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翠雨 ~薄明光線~
「・・・・・・さん。・・・桂さん!」
「ん・・・」
「どうしたんですか?ボーっとして・・・。終わりましたよ?」
「あ・・・あぁ、すまない。では、今日はこれで解散だ。」
あの後・・・いつものように、情報交換の為に会議所へ向かった。
いつものように、会議が始まり。
いつものように、会議が終わる。
ただ1つ、いつもと違ったのは・・・俺。
身体はここにある。
だが、心ここにあらず。
考えるのは、ハニーの事。
思い浮かぶのは、楽しそうに原チャリに乗った2人の姿。
皆が帰った後も、俺はその場から動く事が出来なかった。
「今日は・・・ありがとうございます。」
「んぁ?別にいいって。気にすんな。」
原チャリに乗って向かったのは、少し離れたところにある大きな公園。
「こんな日にデートしてくれる彼女もいないんですか?」
「お前・・・さっきの俺の優しさを返しやがれ。」
「ふふ・・・冗談です。」
「・・・っ!」
向けられた笑顔に、一瞬鼓動が乱れた。
「どうかしました?」
「・・・何でもねぇよ。」
この女・・・“ヅラのハニー”と会っていると言うのに、今日は珍しく晴れ。
だが、草木は濡れていた。
昨日は1日中、土砂降りの雨だった。
「神楽ァァァ!テメェ、また俺が買いだめしておいたチョコ食っただろ!」
「そんなん知らないネ。銀ちゃん寝ぼけて食べたんじゃないアルか?」
「鼻血たらしながら言ってんじゃねぇ!・・・ったく、しゃあねぇなぁ。」
「銀さん、どこ行くんですか?」
「糖分摂取に決まってんだろうが。」
傘を持ち、万事屋を出た俺の足は・・・自然とあの団子屋へ向かっていた。
俺は団子が食べたかっただけだ。
別に他意はねぇ。
団子屋には1人も客がいなかった。
こんな土砂降りじゃ、当然か・・・
「団子、5本な~。」
軒下の椅子に腰を下ろすと、鬱陶しいぐらい降り続く雨に顔を顰めた。
「ジメジメしやがって・・・いつ止むんだ。テメェはよォ・・・」
運ばれてきた団子に手をつけると、隣で聞きなれた声が聞こえた。
「お団子30本ください。」
その声が聞けて、少し嬉しいと思っている俺がいる。
その反面、いつもより多い団子の数を気にかけている俺がいる。
声をかけられずにいる俺に構いもせず。
当たり前のように後ろに座って、団子を頬張り始めた。
「茶ァ、2つ頼むわ。」
茶が運ばれてきた頃・・・ちょうど、後ろで苦しそうに咳き込む声が聞こえる。
「ほら。」
少し振り向き茶を差し出すと、穂希も少しだけコッチを向き茶を受け取った。
その目に薄っすらと浮かんでいる涙・・・
団子のせいか?
それとも、ヅラの・・・?
「お前、いい加減学習しろよ。そんなに団子詰め込んだら、誰だってそうなんだろうが。」
「・・・・・・」
「俺は別にかまやしねぇが・・・団子喉に詰まらせて死んだら、この店に迷惑かかるんだからよォ。」
「そんな恥ずかしい死に方しません。」
「・・・ま、自棄食いもほどほどにな。」
「これ、お茶のお礼です。」
そう言って団子を5本、俺の皿に乗せた。
「どーも。」
穂希の態度はいつもと変わらない。
俺の考え過ぎならいいが・・・涙の理由を聞けずにいる。
ヅラの名前を出す事で穂希を傷つけるかもしれない不安?
ヅラの名前を出したくないと思う嫉妬心?
よくわからねぇ。
ただ1つ言えるのは・・・俺の気持ちが穂希に傾いてると言う事。
「これも食べてください。」
自棄食いを終え、余った団子が差し出された。
「いつも悪ぃな。」
「いいえ。残すのも勿体無いので。」
傘を差し、雨の中に消えて行く背中・・・
それを、団子を銜えながら見送るのがいつもの事だった。
でも、その日は何故かそれが出来なかった。
「・・・おい!」
土砂降りの中、傘も差さずにその背中を追った。
「・・・どうしたんですか?濡れますよ?」
「明日、1時にここに来い。」
「え?何で・・・」
「オメェのその辛気臭ぇ顔も見飽きた。気晴らしさせてやる。」
「・・・・・・」
「来なかったら、団子1年分奢らせるからな。」
「・・・ふっ・・・あははは!」
穂希が、初めて笑った。
いや・・・ヅラの前で笑うところは何度も見た事があったが・・・
俺だけに笑いかけるのは初めてだった。
少し、嬉しいと思った。
「気晴らしにならなかったら、団子1年分奢らせますからね。」
再び向けられた背中を、今度は見えなくなるまで見送った。
「あーあ。草が濡れてるんじゃ、昼寝も出来ねぇじゃねぇか。だから雨は嫌いなんだよ。」
「雨、嫌いですか?」
「ジメジメジメジメ。鬱陶しいんだよ。」
「私は・・・雨、好きです。」
「変わってんな、お前。」
「雨は生きて行くのに必要なものですから。」
「・・・随分とスケールのでけぇ話じゃねぇか。」
「草木を育む雨。同じ様に・・・恋愛にも雨は必要だと思ってます。」
それを聞いて、急に嫌な気持ちになった。
まるで、今の2人の関係を聞かされている気がした。
「なぁ・・・それ、やめろよ。」
「・・・どれですか?」
「だから、それ!敬語だよ!」
当たり前だが、ヅラにはタメ口で話す。
俺にはいつまでたっても敬語。
そこに、ヅラと俺の違いを感じてイライラした。
「でも、年上には敬語で話せって・・・」
「ガキか、お前は!」
「・・・じゃない。」
「あ?」
「“お前”じゃない。穂希。」
さっきまでもやもやしていた気持ちに、一筋の光が差し込んだ。
― El futuro ―