コーチング事例38 年上の部下の扱いに悩む若手の室長 | Blog版日本プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー協会(JIPCC)

コーチング事例38 年上の部下の扱いに悩む若手の室長

コーチング事例38 年上の部下の扱いに悩む若手の室長

若くして広報室の室長となった平沢さんは、連日、頭を抱えています。

この春、部下として年上の社員が配属になったのですが、この部下が、ことあるごとに平沢さんに挑戦的な態度をとっており、自分をさしおいて直接若手に指示を出す始末で、指揮・命令系統にも影響が出ているばかりでなく、チームワークにも問題が発生しています。

若手は若手で、室長である自分の指示を無視した行動をとるのでその後始末におわれてしまったり、反対に必要以上に自分に甘えて、自分の仕事に取り組む前に答えを求めようとするため、相談に乗る時間が長く、自分の仕事がはかどらずやむを得ず残業を繰り返す毎日になっていた。

平沢さんと初めての出会いのとき、平沢さんには目に力がなく、笑顔も見られず、正直、セッションが成立するかが心配だなという感じでした。

案の定、平沢さんは、「どんなことでもお話くださっていいんですよ」という私の誘いにも乗らず、ただ、じっとうつむくだけでした。

このままでは、平沢さんの心が開かないと感じたので、直感ゲームをしてみることにしました。

思い切って、キーワードに対して直感で感じたことを言葉にしてほしいと提案。何が始まるのか?と、平沢さんは不安そうでしたが、「ゲームのような感覚で取り組みましょう」という誘い掛けに、ようやく首を縦に振るという動作で、承認してくれました。

「春」『社内異動』、「さくら」『はかなさ』、「日本」『閉鎖的?』「ビジネス」『忙しい』「部下」『・・・』

ここで、平沢さんの口はまた、堅く閉ざされてしまいました。

「平沢さん、今の連想ゲームをやってみてどうでした?感想を教えていただけますか?」

私の問いかけに、平沢さんは、「そうですねぇ・・・・私は発想力が乏しいのでしょうか?あまりすっきりした答えが出ていないように思います」と、おっしゃいました。

「私が率直に感じたことをお伝えしたいのですが、かまいませんか?」と伺うと、平沢さんは、「どうぞ、何でもおっしゃってください」と許可してくれました。

「はかなさ、閉鎖的、忙しい・・。三回続けて否定的な言葉が続きましたね。平沢さんの答えから、平沢さんのネガティブな心の状態を感じています」。

率直過ぎたかな?と思いながらも、平沢さんの表情を観察していると、

「そうですね。自分はこんな人間じゃなかったはずなのに、どうしてだろう・・・

年上の人が部下となって異動してきたんです。彼が配属されてから、おかしくなっちゃたような気がします。年上の部下って、プライドが高く、挑戦的で、どうしていいか分かりません。

彼が僕を見下した態度をとるので、若手の部下も軽んじているような態度で私に接してくるし。

さりとて、自分の仕事が進まないと、助けてくれるのは当たり前という感じで、助けを求めに来る。

私だって、新聞社やテレビ局との付き合いや会議の出席予定だってある。その合間をぬって、部下との相談時間を持つことは、たいへんに厳しいんです。でも、それをしないと、年上の部下になめられるような気がして・・・。

どうして、そんなに僕の指示を素直に受けられないのか?僕には思い当たる節がないんです。

強いて言えば、僕が若くして室長となったことが、彼に気に入らないのかもしれません」

ようやく、重い口を開いてくれた平沢さんですが、その口から出る言葉は、ネガティブな思考の延長線上にあるものばかりでした。

こんな時は思い切ってコーチングをせず、カウンセリングにしたほうがいいのでしょうが、もう少しだけ、コーチングのセッションを試みることにしてみました。

「平沢さんはその年上の部下とどんな関係を築きたいのでしょうか?」「え?・・・」少し考えて、平沢さんはきっぱりとこう言いました。「私の言うことに従ってくれる部下になってほしい」。

なるほど、確かに指示を受けてくれる部下は必要ですが、ベテラン社員としての強みを発揮しなくてもよいのでしょうか?

つまり、ベテラン社員は、これまでの仕事の経験を踏まえて、年下の上司の気づかない点のフォローアップが必要だとは思わないのでしょうか?

「会社としては、平沢さんの部下として、年上の人を配置したということは、その人に対して黙って指示に従ってるだけを求めたのでしょうか。若い人がもっていないベテランのよさを発揮指せようとしたのではないですか?」

私の質問に、平沢さんは、じっくり考えた末、「そうですね。それはそうですよね。でも、彼は年上の配慮を持っていないような気がします。言葉だって乱暴だし。粗暴な感じがするんです。バブルのころの担当者じゃないんです。今の時代は、スマートさや優しさが必要なんです」と、心の中に澱のようにたまっていた年上の部下への思いがようやく吐き出され始めました。

「その部下は、どんな表現をすることが多いんですか?」

「これやれとか、ああしろとか、組織上、自分の方が立場が上なのに、お構いなしです。もちろん、若手の部下にも同じかかわり方をしています。歳が下ならまだしも、役員にもそういう態度をとるから、昇進だって出来なかったんだと思いますよ」

「つまり、平沢さんに対してだけ、横柄な態度や口の聞き方をしているわけではないのですね?」

「・・・(じっくり考え)そうですね・・それは私に対してだけではないですね」と、平沢さんは返してきました。

「指示を受けないことが、異動後、どのくらいあったのでしょうか?」

「たびたびかなぁ・・。でも、そういえば、口答えはするけれども、僕の指示を受けなかったことは一度もないかもしれない。私の指示が明確でないときや、目的を知らせずやらせようとして若手の困惑を感じたりすると、彼がみんなを代表して質問していたのかもしれません」。

「そうですか、平沢さん、年上の部下のこと、初めて違う目で見ることが出来たように思います。

わたしは、それを嬉しく思います」。

その言葉がどう作用したかは分かりませんが、平沢さんは、はじめのときと打って変わって、積極的に答えてくれるようになりました。

「私も彼を誤解していたかもしれません。私の足らないところを補ってくれていたのかもしれません。私とは違って、粗野ですが彼は彼なりにやってくれていたようにも思えてきました。彼のいいところを見るようにします。それと、これは反省ですが、年下の上司ということで年上の部下への対抗意識が強すぎて、私も肩に力が入りすぎていたような気もします。すこしリラックスしてみよう思います」

私は平沢さんの急激な変化に少し戸惑っていました。仕事場に帰って年上の部下の顔を見たときに、今言われたことが実行できるのか少し不安になりました。平沢さんは変わりましたけど、年上の部下は変わっていないわけで、そのギャップが簡単にはうまりそうもないからです。平沢さんには、コーチングのセッションを少し続けてみることをお勧めしました。

コーチングは、いつもいつもうまくいくとは限りません。うまくいったかどうか、判断も難しいところがあります。

しかし、少なからず、自分がクライアントの思考に影響を与えたことが分かるのは、表情が生き生きしてきたり、口数が多くなるといった現象のほかに、捉え方が変わるという変化が起きるときです。

物事を1つの方向からしか見られなかったクライアントが、さまざまな方向に視点を持ち始めると、考え方がはっきり変わってきます。考えが変わるので、行動を起こしやすくなることもあり、結果、自分が望む目標の達成を感じることが出来るようになるのです。平沢さんは、その後10回のセッションを通して、コミュニケーションタイプの違う人、特に苦手なコミュニケーションタイプの部下とどうコミュニケーションをとるかをテーマに取り組み、今では、ちょっと乱暴で仕切りたがる年上の部下との関係を良好にしながら、指揮をとり活躍中です。