ「岡崎」の場で、素性を隠している政右衛門が敵方に気取られないがために

幼いわが子に手を掛けるようなシーンを、仇討ちそのものとは別のクライマックスとして

用意したのではなかろうかとも思えてくるところです。


歌舞伎では「菅原伝授手習鑑」などでも子殺しの場面(必ずしも自ら手を下さないとしても)が

ありますけれど、落涙を誘う場面とはされながら実に後味の悪いもので、その点でこの「岡崎」は

相当にむごい状況ではあるわけで、もしかするとその辺りにも難があるのでしょうか。

それとも、これは今見る者の感覚なんでしょうかね…。


全体としては通し狂言でなくては省かれてしまうであろうような幕間劇的なものや

コミカルさの強い場面(演出か?)も見られるバラエティー色豊かな芝居だとは思うのですけれど、

さてはて復活上演された「伊賀越道中双六」の今後の運命はいかがなっていきましょうや・・・。


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