パーティーが必要 すべての人の すべての人生に | gri-gri

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Show me how you do that trick

毎年のことながら、
往生際悪くしがみついていた夏が終わって、
二の腕を出している浮かれた人間もいなくなり、
置いてきぼりな気分でいっぱいな日々だった。

今年の夏を台無しにした厄介ごとがちっとも片付かず、
ただ黙って時間ばかり過ぎて、
またもや置き去り気分で途方に暮れていたけれど、
幕張でパーティーがあるので出掛ける。



音楽があってよかった。
音楽を好きになれてよかった。
こんなに素敵なものが存在する世界でよかった。
グンさんとカトさんがTeamH になってくれてよかった。



頭の片隅に、心のすみっこに、
いつもいつも消えずにある何か。
ふと気が緩むと、ついチラッと覗いてしまう黒っぽい塊のようなものは、
照明が落ちて、音が響き始めると、
勝手にどこかにしまわれて、カギをかけられる。



風を感じに行こう
外に出て星を見よう


初めて聴いたときから、
おまじないのような曲だった。


目に見えない、
手で触れることもできない、
それでも心が揺れて、身体が勝手に動く。
幸せな気分、たまに少し泣きながら。
その瞬間をただ自分に許可するだけの2時間半。

音楽と、
それを表現する才能を授かった人に感謝しながら。

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下書きをほったらかしているうちに、
パリがやられてしまった。

土曜の朝に知って、
何人かの友達と、
こちらが勝手に知っているだけの、
例えば中華街のレストランのお兄ちゃんとか、
パン屋さんの無愛想なおばちゃんとか、
パリをホームタウンとは呼べなくても、
それなりに何人かの顔が思い浮かぶ。

あるいは、いくつかの場所や建物や、
なんならあの街そのものを、
生きているなにか、呼吸しているなにか、
のように思えてきてびっくりする。

「フランスが国境を封鎖か」というニュースを聞きながら、
いつの間にか安否確認機能を搭載していたフェイスブックをチェックする。
時間の流れがずれてしまった、
知らない変な世界に来たような気分だった。



襲撃された場所の一つだったカンボジアレストラン。
私が知っている何軒かのパリのレストランの中で、
一番好きな店の2号店。
昔からある本店の目と鼻の先で、比較的新しい、
まだ一度も行ったことはない店。
行こうと思っていた店。
私もテラスにいたかもしれない店。

本店は、外食が高価なパリにしては、
私でも短期の滞在中に何回かは行ける価格で、
いつも満員なのに夜でも予約を取らなくて、
冬のあの寒空の下でも並んでありつく、
それはそれはおいしいカンボジアのどんぶり麺。

席に着くと、メモ用紙とボールペンが出てきて、
お客さんが自分でオーダーを書いて、サービスの人に渡す。
「イラストとか描いてもいいです。素敵だったら店に飾ります。」
メニューに書いてあったのか、バイトの兄ちゃんに言われたのか、
すっかり忘れてしまったけれど、
注文用のメモ用紙に描いた誰かのイラストが、
額に入って店の隅っこに飾ってある。

カンボジアからフランスにやってきたオーナーさん(夫妻かな?)にとっては、
フランス語でオーダーを受けるのは大変だったらしく、
来店者が自分で注文を書くというこのシステムになった、
みなさんご協力ありがとうと、
自分の記憶に自信がないけれど、
そんな意味の文がメニューのどこかにあったと思う。

今では、店内で働いているのは地元の若者風な人達だけれど、
たまに店に顔を出す、小柄なアジア系のおばちゃんを見る度に、
それが経営者ご本人かどうかわかりもしないのに、
なんだかぐっときたりする。

何十年か前、カンボジアから言葉もおぼつかずにやってきて、
レストランを開いて、
ばらばらの筆跡のメモ用紙を確認しながら祖国の料理を作り、
今では店はこのとおり大繁盛している。
フランスで生まれ育った人たちの、おなかと心を満たす、
よそから来た人。



金曜の夜に限らず、
あたたかい食卓は宴であり祝福だというのに。
人生にはそんな小さなパーティーが必要なのに。



下書きのときにつけたタイトルを変えようかと思ったけれど、
そのままにしておく。
「すべての人」に必要なのか、今は正直よくわからない。

"気にすんな"と、カート・コバーンが言う。
あの素晴らしい声で、"How low?"と歌いながら。