
↑今までの話は目次をご覧くださいませ↑
翠雨 ~温かい雨~
銀時と穂希の話をした翌日。
今日はバイトもなく、攘夷活動も午前中に会議がある以外は予定が入っておらず、ゆっくりと考え事をするのにはちょうどいい日だった。
考えるのはもちろん、俺と穂希の事。
俺の結論は決まっている。
だから、それをどうやって穂希に伝えるべきなのか・・・
まるで、これからプロポーズをする男の如く、ソワソワと落ち着かない。
俺にとっては、プロポーズ同然の告白と言っても過言ではないのかもしれない。
そう――― これは、一世一代の大勝負だ。
縁側から天を仰げば、黒々とした雲の隙間から太陽が顔を覗かせていた。
戦に向かう俺の背中を後押しでもしているかのようで、眩しさに目を細めながらも、俺の顔は自然と綻んでいく。
策もなく行動を起こすなど、俺らしくはない。
だが・・・
今はただ、穂希に会いたいと言う俺の気持ちに素直に従ってみることにした。
「よし・・・行くとするか。」
どこに行けば穂希に会えるのか。
手始めに一番居る確率の高い、家へと足を向けた。
扉の前に立ち、大きく深呼吸。
呼び鈴に手を触れ、また深呼吸。
そして、ゆっくりと呼び鈴を鳴らした。
ピン――ポン―――
ドキドキと高鳴る鼓動を落ち着けながら、扉が開かれるのを待つ。
しかし、数秒待っても中から人が出てくる気配はない。
扉に耳を当ててみたが、物音も聞こえない。
「留守・・・か。」
家にいないとなると、次はどこを探せばいいのか。
穂希が行きそうな場所や、2人でデートをする時に行っていた場所。
あらゆるところに行ってはみたが、穂希の姿は見当たらない。
家の前で待っていてもよかったのだが、俺の気持ちがそれを許さず・・・
人目も気にせず、街中を走り回った。
穂希・・・一体、どこに・・・
いつの間にか太陽が顔を隠した空からは、ポツリポツリと雨が落ち始めた。
それでも、休む事なく穂希を探し続けていたものの、雨脚は段々と強くなり・・・仕方なく、近くにあった団子屋の軒先を借りる事にした。
「団子と茶を頼む。」
椅子に腰かけ、冷えた手を擦りながら、降り続く雨を眺めた。
嫌いではないはずのその光景も、今は胸をざわつかせるだけの存在でしかない。
逸らすように店の隅に目をやると、傘が立てかけられているのに気がついた。
「あの傘・・・」
「どうぞ。」
ちょうど団子を運んできた店主に尋ねる。
「すまない。ちょっとお聞きしたいのだが。」
「何でしょう?」
「あの傘は、この店の物か?」
「え・・・あぁ、あれですか。あれは常連さんの忘れ物ですよ。」
「常連・・・」
そう言えば、いつだったか。
穂希が土産にと団子を持って来た事があった。
「若いお嬢さんなんですがね、ご贔屓にしていただいてるんですよ。たくさん注文しては、よくお連れさんと2人で召し上がってましてね。」
「連れ・・・・・・もしや、その連れは銀髪の侍ではないか?」
「あぁ、そうですそうです。恋人同士なのか、仲良さそうに・・・って、お客さん?」
その傘を手に取ると、俺は確信した。
―――やはり。
穂希の・・・いや。穂希と俺の傘だ。
それは、雨の日デートの時用にと、2人で選んだ大きめの番傘だった。
「あの・・・?」
「これは俺の傘だ。」
「え・・・そうなんですか・・・?」
「ついでにもう1つ教えておいてやろう。・・・穂希は、俺の彼女だ。銀時とはただの友達だ。よく覚えておくといい。」
「は・・・はぁ・・・」
呆気に取られた店主を尻目に、傘を握り締め、店を後にした。
傘を差す人の間を縫い、ひたすら走り続ける。
水溜りに足を突っ込もうが、泥が跳ねようが、そんな事を気にしている余裕などはない。
無我夢中で走っていた俺は、気付けば街の外れまで来てしまっていた。
さすがにこんなところにいる訳はないか・・・
そう思って来た道を振り返ると、店の軒先で空を見上げている女子の姿が目に入った。
「ほ・・・まれ・・・?」
その声が聞こえたのか、穂希も視線をこちらへと向けた。
「・・・小太郎・・・・・・何でここに・・・?」
「それは俺の台詞だ。どうしてこんなところにいるのだ?」
何故だか近づく事が出来ずに、微妙な距離を開けたまま言葉を返す。
「えっと・・・・・・あの・・・私・・・・・・」
「・・・いや、それは今はどうでもいいな。それよりも、言うべき事がある。」
「私も・・・」
「・・・すまなかった。」
「・・・ごめんなさい。」
同時に言葉を発した事に驚き、互いに目を合わせた。
そして・・・どちらからともなく笑い出した。
「はは。同じ事を考えていたんだな。」
「ふふっ。そうだね。きっと・・・」
「心が繋がっているから、だろうな。」
「心が繋がっているから、だよね。」
またしても重なった声に、心が温かくなっていくのを感じる。
「お前と離れている間、俺なりに考えた事がある。・・・聞いてくれるか?」
「・・・うん。」
言葉の1つ1つを噛み締めるように、ゆっくり話し始めた。
「穂希に出会った時・・・俺は、その出会いが運命だと感じた。上手くは言えぬが、これが“永遠の愛”だと思った。」
今まで言えなかった気持ちや想い・・・
「だが・・・歳月や環境は、人の心を容易く動かしてしまう。同じ気持ちのままでいる事など、人間には出来ぬからな。」
今、お前に全て伝えよう。
「永遠に続く愛・・・きっと、そんなものは存在しないのだろう。」
「小太郎・・・」
「人間が作り出した、ただの理想。夢幻にしか過ぎん。」
「・・・・・・」
「しかし、俺はそれで・・・夢なら夢のままでかまわんと思った。」
「え・・・?」
「穂希を愛し、共に生きてゆこう。・・・そう思う、今のこの想いだけは・・・紛れもない真実なのだから。」
「・・・・・・ダーリン・・・!」
店の軒先から飛び出してきた穂希に近づき、傘を差しかざした。
「まだ、俺の事そう呼んでくれるのだな。」
「当たり前だよ・・・」
「・・・ありがとう、ハニー。愛している。」
「私も・・・愛してるよ、ダーリン。」
降り止まぬ雨が、2人を温かく包み込んだ。
先の事など、俺にはわからぬ。
穂希と一緒に在り続けられる保障もない。
だが、重要なのは“これから”ではなく“今”なのだ。
共に過ごす今を大事にする事が、今の俺に出来る事。
―――変わる事のない今を、共に生き続けよう。
― El futuro ―