真の教養人、矢口高雄さん、安らかに。 | じろう丸の徒然日記

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私こと、じろう丸が、日常の出来事、思うことなどを、気まぐれに書き綴ります。


(前回の記事からの続きです。)
 
さて、梶原一騎さんの原作で連載がスタートした矢口高雄さんデビュー作『おとこ道』だったが、いきなりつまづいた。
作中に、在日コリアンの人たちを差別しているような描写があり、問題となったのだ。
これは、梶原さんの原作の表現の問題であり、矢口さんには何の責任もない。

 
梶原さん評伝を著したこともあるジャーナリスト斎藤貴男さんは、その評伝『夕やけを見ていた男 評伝 梶原一騎』の中で、この問題を次のように書いている。
梶原さんは、在日コリアンプロレスラーである力道山や、同じく空手家大山倍達さん敬愛していて、この人たちと深く交際しており、したがって意図的な差別などするはずがなかった。
ただ、終戦直後の史実を劇画向けに脚色するにあたって、梶原さんにも、内容をチェックする「サンデー」編集部にも、配慮が欠けていた。

 
抗議団は、「サンデー」編集部のみでなく、梶原さんの自宅にも訪れた。
だが、部屋に大山倍達さんの流派である極真空手名誉初段の免状が飾ってあるのを見て、在日コリアンである大山さんから空手を習うほどの梶原さんに、差別の意図などあるはずがないと納得して、帰っていった。
後に矢口さんは、梶原さんからそのときのことを、こんなふうに聞かされた。

「抗議団の中に年端もいかぬ少女がいて、目に涙をいっぱい浮かべてた。あれはこたえたな」
この件に関しては、「サンデー」編集部正式に文書で謝罪して、一応は事なきを得た。しかし梶原さんにはいつまでも苦い思いが残ったそうだ。
 
矢口さんにとっては、せっかくのデビュー作ケチが付いた格好となったが、それだけに梶原さん矢口さんに対して(すまないことをしてしまった)という気持ちがあったのだろう、何かと矢口さんには良くしてくれたようである。
矢口さんも、梶原さんのことを、「面倒見のいい良き先輩」と見るようになっていった。その人生観作風には馴染めないながらも、ドラマ作りセリフなど、一緒に仕事をして勉強になった部分も多々あった。

 

コンビニ本『釣りキチ三平 ふるさとの釣り 冬編』(2011年、講談社)
 
1980年ごろ、集英社現役の漫画家へのインタビュー集を出版したことがあった。
その中に、矢口さん梶原さん作風について語った部分があった。
これが実に興味深い指摘だったので、私も読んだ記憶を頼りに、少し紹介したい。

 
梶原さんは、登場人物名前の付け方に特徴がある。「名が体を表す」というがあるが、梶原さんキャラクターは、その特徴名前がそのまま表していることが多い。
例えば、「花形満(はながた・みつる)」は、いかにも王子様みたいな名前だし、「左門豊作(さもん・ほうさく)」はいかにも無骨な田舎者といった感じの名前だ。
「矢吹丈(やぶき・じょう)」は、いかにも風来坊の不良少年といった感じだし、「丹下段平(たんげ・だんぺい)」は、いかにも頭の古い時代遅れの親父といった感じがする。「丹下」という苗字は、この人物が隻眼であることから、「丹下左膳」にちなんだのだろう。

 
その他、こうと決めたことは何が何でもやり通す「力石徹(りきいし・とおる)」、深窓の令嬢「白木葉子(しらき・ようこ)」
皆の憧れの美少女「早乙女愛(さおとめ・あい)」、虎(タイガー)のように猛々しい「太賀誠(たいが・まこと)」、清廉潔白な秀才「岩清水弘(いわしみず・ひろし)」
柔(やわら)の道を一直線に突き進む「一条直也(いちじょう・なおや)」、ハンサムで身なりのキレイなキザ兄ちゃん「伊達直人(だて・なおと)」
どうです? 名前人物の特徴が見事に一致しているでしょう?

 
矢口さんこういった感じの名前を創ってみようとしたことがあったそうなのだけれど、どうも今一つ抵抗感があって創れなかったそうだ。
それでもまあ、上に述べた例は、娯楽作品ならではのご愛敬と見ることもできる。
だが、いくら何でもこれは不自然だろう、という例を、矢口さんは指摘している。

 
例えば、バリバリの戦中派で昔気質の星一徹(ほし・いってつ)が、どうして息子「飛雄馬(ひゅうま)」などという派手な名前をつけてしまうのか。
何でも、この名前は英語の“humanism”(ヒューマニズム)からの発想だそうだが、今で言う「キラキラネーム」の走りであろう。
現代の若いパパならともかく、とうてい昔気質の人が思いつくような名前ではない。
また、政治家や財界に強い影響力を持つ裕福な実力者である座王与平(ざおう・よへい)が、どうして息子「権太(ごんた)」などという、品の無い悪ガキ風の名前をつけてしまうのか。
「権太」なんて下品な名前、我々一般庶民だってつけない。
『侍ジャイアンツ』の主人公「番場蛮(ばんば・ばん)」は、誰が見ても不自然過ぎる名前だ。いったい我が子「蛮」なんて名前をつける人がいるだろうか。

 
矢口さんこれらの指摘を読んで、私は目から鱗が落ちた。なるほど、言われてみればその通りだ。
矢口高雄さんという人は、自然や動物を愛してやまない人だというのは、その作品を見れば分かるが、それだけではなく、人間を見る目も優れていたようだ。
思うに、矢口さんは、本当の意味での教養人だったと言えるのではあるまいか。
この人の作品を読んでいると、人間愛確かな教養を、その背景に感じ取ることができる。

 
最後になりましたが、矢口高雄さん、どうか安らかにお休みください。
 
(おまけの画像)
『東方Project』のキャラクターたち】

左から犬走椛いぬばしり・もみじ河城にとりかわしろ・にとり)。
(キャラクター素材:dairiさん
(白い狼:35030によるPixabayからのフリー画像素材化)
(背景:マモル サワグチによるPixabayからのフリー画像)
 
dairiさんのpixivのページ
https://www.pixiv.net/users/4920496
 
上海アリス幻樂団