どちらかというと賛辞で迎えられることの多かったと思われるジブリ作品が

ここに至って賛否両論といいますか、「風立ちぬ」の評価にはいろいろあるようでありますね。


やがて見に行こうかとは思っておるものですから、

先んじて宮崎アニメのメッセージの原点を今一度とは大仰ですが、
「風の谷のナウシカ」を改めて見たところであります。


風の谷のナウシカ [DVD]/島本須美,納谷悟郎,松田洋治


ナウシカに関しては、つい先頃にこんなアメーバ・ニュースがありましたですね。

ジブリ作品の登場人物で理想のリーダーは誰かを尋ねたところ、圧倒的多数で「ナウシカ(風の谷のナウシカ)」が1位となった。その理由には「正義感があるから」「あれだけ自分を犠牲にして周りに訴えて、最後には周りをも変えていく実現力」「勇敢で責任感も強く信頼も厚い。ついていきたいと思える」といったコメントが並んだ。

調査は全国の会社員(24~33歳)男女200名と比較的若い層を対象に行われたようですので、
そうした年代では「こういうふうに見るのかぁ」と思ったわけです。


見ようによってはですが、ナウシカはかなり自由に行動するタイプでありますね。
そして、ナウシカが自由に行動できるのは、風の谷という国(なのかな?)の

お姫さまだからでしょうねぇ。


ときにナウシカの行動力は皆からすれば無謀にも見えるものの、
「あの姫さまじゃから…」と呆れられつつも「また自分で何とかするじゃろう」という信頼感もある。

そして、お姫さまとしては偉ぶらず気さくで

皆から慕われているようすは映画を通じてよおく見てとれますですね。
要するに風の谷の民にとっては「我らがヒロイン、我らが姫さま」というわけです。


そんなナウシカですが、かなり直情的なところもあるわけでして、
父親を奪われたと知ったときの、もはや制御不能とも思える敵への猛攻は
ユパが身を呈して介入することなしには止め得なかったのもむべなるかなと。
そうした激情に捉われてしまう自分を知っていて、そのこと自体に自分ながら恐怖心を抱く…。


と「これって、どこかで見たぞ」と思い付きましたが、果たして「八重の桜」でありました。

鳥羽伏見の戦いで弟・三郎の命が奪われたことで「三郎の仇はわだすが討つ」と誓った八重は
会津に攻め寄せる官軍に鉄砲隊を率いて銃撃戦に及び、倒した敵は数知れず。


後に日露戦争で陸軍の総大将となる大山巌に銃創を負わせたのは八重だった

という説があるようですが、このエピソードも大河ドラマには取り入れられてましたですね。


やがて物量に優る官軍に会津が破れて後、八重たちは米沢に仮住まいをしていますが、
そこで耳にした会津を愚弄する言葉に八重はもはや自分を制御することもままならず
あわや相手を殺めてしまいそうになる。


そして、後からふり返り我が身の怖ろしさを感じつつ、
「憎しみだけではなんも生まねえ」と何とか平常心を保とうとするわけです。


…とまあ、部分的にですが、実に似たシチュエーションにあって

実際にリーダーたるかどうかという点では鉄砲隊を率いたという一点でもっても

統率力で優るのは八重の方ではなかろうかと。
ナウシカの統率力は何分にも未知数というほかないのですから。


決してナウシカを貶めているのではなくって、
リーダーというよりもヒーロー(ヒロインですが)のタイプなんでしょうね、きっと。
そういうことが言いたかっただけでありますよ。


またまた長い長い前置きになりましたが、「風の谷のナウシカ」のお話。


以前見たときにはあんまり気にもかけずにいたために、
もしかするとあまりに自明のことに今さらのように言うだけかもですが、
それでも、今見てみればはっきりと分かるように思えるのですね。

要するに巨神兵は核兵器であって、腐海の植物が放つ瘴気は放射線のことであろうと。


ヒトの一生分を物差しにして比べるには余りに長い期間が必要であるにせよ、
実は腐海の底には浄化された空気と水のある世界が広がりつつあるのですが、
待っていられないヒトとしてはここでも自然に挑み、捻じ伏せようとの試みを抱いてしまう。


結果的には腐海の拡大を招くだけで終わることの繰り返す愚かさは

「歴史は繰り返す」と言われる由縁でもあろうかと思うわけですが、

そうした中で自然と共生していける可能性を示唆しているのが
ナウシカの存在であり、行動であるわけですね。


先程の山本八重との比較はともかくも、
こうした部分はかなりはっきりしたメッセージを伝えるところではないかなと改めて思うわけです。

かかるメッセージを伝えることで始まった宮崎アニメが辿りついたところはどうなってましょうか。
ということで、さて「風立ちぬ」を見に行ってみるとしますかね…。