昼飯に桜えび をたんまり食したところで、東海道広重美術館を訪ねることに。
本陣公園
の奥で唐突に今風建築で建つ広重美術館ですけれど、
かつてこの場所には本陣の敷地内で、土蔵が立ち並んでいたそうな。
それが今ではおよそ1400点もの広重作品を所蔵して、
年に数回展示替えで広重を見られる美術館になっているわけでして、
今のところは「広重と江戸の旅人」と題した展覧会を開催中(~3/30)でありました。
先にお隣の由比宿交流館で木彫版の五十三次を見ましたけれど、
とにもかくにも広重と言えば「東海道五十三次」と言えましょうね。
これには多分に永谷園のお茶漬け海苔が寄与しているものと、個人的には思っとりますが。
こうした旅先の名所を写したような作品は
「旅に行きたくても行けない人たちの憧れを満たし、大衆の人気を博」したそうですね。
今でいえば(と言うよりリアルタイム現代では流行りませんが)観光絵葉書のようなものと
考えればいいのでしょう。
そう考えると、カナレット描くところのヴェネツィアの風景なども、
グランド・ツアーで欧州を周るぼんぼんたちが土産に持って帰り、
楽しかった旅を懐かしむ…てなものだったわけですから、これとも似ているかなと。
絵葉書は基本的に旅先で買い求めるものながら、
カナレットの場合にはロンドン
あたりまで出張販売(?)に及んだ…てなことも聞きますし、
そうなると江戸
にいながらあちこちの名所絵が買えるというのに近いのではと思いますですね。
と、カナレットはともかくですが、とにかく広重作品も人気を博したことは間違いないわけで、
他の作者が類似作品をどんどん出すようなこともあったでしょうし、
何より広重自身からして生涯のうちに20数種類もの東海道シリーズを描いたと
言われるのだとか。いやはやです。
中でも一番有名なのは
先に触れたお茶漬け海苔のおまけに1枚ずつ付けられた「保永堂版」ですけれど、
今回は通称「蔦屋版東海道」と言われるものと「東海道五十三次細見圖會」とが
展示されておりました。
保永堂版に比べて蔦屋版はより娯楽性を増したと言いますか、
より「旅に出てぇなぁ、喜多さんよぉ」「そうだねぇ、弥次さん」的な感じが濃厚ですね。
名所を見せるにとどまらず、
その土地の名物の名前までが画中に記されてるくらいですから。
例えば、同じ府中宿(静岡)を見せるのに、保永堂版では安倍川の渡しを描いているのに対して
蔦屋版では安倍川手前の茶店が描かれ、名物「あべかわもち」が旅に誘う仕掛けかと。
ちなみに展示解説の受け売りですが、「あべかわもち」の謂われは
安倍川沿いの茶屋の主人が、黄粉を安倍川上流で採れる砂金に見立てて餅にまぶし、
「安倍川の金な粉餅」と称して徳川家康に献上したことだそうです。
一介の茶店で出したものが大御所に献上されるとは、よほどの評判を呼んだのでしょう。
それだけに「あべかわもち」とは聞いたことがあっても食べたことのない江戸の人々には
絵で見せられると「おお、ここで食べられるのか」と思わず弥次喜多の旅を思い浮かべたかも。
これが「細見圖會」になりますと、
むしろ名所は奥に引っ込んで旅にまつわる人々が戯画化されて描かれているふう。
これは細見圖會の中の「程ヶ谷戸塚へ二リ九丁」ですけれど、
いろいろな職業、さまざまな身分の人たちが東海道を往来していたのだなぁと
改めて思いますですね。
ところで、東海道の全行程はおよそ492km、
これを標準的には14日前後踏破していたそうですね。
その中で、常々「おや?」と思っていたんですが、宮宿と桑名宿の間だけが海を渡ってます。
なんでかなぁと思ったですよ。
何でもこれは、木曽川、長良川、揖斐川という木曽三川を渡る不便を避けるためだったそうな。
「越すに越される大井川」ではありませんが、渡河というのは大変難儀を極めるところで、
それが次の宿場までに三つも出てくるとなれば、避けて通るのが自然といえば自然。
いまさらながらの知識をまた詰め込んで、東海道広重美術館を後にしたのでありました。