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翠雨 ~八十八夜の別れ霜



「・・・イ・・・!」


「ん・・・」


「オイ!ヅラ!」


「んん・・・」


「ヅラ!起きろ!」


「・・・・・・銀時・・・?」


「はぁ・・・・・・てめぇ、何やってんだよ!」


「何って・・・」


「久々に来てみりゃ、庭でぶっ倒れてるし・・・何やってんだよ、お前・・・」


どうやら、雨に長く打たれすぎてしまったようだ・・・

いつの間にか、また意識を失っていたらしい。


「とりあえず、起きろ。風呂にでも入って体温めてこい。」


「あぁ・・・すまない。」


手を借りて起き上がると、着物にしみこんだ雨の重みで足元がふらついた。


だが、これ以上、銀時に弱い部分を見られたくなくて・・・

平然を装って風呂場へと向かった。




歪む視界に耐えながら何とか寝室まで戻ると、銀時は所在なさ気に庭を眺めていた。


襖の閉まる音に、視線だけこちらに向けると


「大丈夫か?」


と、呆れたような声を出す。


「少し考え事をしていただけだ。問題はない。」


毅然と言い放った俺に、何かを言おうとしていた口をつぐんだ。



気まずいような・・・お互いの出方を探り合う時間が続く。


聞きたい事は色々あるが、何となく聞けずにいるのは・・・

自分の心の中を知られたくないと言う気持ちがあるのかもしれない。


銀時の方も、何か用があってここに来たんだろうが・・・

それを切り出す気配はない。


長い長い沈黙。


空は、今にも雨が降り出しそうで、分厚い雲に覆われていた。

湿った生温い風が何度となく通り過ぎていく。


「何か、用でもあったのか?」


いつまでもこの状態を続けておくのも滑稽に思えて、俺にとって当たり障りのない質問を投げかけた。


銀時にとっては、直球な質問だったのだろう。

少し目を泳がせながら口を開いた。


「いや・・・まぁ、用って程のことでもねぇけど・・・」


「お前がここに来るのに、用がない訳がない。」


ムッとしたような顔を向けた後、視線を足元に移して、再び口を開く。


「・・・いつまでこのままでいるつもりなんだ?」


今度は、俺に対して直球な質問。


「・・・何の事だ。」


当然、質問の内容は理解できていた。

だが、答えの見つからない質問に、咄嗟にそう答えた。


「逃げんのはてめぇの勝手だが・・・相手の気持ち、ちゃんと考えてんのか?」


「・・・・・・」


「他人の色恋に首を突っ込む気はねぇが・・・お前がそのままでいるっつーんなら、俺にも考えがある。」


「考え・・・?」


「あぁ。・・・・・・アイツは・・・・・・穂希は、俺がもらう。」


こっちを見ている訳ではなかったが、顔を上げた銀時の目はどこまでも真っ直ぐで・・・とても、冗談や煽りで言っているようには見えなかった。


心がグルグルと渦を巻く。


 

  ハニーを誰にもしたくない―――


               銀時ならハニーをせにしてくれるだろう―――


       ここで身を引けば、俺は解放される―――


あんなにもした人を、そんなに簡単に手放せるのか―――


                      足掻くなど女々しい事は出来ない―――



答えの出ない・・・出せない事への焦りから、自分でも予期していなかった言葉が口を衝いで出た。


「・・・勝手にしろ。」


言った瞬間に、胸倉を摑まれた。


「てめぇがそこまで腑抜けだったとはな。」


その言葉にも、胸倉を摑んでいる手にも、抵抗をする気力がない。


・・・いや。

自分自身も動揺していて、何も考えられなかったのだ。


「こんな奴なら、穂希も別れて正解だ。俺の方が数百倍いい男だしな。」


「・・・・・・」


「オイ、ヅラァ・・・何とか言えよ・・・!」


「・・・・・・離せ。」


やっと出た言葉。

それが気に入らないのか、更に力を込めた。


「離せ、銀時。」


「・・・てめぇにはやらねぇ。」


バッと手を離した銀時の顔は・・・俺に対する怒り。

そして、穂希を想っての切なさに歪んでいた。


「二度とそんな面見せんな。二度と・・・穂希の前に現れるんじゃねぇ・・・」


そう言い残すと、そのまま部屋を出て行った。



「ふっ・・・」


涙の代わりに出たのは、自嘲するような笑い。


これで、穂希は幸せになれる。

銀時も、穂希と一緒になれて喜んでいる事だろう。

俺は、この気持ちから解放されて楽になれる。

万事、うまくまとまった。



・・・なのに、どうして俺の心は晴れぬ。

どうして、こんなにも辛く思う・・・


「俺は・・・どうすればよかったと言うのだ・・・」


降り出した雨が、その言葉を掻き消していった。



                                ― El futuro ―