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翠雨 ~雨さえも癒せない傷痕~
あれから数日。
何事もなかったかのように日々を過ごしていた。
攘夷活動を積極的に行い、空いた時間は資金の為にバイト。
寝る間も惜しんで、ただひたすらに身体を酷使した。
そんな俺を嘲うかのように照りつける太陽が恨めしい。
だが、呆けてなどいられない。
常に身体を動かし、頭を働かせていないと・・・俺の心が脆く崩れ落ちてしまいそうだったから・・・
『桂さん、少し休んだらどうですか?』
「あぁ、エリザベスか。・・・案ずるな。俺は大丈夫だ。むしろ、今まで遊びすぎていたのだ。これくらいやらねば、いつまでたってもこの国は変わらん。」
気にかけてくれる皆には悪いと思うが、今は休む時間などいらない。
『でも顔色が・・・』
そこまで読むと、急に視界が暗くなった。
何も見えない。何も聞こえない。
此処は何処だ?
辺りを見渡しても、真っ黒な闇しかない。
自分の姿さえ見えない。
ずっとこの世界にいれば、俺は楽になれるだろうか・・・
「・・・・・・ン」
何か聞こえた・・・?
「・・・ダーリン」
ハニーの・・・声・・・?
「ダーリン!」
ガバッと飛び起きると・・・真っ暗だった世界が、見慣れた風景に変わる。
聞こえていた声も、風の音に掻き消された。
もちろん、その声の主もいない。
「俺は・・・・・・そうか。」
自業自得。
心を護るあまり、身体が限界を超えたのだろう。
わかりきっていた事ではあった。
外はすっかり暗く、太陽は地球の裏側へと姿を隠していた。
木の葉を揺らす風の音が、余計に孤独を誘う。
羽織を着ると、気分転換のために中庭へ出る事にした。
昼間とは打って変わっての曇り空。
憎き太陽の代わりにいるはずの月も、今日はどこにも見当たらない。
池の淵にしゃがみこみ、水面に映った己の顔を見つめた。
まったく・・・酷い顔だ。
狂乱の貴公子が聞いて呆れる。
水面を指で弾こうと、そっと手を伸ばした時・・・
ポツリと落ちた滴で、波紋が広がる。
一瞬、涙と見紛うたそれは、次々に水面を揺らせた。
「雨か・・・」
羽織に落ちる滴の音が、ヤケに大きく聞こえる。
少しだけ、この雨に打たれていたいと思った。
強くなる雨脚が、痛みも傷痕も・・・全て洗い流してくれるような気がしたから。
ザーザーと降り注ぐ雨を、こんなにも心地よく感じたのは初めてかもしれない。
脳裏に浮かぶ情景や、心のもやもやした部分を取り除いてくれる。
だが、しばらく打たれていると物悲しさが押し寄せてきた。
――ざわめきは消えた
揺らめく想いの中にいた、彼女の幻影も見えない
残されたのは俺だけ――
俺と言う存在をも、洗い流してくれればどんなによかったか・・・
「何故、俺だけ洗い流してはくれぬのだ・・・」
そんな叫びすら、雨音で塞がれていく。
雨さえも洗い流せないのならば、俺はこれからどうすればいい?
掌から零れてしまった彼女を・・・俺はどう繋ぎ止めればいい・・・?
答えなどくれぬ雨に・・・俺はただ問いかける事しか出来なかった。
― El futuro ―