本島南部巡/具志頭歴史民族資料館&富盛の石彫大獅子
南部徘徊の連続更新最後でごわす。
南部をドライブしていて、以前からとっても気になっていた看板。
八重瀬町役場の交差点の向かいに、原始人の看板。
「八重瀬町立具志頭(ぐしちゃん)歴史民族資料館」
(↑ホームページにリンクさせてます。)
ここ、八重瀬町は、港川人の人骨が発見された場所。
港川人は、1万8千年前(旧石器時代)の人。
っても、港川太郎さんとか、港川カマドさんではありませんよ。
沖縄ではとっても有名なので、新都心の県立博物館などでも、
展示されていますが、ここ具志頭が本家本元!
日本で発掘された人骨化石の中では、最も保存状態がよく、
考古学的にはとても貴重な資料なんだそうです。
今の人よりも、背が小さく、肩幅も狭く、足もちょっと短め。
顔は、ほお骨が結構出てるようです。
そんな人、今でもいますがね(^ε^)
館内は撮影禁止だったので、写真はありませんが、
港川人をはじめ、沖縄諸島の島の成り立ちまで、いろいろと勉強できます。
博物館はこれだけではなく、沖縄や具志頭、八重瀬町の風俗のことが勉強できます。
さらに、ここの建物の下には、
沖縄の民権運動の父と呼ばれている、謝花昇(じゃはなのぼる)氏を中心とした、
明治維新や廃藩置県の頃の多くの資料が展示されていました。
とっても、勉強になります。
ま、難しいこともいっぱい書いてあったので、
頭がウニウニ状態になりそうでしたが。。。(T_T)
んで、
具志頭の近く、東風平の有名なもので、一度見てみたいと思っていた、
東風平(こちんだ)町富盛の石彫大獅子。
いてます!
いてはります!
この獅子は、
火除け(火災)の守り神として、1689年に作られたもので、
当時、火山と言われていた、八重瀬岳(となりにそびえる山)に向けられ作られたそうです。
沖縄県内に現存する、祭司用の獅子としては、最大で最古のもだそうです。
また、沖縄県内各地にある祭司用の獅子はこの獅子をモデルとして、
後期作られたそうです。
で、この獅子が有名なのは、この写真。
このサイトに掲載されています。
(↑クリック)
この写真は、沖縄県内の資料館などでは、様々なところに掲示されているので、
見たことがある方も多いと思います。
この写真でも分るように、実際に、弾痕が沢山残っています。
今でも、旧暦の10月1日に防災儀礼としてこの獅子を拝んでいるそうです。
何も言わない歴史の目撃者ですが、
様々な歴史と光景を見て来た獅子だと思うと深遠なものを感じます。
連続の南部徘徊シリーズはおしまい@クリックよろしく。
↓↓↓↓↓↓
南部をドライブしていて、以前からとっても気になっていた看板。
八重瀬町役場の交差点の向かいに、原始人の看板。
「八重瀬町立具志頭(ぐしちゃん)歴史民族資料館」
(↑ホームページにリンクさせてます。)
ここ、八重瀬町は、港川人の人骨が発見された場所。
港川人は、1万8千年前(旧石器時代)の人。
っても、港川太郎さんとか、港川カマドさんではありませんよ。
沖縄ではとっても有名なので、新都心の県立博物館などでも、
展示されていますが、ここ具志頭が本家本元!
日本で発掘された人骨化石の中では、最も保存状態がよく、
考古学的にはとても貴重な資料なんだそうです。
今の人よりも、背が小さく、肩幅も狭く、足もちょっと短め。
顔は、ほお骨が結構出てるようです。
そんな人、今でもいますがね(^ε^)
館内は撮影禁止だったので、写真はありませんが、
港川人をはじめ、沖縄諸島の島の成り立ちまで、いろいろと勉強できます。
博物館はこれだけではなく、沖縄や具志頭、八重瀬町の風俗のことが勉強できます。
さらに、ここの建物の下には、
沖縄の民権運動の父と呼ばれている、謝花昇(じゃはなのぼる)氏を中心とした、
明治維新や廃藩置県の頃の多くの資料が展示されていました。
とっても、勉強になります。
ま、難しいこともいっぱい書いてあったので、
頭がウニウニ状態になりそうでしたが。。。(T_T)
んで、
具志頭の近く、東風平の有名なもので、一度見てみたいと思っていた、
東風平(こちんだ)町富盛の石彫大獅子。
いてます!
いてはります!
この獅子は、
火除け(火災)の守り神として、1689年に作られたもので、
当時、火山と言われていた、八重瀬岳(となりにそびえる山)に向けられ作られたそうです。
沖縄県内に現存する、祭司用の獅子としては、最大で最古のもだそうです。
また、沖縄県内各地にある祭司用の獅子はこの獅子をモデルとして、
後期作られたそうです。
で、この獅子が有名なのは、この写真。
このサイトに掲載されています。
(↑クリック)
この写真は、沖縄県内の資料館などでは、様々なところに掲示されているので、
見たことがある方も多いと思います。
この写真でも分るように、実際に、弾痕が沢山残っています。
今でも、旧暦の10月1日に防災儀礼としてこの獅子を拝んでいるそうです。
何も言わない歴史の目撃者ですが、
様々な歴史と光景を見て来た獅子だと思うと深遠なものを感じます。
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